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犬鏡外伝 Side By Side ―双璧―  作者: 奥瀬
第二部 星を継ぐもの
12/13

京都合戦

 今犬丸時代、合戦がいやでぴいぴい言っていた氏政も、すっかり立派な青年武将となりました。苦手だった野崎にも偉そうにものを言い、小山の軍勢を率います。

 文和四年(一三五五)二月。

 京洛の南には宮方勢。かつて直義党にあり南朝に降った桃井直常を大将とし、後陣は淀・鳥羽に控える。

 対する尊氏・義詮の軍勢はそれぞれ東山・西山に陣した。

 一昨年、京洛から宮方を追い払った武家方であるが、昨年末、宮方の反撃に遭い、北朝の後光厳天皇を奉じての都落ちとなった。

 同月六日、尊氏らは東西同時攻撃を計画していたものの、宮方に見透かされ、敵は大軍勢で西山の義詮へ襲いかかった。

 義詮を補佐する佐々木導誉は、

「一歩も退いてはなりませんな。ここで動けば東山との連携がご破算になりますから」

 相変わらず(きん)綺羅(きら)の衣装で不敵に笑い、用意の馬を下げさせた。

 崩れかける軍勢を立て直し、粘り強く引き留まる。どうにか敵を撤退させたが、味方からも多数の死傷者を出し、主立った部将を失った。

 翌七日、西山の状況を知らされず、尊氏は東山西麓の要所要所に軍勢を展開する。

 尊氏の本陣は京の鬼門(東北)を守る比叡山の西坂本にあった。

 これより以南、(ちょっ)(きん)の要地、祇園社前には佐竹・小田の常陸勢、清水坂(京洛の真東)には小山・仁木勢、最南の今比叡(いまひえ)・阿弥陀ヶ峰には細川相州が土岐(とき)勢とともに陣を構える。


 氏政は清水山の中腹から洛中を見下ろしていた。

 清水坂は五条通り(松原通り)に繋がる。合戦となれば、この通りを一直線に下り、鴨川に架かる五条橋を越え、洛内に入るのだ。

 京の都は南北一七五三丈(約五・二㎞)を三十九の大路小路で分かち、東西一五○八丈(約四・五㎞)を三十三の大路小路で区切っている。まさに碁盤の目のような土地である。

 洛内の宮方は最南端の九条大路に面する東寺(とうじ)(教王護国寺)に本陣を構えていた。

 五重の塔が良い目印となる東寺は、平安京開闢の際、都城鎮護のため、正門たる羅生門の東に建立された。広大な敷地に大師堂や金堂など豪奢な建物群を誇っていたが、近寄って見れば、永の戦乱による荒廃に驚かされるだろう。もっとも、対となる西寺はすでに廃れて久しい。

「洛内に攻め入ったら、邸を足がかりに南、西へと下るか」

 京の小山邸は、綾小路(五条大路の北)東洞院に位置した。

 主の問いに、

「すでに宮方の手に落ちているかもしれませんし、合戦が始まれば、火をつけられるおそれがあります」

 野崎が答えた。

 氏政は頭の中で洛内の合戦模様を思い描く。

 東山に陣居する武将たちは、己れの陣所から東寺まで4どの経路をたどって攻め入るかと、皆同じことを考えて洛中を見下ろしているはずだ。

――その武家方の中で小山勢は何をできるか。

「そうだな。それに生中(なまなか)拠点など持ってしまったら、進軍の妨げになるか。わかった。邸は捨てて、真っ直ぐこの五条を進めるだけ、進むとしよう」

 当然いずれかの条坊で敵が待ちかまえているだろう。

 万里(までの)小路、東洞院、室町、西洞院、油小路、堀川、大宮・・・・・・

 東から西へ、主要な大路小路を頭に浮かべ、敵の潜む場所を想定する。

 おそらくは著名な寺院や、顕要の邸宅。人間の考えることは大して変わりない。先の己れと同じように、拠り所となる場所を求めたがる。

 それらの土地を避けながら、敵の裏を掻き、味方の軍勢と連携し、兵の消耗を最小限に抑え、東寺へ向かうのだ。

 縦横に走る京の往来、各武将の手勢を碁石に仮す。

 まさに、この戦いで黒白(こくびゃく)が決せられるのである。

 ――もちろん勝利は我らに。

 まずは、己れを鼓舞する。


 翌八日は西山戦の報を受け、義詮勢の痛手に事実上の休戦。士気を持て余したか、細川相州の軍勢が洛内に討ち入ったものの、敵は現れず、味方も腰を上げず、細川は挨拶代わりに民家に火を付け、気勢を上げた。

 九日、尊氏は東山の各陣営を巡り、武将らをねぎらった。

 十五日、釈迦牟尼(しゃかむに)の入滅日であったため、尊氏はこんな時期にも係わらず清水で法会(ほうえ)を敢行した。信心深いのも考えもので、彼の行動を見越していたように東寺の敵が討って出る。

 これに武家方の軍勢も慌てて出陣する。

 小山・仁木勢は五条橋を越え、洛中に攻め込んだ。

 小田・佐竹は樋口京極国府社の前(五条六条間)、細川勢は六条室町、土岐勢は七条坊門。京の東の 町筋(まちすじ)で、押し合いへし合いしながら敵の行く手を阻もうとした。

「五条橋を越えさせるな。身命を惜しんでいたら、将軍家をお守りできぬぞ」

 太刀を打ち振るいながら、氏政は叫んだ。

 鴨川を越えられてしまえば、尊氏の留まる清水坂まで一息である。

 尊氏の周囲には命鶴丸や直光の軍勢が警護していたが、ここで陣を破られれば、武将としての誇りを失う。

 集団戦は歩兵に任せ、氏政は馬に鞭当て、少数の郎等と敵陣へ仕かける。

 一塊となって襲いかかる集団の中を走り抜ける、などという愚は犯さない。左右から挟み込まれるのがオチである。

 素早く手綱を巡らせ、集団の端をかすめる。すれ違いざま太刀を振り下ろし、一人討ち果たす。敵の一団は足並みを乱されながらも、引き釣られるようにして氏政らの後を追った。しかし、馬の鼻先には、小山の歩兵部隊が待ちかまえていた。部隊はばっと左右に分かれると、氏政の両脇を逆流し、槍の穂先を燦めかせながら敵兵に襲いかかった。

「ほら、獲物だ。ちゃんと仕留めて恩賞の足しにしろ」

 言い置いて大路を見渡す。背後は、何とか主に付いてきた野崎らが守る。

 敵と見合ったまま動けずにいる部隊を見つけると、馬を駆り、敵勢の背後を脅かした。不意の奇襲に振り向いた敵兵へ小山勢が槍を繰り出す。

 氏政は、素早く身を翻すと、安全な場所から再び周囲へ首を巡らした。

「兵を遊ばせてくれませんね」

 野崎が言う。

「それがどうした。だからと言って私が遊んでいるように見えるか」

 氏政は言い返した。

「全体を見据えて、何をどうすれば最良の結果が得られるか。私なりの考えだ」

『全体を――』

 確か、野崎の教えだったと思う。

 戦いには緩急がある。調子リズムがある。味方から吐き出され、混じり合って生まれる()のようなものは、ときに戦闘を美しい音曲や絵巻に変える。

 それを承知の上で、外す、崩す、乱す。

「婆娑羅だな」

「入道殿の影響ですか」

 道誉を意識したわけはないが、氏政が数々の戦いの経験からたどり着いたことだ。

 場を乱した者こそ、場を制するのである。

 源平合戦の英雄、木曾義仲、源義経、近年では楠木正成。

 皆そうである。

 『美しい合戦』など予定調和の馴れ合いでしかない。

 氏政は思う。

 ――勝者はいい。では敗者は?

 場に呑まれた敗者の美意識は容易に自裁へと結びつく。

 ――けれど、私は違う。時代も変わった。

 転調・変調・乱調。

 五条大路を何度も馬を替えながら駆けめぐり、散々に敵を翻弄する。

 各条里からも味方の鬨の声が聞こえ、西へ西へと移動する。

 それが互いの励みとなって、いっそう力を盛り返す。

 やがて宮方は逃げ去り、激戦後の通りには点々と敗走者の具足が落ちていた。

 旗印で味方の勝利を確信した尊氏が、清水坂から労いの使者を寄越した。

 ――この遠距離であれば、私など芥子粒ほどにも見えなかったろうけど。

 生死を分けた戦いの中、主君に見守られていたという事実は、氏政を喜ばせた。


 さて、戦場の眺望といえば、京の物見高い人々は合戦が佳境となるや五条橋を桟敷に集まり出した。泣きながら戦渦から逃げまどっていたのは昔のこと。今や京の人々はすっかり合戦馴れしていた。家財や女子どもを安全な場所に移すと、戦さ見物を田楽か何かのように興じた。

 そして合戦のあとは、戦場に転がる武器武具を拾い集め、道具屋へ売り飛ばす。土地に生きる者の逞しさを見せるのだ。

 夕方ともなれば、いずこともなく、琵琶を抱えたうかれ者が現れ平曲をうたい、清水坂から五条橋まで遊女たちがずらりと並ぶ。昼の戦闘の熱気をそのままに、まるでお祭りである。

 小山の郎等たちは、京の名物をもの欲しげな顔で眺めていたが、疲れ果て、手傷を負う者ばかりである。瀕死の重傷者もいた。氏政は綾小路の邸へ人を遣って調べさせた。敵方の主将、桃井直常の軍勢が駐留していたというが、今はもぬけの空とのこと。

「火でも付けられなくて良かったな」

 と安堵する。

 桃井の一族は主君の直義が尊氏に降った際、鎌倉に出仕した。ほんの短い間だったが同僚にあたるのだ。氏政の胸に感傷めいたものが湧き上がったが、それはひとまず脇に除ける。

 一同を邸に入れ、その日は泥のように眠った。


 京洛はしばらく小康を保った。

 西山からの同時攻撃を予定していた義詮軍の回復を待たねばならず、軍勢としての(たい)を整えるため、しばしの猶予が与えられた。

 氏政は郎等たちへ無闇に条里を歩くなと命じた。

 敵兵と遭遇して一触即発の事態にでもなれば厄介である。

 堅実な判断ではあるが、永く在京していた武士たちは違った。

 合戦で損じた具足の替わりか、あるいは主への貢ぎ物か、道具屋に中古の武器武具(おそらく先の戦さで拾われたもの)を買い求め、条坊をうろつく。

 湯屋で敵味方が出会っても、雑談を交わすくらいで、小競り合いを起こすこともない。(さば)けたものだ。

「これを都振りというのか」

 生真面目な田舎者たる氏政は得心がいかぬが、彼らに合わせ、郎等たちの規律をゆるめた。  

 彼らは喜び勇んで出かけて行った。行き先は敢えて聞くまい。

 氏政は人少なになった邸内で、ごろごろと怠惰を満喫する。

 花時分の弥生。

 自然、庭に目が行く。逃げ去った公家の邸では茨が勢いづき、庭を荒らすそうだが、小山邸では人手を入れたので、どうにか見られる。

 燃えるようなつつじの(あか)が目に痛いくらいだ。

――春先から、梅の、桜の、どころではなかったな。

 季節の花々に目を遣るゆとりなどない。

 平時では自然とともにある人間の営みが、戦時では切り離される不自然。

――もっとも、こんな感慨が持てるのも、今が平和だからだ。束の間の、だけれど。

 もの思いに耽る氏政は、背中に人の気配を覚えた。

 ――野崎だ。

 慌てて居住まいを正す。

「そのままでけっこうですよ。せっかくお寛ぎになられているのですから」

 しかし、この男の前ではいつだって気を張る。

「何か用か?」

 つい声が堅くなる。

「折入っての話などではありません。ただ殿の隣で、庭を眺めたくなったのです」

「そうか。ならば、そんな遠くに居らず、もっと近くに来い」

 野崎は言われた通り主のそばへにじり寄り、ゆっくりと体の正面を庭に向けた。

 氏政は、彼の横顔をそっと伺った。

 野崎が氏政に仕えるようになって十余年。その歳月を、頭髪や顔に刻まれた皺が物語る。

 齢五十を過ぎ、すでに孫まで得ているが、常に氏政のそばに侍っていたことを思えば、良き家庭人とは言えなかっただろう。その孫ですら、氏政の息若犬丸に遊び相手として仕えている。野崎一家の生活は小山宗家を中心に廻っていた。

 氏政は、彼らの献身と犠牲の上に成り立つ己れの人生を思った。

「ありがとう」

 初めて子を得たときと同じだ。自然に言葉がすべり出た。

「長きに渡り、私を支えてくれてありがとう。お前がいなければ、今の私はなかった」

 野崎は驚いたように一瞬目を開きかけたが、すぐにいつもの素知らぬ顔に戻り、

「私こそ、過分のお褒めに預かり、有り難き幸せに存じます」

 堅苦しく返されてしまった。

 だが、氏政は気付いていた。それが本心を明かしたくないときの彼の癖だと。

「こちらが素直に礼を言っているのだから、お前も少し崩してくれても良いのに。隙がなさ過ぎるのも考えものだ」

 とたしなめる。子どものときから注意ばかりされていた相手に、

――今は逆だな。

 と思うと気分が良い。

「郎等にだって近寄りがたく思われているぞ。さぁ、笑ってみろ。こう口角を上げてみるんだ」

「殿、お戯れを」

 野崎が少し照れる素振りを見せたので、氏政はそれで満足する。

 二人は庭のつつじに目を移した。

「このつつじは、祇園城に植えられていたものと同じだな。親株から挿し木か何かで増やしたものか」

「えぇ、先代(秀朝)が、庭が寂しいというので、小山から運ばせました」

 祇園城という名にあまり良い思い出はない。兄弟合戦終結後も、ほとんど足を向けることはなかった。

「野崎には以前から聞きたかったことがある。兄上たちとの戦いのとき、本当は祇園城へ参じようとしたのではないか。だが、叔父上たちに兄上を取られたような気がして、仕方なく私に付いたのではないか」

 氏政は相手の顔を見ずに言った。だから野崎の表情はわからない。

「厳しいことをおっしゃいます。……けれど、お言葉を返すようですが、私は小山家の家臣です。常に宗家のために正しいと思うことを行動に移してきました。私情を挟んだことはありません」

「お前が言うのであれば、その通りであろう。」

 氏政は含み笑いを漏らした。

「だが、私は気付いていたぞ。私を兄と比べて、時折お前が失望していたことを」

 野崎が常犬丸を見る目は一入(ひとしお)だった。その大切な小山家嫡男を突然奪われたのである。彼の落胆は察して余りあった。

 手中の玉を失った埋め合わせに、彼は今犬丸を小山家の惣領として育て上げたのだ。

「子どもは大人が思うよりずっと敏感なんだ。肌の感覚で察するから」

 野崎は目を伏せた。

「別にお前を責めようとして、この話をしたのではない」

 氏政は明るく言った。 

「どうだ。私は兄の代わりになり得たか。小山の総領としてふさわしいか」

 笑いかけながらも、眼差しは直向(ひたむ)きだった。

 野崎は平伏した。

「私が答えるまでもありません。殿はすでに従五位下の左衛門佐となられ、尉官であった父君や兄君を越えられたのです」

「位官のことではない。お前が私をどう思うかだ」

 氏政はもどかしげに促した。

「私は兄を越えたか」

「遥かに・・・・・・」

 二人の間、強張っていた空気が溶けた。

 ふっと庭から届く風の揺らぎを感じた。

「兄君、四郎さまのことで云えば、私は大きな過ちを犯しました」 

 野崎は永年の胸のつかえを吐き出そうとしていた。

「先代が亡くなられてから、四郎さまは必死で周囲の期待に応えようとなされました。それが幼い心をどんなに痛めつけていたか、私は気付くことができませんでした。人の成長を階段に喩えるとするなら、四郎さまは駆け足で昇っていたのです。しかし、疲れ切って倒れそうになったとき、私は主の支えになりえませんでした」

 彼の声があまりにも沈んでいたので、氏政は落ち着かなくなった。

 気色を替えようと、

「悪かったな。私の歩みは遅々として進まなくて」

 氏政は軽口めかしたが、

「そうですね。殿のように三つ進んでは二つ下がるくらいが、ちょうど良いのかもしれません」

 あっさり言い返えされてしまった。

「よく言う。蔭に日向に、私の尻を叩いていたくせに」

 二人は笑い合い、これをきっかけに、深刻めいた話は打ち切られた。

 少し日は高いが、酒肴の用意をさせる。

「庭の花を眺めながら、主従で盃を傾けるのも良いものだな」

 この寧静が儚きものであることを覚えれば、なお、いとどに。


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