〇〇は文化
ヤバい。この状況は、これまでも何度か死に掛けたけど、それらのどの恐怖よりも今は怖い。
はじめに死に掛けたのは四歳の時。髄膜炎だかって病気になって、検査では骨髄液を何度も採取された。アレは死ぬくらい痛かった。今でも忘れられないくらいに。
次に死に掛けたのは八歳。自転車で友達と行ったプールの帰り道。信号機のある交差点で青信号になったのを見て渡ると、信号無視のトラックが俺を跳ね飛ばした。五メートルくらい飛ばされたが、ゴミステーションに捨てられていた粗大ゴミの中にあった、布団に突っ込んだおかげで軽症で済んだ。ただし、その傷跡は今も背中に残っているらしい(自分で確認したわけではないため)。
実は俺って結構な頻度で死に掛けてるんだなあ、なんて思いながら恐る恐る後ろを振り返る。もうこの行動だけで精一杯だ。そこにはもちろんミュールさんがいる。表情は笑っているようにも見えるが、本心は伺えない。手には畑で使ったものだろうか。少し大きめのハサミを持っている。見るとハサミには赤い液体が付着しているのが分かる。野菜を切った時に付いたんだろう。なんて思っているとそれが目の前で消えた。
あれ?と思った瞬間、右腕が急に重く感じた。疑問に思って見るとハサミは自分の右腕に埋まっている。音もなく、その痕跡すらなく、突如として自分の右腕の中にハサミが。
「わああああ!なんだコレ!」
「あ、ごめんなさい。私ったらちょっと驚いちゃって、無意識に転移させてしまったみたいね」
無意識で転移させちゃったって?おいおい、どんだけ危険な人物なんだよ!ルシェはというと、たくし上げていてた服を元に戻して、ハサミのある腕をジッと見ている。
「さすがお母さんね、完璧な魔法だわ。ねえ、コレ痛くないの?」
つつくのやめて!怖いから!あ、でも痛みはない?てかどうなってんだこれ。驚いて見てるとミュールさんが解説してくれた。
「瞬間移動と違って、元々なかった物をあった事にするみたいな魔法の事よ。テレポートってやつね。石の中って出るとゲームオーバーだから注意してね」
石の中?そりゃ転移されたらゲームオーバーにもなるか。聞くとミュールさんは村の中では、序列二番目の魔法使いらしい。さすが長老の娘だけある。埋まっているハサミを取り出してミュールさんが口を開いた。
「先ほどは随分とお楽しみでしたね」
どっかで聞いた事のある台詞だ!でも今はそんな事を考えてる場合じゃない。どう取り繕ったらいいか。
「ええと、アレはですね、ルシェが揉んでもいいと言うものだからって、違うな。んっとその・・・」
「そうなの。私が揉んでいいって言ったのよ」
あ。もうダメぽ。
「日詩は男の子だから胸が大きくならないでしょう?揉むと気持ちがいいって言ってたし、私も別に問題ないから」
本当の事なんですけどね。ええ。でもそんな事言ったところで、納得してくれるはずが
「なるほどね!ルシェルは日詩くんが気持ち良くなってもらいたくて揉ませていたのね。ボランティアって事になるのかしら。いい娘を持って私も誇らしいわ」
納得した!?ちょっとちょっと!いくらなんでもその理屈はどうなの?ここじゃそれが普通?俺の住んでた地球の方がおかしいのか?揉ませてくれない方がケチって事?ううむ・・・そういう考え方も・・・いやいや、ここで俺が納得したらマズいだろ。他の人にも揉ませてしまうって事になるんだから。
「えー、ゴホン。あの、たくさん揉ませてもらっておいて、こう言うのもおかしいかもしれませんが、やっぱり恋人同士ならともかく、胸を揉ませてしまうのはよくない事ではないかと」
汗が一筋背中を流れていった。当たり前の事を言っているはずなのに、とにかく俺の中の常識が通用しない。無言でキョトン顔でこちらを見ないでくれないかな、二人とも。そのうちミュールさんが口を開いた。
「あ、私のも揉んでみる?」
「そうじゃなくて!聞いてませんでした?今の俺の話。ちょっと、服を脱ごうとしないで!」
予想してたよりヤバいな。そもそも話が通じてるのか不安になってくるレベルだ。少しだけ見てみたい気もしたけど。ごめんなさい。本当にごめんなさい。心の中でルシェに謝る俺。それはともかく、ここでちゃんと言っておかないと、後々マズい。自分にもう一度それを言い聞かせて
「簡単に男の人に胸を見せたり揉ませたりするのは禁止です!」
「女の子にはいいの?」とルシェ。
えっ・・・ルシェと他の女の子が胸を見せたり揉ませたり・・・これは・・・アリかな・・・っと想像してしまったじゃん。危ない、あやうく二重の意味でそれはいいとか言いそうになってしまった。なんて危険な発言だ。
「ダメです。恋人同士、夫婦以外は禁止です。分かりましたか?」
『はーい』
そもそもこれって俺が注意しないとダメな事だったの?奔放すぎる!文化の違いって怖い。
しょーもない話ですみません<(_ _)>