新しい家族、新しい世界
氏政が孤独を忘れられるのは戦場だけだった。落ち着きを見せたとはいえ、北関東では宮方勢の残り火がくすぶっている。奴らを退治している時間は、悲しみを紛らわせることができた。
戦場では結城直光とともに戦うことが多く、彼は友軍の将にいたく同情し、時に自城へ招き、氏政をもてなしてくれた。
なじみある城と、年近い気の置けない仲間。彼の存在も氏政の心を癒した。
すでに弟たちは元服し、結城一族の各領地の城主となっており、姿が見えないのが少し寂しかったが、
「でも、来年あたり、また賑やかになると思いますよ」
思わせぶりに直光が笑いかける。
「子どもができたんです」
直光は兄直朝の喪が明けてすぐ妻を得た。結城宗家の存続のため、先代同様、家臣らの危機感もあって。
「五郎殿も妻くらいは早く得た方がいいですよ。女性がいると家が華やぎますから」
年下の直光に先を越された、という氏政の思いを見透かしたのか、すっかり男としての先輩気取りである。
――負けた。
「それから、神仏の授けものといっても、子どもはたくさんつくる努力をしなくちゃいけません。兄弟って多いに越したことありませんから」
直光が言うと実感がこもっているが、
「みんな、同じことを言うなぁ」
小山の家臣らも、氏政の嫁娶については朝郷の喪が明けるころにと水面下で動き始めている。 以前、導誉が口にした姫御云々の話が、どうも口約束ではない方向に向かっているらしい。
――佐々木殿が仲人になってくれるのか。
導誉の小山滞在は短い期間ではあったが、強烈な印象とかけ替えのない経験を残していった。今でも導誉と親子のように暮らした日々を思い出すと、心が明るくなる。
野崎などは、
「どうでしょうか。入道殿が勧める姫御とこの小山家、家風が合いますかね」
導誉と肌が合わなかったようで、首を捻ねる。別に、野崎と導誉が結婚するわけでもないから、誰も気に留めないが。
翌年、周囲の計らい通り、幕府顕要仁木氏の姫君をはるばる京より迎える。
「よし姫にございます」
侍女に手を引かれながら輿から降りる姫を一目見て、氏政は棒立ちになった。
眉目秀麗、朱唇皓歯。
よし姫は画に描いたような佳人であった。
――佐々木殿! 姫がこんなに美人だなんて、一言も言ってなかったじゃないですかっ。
氏政の驚く顔を想像する愉しみ。
「――ふふん。芸術の擁護者たる俺は女の趣味も良いのだからな」
導誉の高笑いが聞こえてきそうであった。
――してやられたっ。
初めて会った自分の妻が美し過ぎて、腹を立てる氏政。
彼の不機嫌に、
「どうなさいまして?」
よし姫は困ったように小首を傾げる。
それがまた、こぼれ落ちるような愛らしさなのだ。
氏政は、目が眩みそうになった。
――これほどの美貌なら、妃の位も望めただろうに。
手を触れるのも恐れ多いような気がした。
もちろん、気がしただけである。
氏政は毎晩のように妻の部屋に入り浸り、よし姫はまもなく懐妊する。
周囲は主人の手早さに喜ぶ前に驚いたが、一番驚いたのは氏政である。
――父親の自覚どころか夫の自覚さえ、本当はおぼつかないのに!
とても現実とは思えない。
しかし、来年には父親になるのだ。
――こうして家族って増えていくものなのか。
直光らと比べ、兄弟の少ない自分を淋しく思ったこともあったが、家族は自分で増やすものと知り、感慨深い。
自分の血が次代に受け継がれていくという実感。
喜びが少しずつ湧き上がる。
「生まれてくる子には何と名付けよう。兄上は常犬、私は今犬だから・・・・・・」
お腹の子は男子と決めつけて、浮かれる氏政に水を差す事件が起きる。
貞和三年(一三四七)九月、下野で南朝の残党が蜂起したのだ。これだけでは驚かなかったが、反和睦派の小田の残党と、小山の反主流派が結束し、藤氏一揆は時を隔てて実現されたのである。
しかも小山氏の反乱軍の領袖は小山五郎秀政だった。
「叔父上、てっきり吉野に帰ったものと……」
だが秀政は下野に潜伏し、密かに吉野と連絡を取っていた。
彼らは叛乱の狼煙を挙げると、武家方に下った宇都宮を制圧し、北関東の宮方勢を糾合して京へ向かうという。
氏政は気を引き締め直して討伐に赴く。
叛徒は関東有数の反勢力と喧伝され、京では大きく騒がれたようだが、しょせんは敗残兵の寄せ集め。ものの数ではなく、瞬く間に氏政を含む討伐軍に鎮圧された。
叔父秀政の行方は、またわからなくなってしまった。
――これに懲りて、大人しく吉野へ帰ってくれると良いのだけど……
もはや敵とも言えぬ相手に、氏政は同情めいた感情を覚える。
朝郷没後、氏政は小山家当主として鎌倉殿、足利義詮を通じ、京の関白二条良基に栗毛の斑馬を献上している。諸所で存在感を増し、自他ともに認める関東の有力武将の一人となっていた。
翌年(一三四八)、よし姫が健康な女児を出産する。
勝手に男児だと決めつけていた氏政は少々落胆するが、それをうち隠し、姫をねぎらいに産所へ向かった。
「姫、からだの具合はどうだ?」
口振りだけでも威厳を――夫らしく振る舞おうとする氏政だが、ついつい妻に見とれる。
侍女に支えられ、身体を起こした姫は、子を産んでまた美しくなったようだ。
「申し訳ありません。私が至らないゆえ・・・・・・」
男児を望んでいた夫の気持ちを察し、姫は頭を下げる。しかし、その表情に幾分すねるような気色があった。
氏政は、慌てて、
「いやいや、姫も赤子も健やかでなりよりだ」と妻の機嫌を取り結ぶ。
それから、乳母から生まれたばかりの我が子を抱かせてもらう。
危なっかしい手つきで、そろそろと受け取るが、あまりの小ささ、軽さに言葉を失う。
彼の心を見透かしたか、よし姫は、
「これでも大きい方だということですわ」
しかし、氏政は、妻の言葉も届かぬようすで赤子を見つめる。
薄い皮膚の下から血の色が透けて、赤々としている。
――だから赤ん坊というのだな。
頭部にはうっすらと髪が生え、閉じた瞼には睫毛が縁取られている。握った手のひらをこじ開けると、小さな指の一本一本にきちんと爪がある。それを見とめる氏政の指先を、ふいに赤子の手がきゅっと握り締めた。
思わぬ赤子の仕草に、氏政の胸こそ、きゅっと掴まれたような気がした。
――あぁ、生きているんだ。これが命なんだ。
そう思うと無性に涙が出そうになった。
抱き心地が悪いのか赤子がむずがる素振りを見せたので、慌てて乳母に渡した。
女たちがそれを微笑しながら見守る。
氏政は姫に向き直った。
「ありがとう」
自然に言葉が口をついた。
夫の瞳の一途さに戸惑う妻の身体へ腕を巻き付け、抱き締めた。それ以上、言葉では伝えられそうになかったから。
「いやですわ。皆が見ています」
そう言われても、氏政の姫を抱き締める力が弱まることはなかった。
愛は愛をもって報われる。氏政はますます妻を愛おしく思うのだ。
よし姫と小姫を目当てに、いっそう奥へ入り浸る。
首の座り始めた小姫に高い高いをしてやりながら、
「この娘は八郎太の息子の嫁にやろう」
と妻に言う。よし姫は首をかしげ、
「結城家で昨年生まれた御子は女の子ではありませんか」
「何、あちらも、すぐに男児が生まれるさ」
こちら(・・・)は、またも手早く、妻を懐妊させている。
自分を基準に考える氏政によし姫は呆れていたが、仲の良い直光とは血の絆で結び付きを強めたかった。政略的にも。
「うちは親族が少ないから、何かあったときには八郎太に頼らせるんだ」
翌年、よし姫は子どもを産む。今度は氏政待望の男児であった。
「よくやった! よくぞ産んでくれた!」
一通りではない夫の喜びように、
――ほら、やっぱり男の子の方がよろしかったのですね。
姫は内心頬を膨らませたが。
氏政としては仲間が欲しかったのだ。ともに戦い、この家を守る血の繋がった同志を。
「何という名にしようか」
でれでれと、氏政の目尻は下がりっぱなしである。
「『若犬丸』はどうだろう」
犬の一字は小山氏の通例に従えば当然のこと。若という字には、次の、新しいという意味があり、氏政の後継者に相応しい。
しかし、時に蔑称となり、時に魔除けとして子どもの名に含まれる『犬』という言葉は不思議なものだ。いや、蔑称ゆえ魔除けとなるのか。ともかく、小山の子どもたちは代々犬のように逞しく育ってほしいと願われてきたのだ。
「次は何犬丸にしよう。若犬丸には弟が必要だからな」
と、氏政はつい口に出した。
さらに「年は近いほうがいい」とつけ加える夫へ、
――気持ちはわかるんだけど・・・・・・
よし姫は出産を終えたばかりで、少々げんなりの気味。
平和に向かうかに見えた関東の世情は、再び混沌とし始める。
足利尊氏・直義兄弟の不和である。当初は高氏・上杉氏の執事同士の対立が、観応元年(一三五○)、兄弟同士の擾乱に発展したのである。
――仲の良いご兄弟だと聞いていたのに。
しかし、権力の中枢にあって、周囲の勢力争いによる家族の決裂は、氏政が一番よく知っていた。
この一年前、鎌倉では義詮に代わり、その弟基氏が管領を継いでいたが、京では尊氏・直義兄弟が互いに憎しみを募らせていた。
「将軍家の郎等が三条殿の邸を襲おうと計画を立てている」
「いや、その逆で、三条殿が将軍家襲撃のために兵を集めているんだ」
人々の不安がもたらす根も葉もない噂は、兄弟の疑心を煽り、やがて実体化する。
生命と領地を奪われる恐怖はまたもや男たちを戦争へと駆り立てるのだった。
日本中が再び戦渦に巻き込まれる。しかも、兄弟同士の対決は足利政権を真っ二つに分裂させた。
氏政は導誉とともに当初より尊氏に付き、幕下に参じたが、一門の武将らは兄弟を選び切ることができず、両主を往還した。これもまたいつか見た光景である。
彼らの迷走を導誉はせせら笑いながら、
「ちょうど良い機会だから、将軍家に近付いておけ」
舅の仁木氏を差し置いて、氏政を尊氏に紹介した。
「小山の判官殿、いずれお会いしたいと思っていましたぞ」
尊氏は関東の名家にして仁木氏の婿である氏政を歓待した。
彼は導誉から聞かされていた通り、大どかで開けっぴろげな人物だった。
見た目も、垂れ気味のどんぐり眼に赤ら顔、そして見事な福耳。征夷大将軍という地位にあるとは思えない容貌であった。合戦の強さと顔の造作に関係はないらしい。
「あの顔は戦場には不向きだ。気が抜けてしまってな。俺など合戦の前には目を合わせないようにしている」
導誉が耳打ちする。
顔といえば、尊氏の近習の中に面白い顔の少年がいた。寄り目で口の突き出た、まるで空吹き(ひょっとこ)の面で、滑稽過ぎて寸秒と正視できない。
彼が甲斐甲斐しく尊氏の世話をする姿を見て、氏政は吹き出しそうになるのを必死でおさえた。
「あれは饗庭命鶴丸といって、俺が近習に勧めたんだ。といっても俺の趣味を疑うなよ。本当なら美童を付けてやりたかったんだが、将軍家のおっとりした福顔が余計に目立ってはいけないとな。わざわざ二人といない面を選んだのだ。だが、しくじった。あの二人が並ぶと顔の面白さが引き算(相殺)どころか掛け算(倍増)になって、戦う前に腰砕けだ」
氏政は笑いをこらえる。
「何だか楽しそうな人ばかりですね」
この導誉を含めて。
「あぁ、そうさ。将軍家の周りはいつも愉快だ。それに比べて、あちら(直義方)は皆真面目人間ばかりで面白みがないから、お前は何があっても転ぶなよ」
その真面目人間たちが、今日の幕府の礎を築いたのだが。
直義の軍勢は敗北する。氏政は同情を禁じ得ない。
足利兄弟は互いを滅しようと、その利用価値を高めるため、衰退する南朝を復活させてまで、殺し合いを演じた。
合戦の成り行きで、日本各地を転戦し、生け捕られた直義は鎌倉に送られる。
そして、ようやく兄弟は相手への殺意を醒ました。
尊氏には、もう弟を殺すつもりはなく、直義にも兄へ逆らう気はなかった。
兄は弟に隠居所を与え、弟の軍勢に付いた一門の武将たちを許した。
尊氏は、敵対した者にも害なしと見なせば、寛大な処置を施す人間だった。
であれば――
観応三年(一三五二)二月二十六日、足利直義逝去。
あまりにも突然過ぎる死は、様々な憶測を呼んだ。
その日は尊氏の股肱の臣高一族が、直義の手勢に誅された命日でもあった。
曰く、尊氏が毒を盛ったと。
実際、直義の死体は皮膚の変色と浮腫の症状が現れ、砒霜の服用が疑われた。
氏政は砒霜による服毒死と聞いて、思うところあったが周囲には何も漏らさなかった。
「約束が違う!」
「この次は俺たちをだまし討ちにするつもりかっ」
直義方だった一門の桃井らは、次々に離反し、南朝へと降った。
仲の良かった弟とのようやくの和睦。その直後の死は、尊氏にとって痛恨事であったろうに。
さらに翌閏二月、上野(群馬県)で新田義貞の遺児義興・義宗兄弟が挙兵する。不意を突かれ、尊氏は鎌倉から武蔵へ逃走した。
同時に京都では南朝蜂起。
武家方にとって最悪の、宮方にとって最高の時宜。
ここに至って尊氏は気付く。自分たちは誰に踊らされていたのかを。
北畠親房。
南朝の秀逸なる頭脳は、実りなき常陸での滞在中に一つだけ学んだことがあった。
巷説がいかに人心を攪乱させるかを。
親房は細作を使って流言をまき散らし、足利兄弟の不和、一門の分裂を誘ったのだ。
全ては彼の思惑通りに運んだ。身近なことは手温いくせに、遠隔で人を操作するのは得意であったらしい。
しかし、武家方対宮方の戦いが明確になるや、関東の諸侯らは皆尊氏のもとへ駆け参じた。
この戦いも、いつかの再現のように武家方が勝利する。
京都でも留守を預かっていた足利義詮が南朝勢を追い払っている。
だが、吉野方はどさくさに紛れて三上皇(天皇はすでに廃位)と皇太子を拉致した。日本史上、彼らほど天皇と天皇制を蔑ろにした人たちはいないだろう。
三種の神器もとうに奪われており、義詮と彼を補佐していた導誉は、残された皇子を神器なしで即位させ、北朝を継続させた。
尊氏は東国の安定のため鎌倉に二年ほど滞在し、関東の武将はこぞって彼のもとへ伺候した。まるで頼朝の鎌倉幕府創成期のような有様である。
氏政は、ここで所職に預かり、多くの武将と知り合う。あの饗庭命鶴丸とも親しくなったが、彼は未だに童形である。尊氏や導誉が、
「お前に烏帽子は似合わない。もうしばらくそのままでいろ」
と命じたからである。
氏政は、いい年した若者の稚児姿をおかしがったが、命鶴丸のひょっとこ顔は見慣れれば大事ない。くるくるとよく動く目は愛敬があり、人を和ませる。それに尊氏の近習だけあって、賢く気働きのできる性質の良い若者だった。やはり導誉から武将の嗜みとして茶や香の道を仕込まれており、相弟子となる二人は、趣味の世界を通じて親交を深めた。
もっとも、
「こういってはなんですが、師匠の作法はあまり真似しない方がよいと思いますよ」
「同感ですね。佐々木殿の趣味は何ごとも華侈に過ぎます」
不肖の弟子たちは、密かにうなずき合う。
昵懇となる二人であったが、命鶴丸には時々、氏政をもの足りなく感じることがあった。将軍家の近習の自分へ出世や保身のために近付いてくる人間は多いが、氏政はその裏心が全くない。
――もっと私を利用してくれてもいいのに。
欲のなさを歯痒く思った。
ただ、氏政には、小山氏は権力者と程良い距離をとって生き延びてきた一族、との認識がある。反して、権力志向で失敗した一門の人々、結城宗広・藤井宗秀・小山秀政らの没落を目の当たりにしていたため、無理に出世や領地を求めはしなかった。
彼は、二十代半ばにして下野国守兼守護の要職にあり、すでに官職も代々の左衛門尉を越えて左衛門佐となっていた。
戦場以外の場所で功名を焦る必要はないのだ。
――いいなぁ。こういう欲のないところが。
命鶴丸は逆に応援してしまいたくなる。
文和三年(一三五三)、この年の初め、京の導誉が突如出奔し、本拠近江に引きこもった。
理由は命鶴丸の讒言。
この報せに驚いた氏政が、命鶴丸に確認すると、
「大げさなことになっちゃいましたね」
彼は手を振って笑った。
前年、命鶴丸は尊氏の使者として京を訪れた。もちろん導誉とも挨拶を交わして帰東した。
尊氏から、導誉のようすはどうだった?と聞かれたので、
「相変わらず、派手でしたよ。風俗を取り締まる立場の人が、先頭切って紊乱しているんですから」
と、笑い話で済むはずが、
「どこぞの誰かがあることないこと吹き込んだしょうね。お二人の間を引き裂くために」
しかし、尊氏と導誉に離反の心配はない。相手の手口も見え透いている。
「では、佐々木殿が出奔したのは?」
「振りですよ、振り。いつまで関東にいるんだ、早く京に帰って来いって。将軍家の関東在留が長引いているものだから、すねてるんでしょうね」
「大の大人がすねるって・・・・・・」
もっとも、導誉とて政治的な目論見がある。将軍尊氏がそのまま鎌倉に腰をおろせば、関東に幕府が遷ってしまう。それを望む者もいるだろうが、彼に許すことはできない。京都に居住する大名にとって、今後の勢力浮沈に関わるのである。
命鶴丸のいう誰かとは、何も南朝のことばかりではない。敵は内側にもいるのだ。
氏政は、権力争いの底暗さを知った。
さて、尊氏は関東経営が一段落すると、直ちに上洛を決定した。
この少し前に、京都ではまたもや南朝方が蜂起していた。
――いったい何度目だ。
何かの風物詩のようなもので、大して驚きも慌てもしない。
ただ、尊氏は軍勢の先陣を誰にするかで決めかねていた。
近習の命鶴丸からも、
「もうお日にちがありませんよ。そろそろお決めにならないと――」
せっつかれてしまった。
「どうかな、皆、自分の名前を呼ばれるのを期待しているだろうし。うーん、お前は誰が適任と思う?」
思い余ったか、当の近習に訊ねる。
命鶴丸は、ここぞとばかり、
「この大役には小山の五郎殿がぴったりですよ」
と、親友の氏政を推した。
「実戦経験も豊富で、分限といい多勢といい、申し分ありません」
「小山の五郎か、五郎もいいが、結城の八郎はどうだ」
「でも、五郎殿のほうが本宗家にあたりますし、位官だって・・・・・・」
命鶴丸は、なおも氏政を薦めようとしたが、
「いや、やはり八郎だな。我らの戦いのために父親や兄を死なせてしまったのだからな。よし、結城判官直光、それから小田讃州に舅の佐竹氏をつけて―――」
命鶴丸はそれ以上何も言わなかったが、内心、
――どうせ自分で決めるなら、最初から私に聞かなきゃいいのに。失礼しちゃう。もうっ。
尖った口をさらに尖らせ、ふて腐れかけたが、尊氏があえて口にした直光の諱に、閃くものがあった。
直光の諱は尊氏の弟直義からの一字で、観応の擾乱後、改名こそしなかったものの、読み方を『ただみつ』から『なおみつ』に換えている。さらに亡くなった兄についても、その名を『なおとも』と改める気の遣いようであった。尊氏はそう云ったことに全く頓着しないが、臣下としては憚りがあるのだろう。
足利直義と関東武将の関係。
尊氏に先んじて直義が関東に滞在し、その経営にあたった期間は二年と短いが、諸将は鎌倉殿と言い習わして彼を慕った。また、京都指向の兄とは異なり、幕府を開く際は鎌倉を主張し、関東を重視した。彼に心を寄せていた武将は多く、兄弟の争いが終決してからも尊氏が鎌倉に残ったのは、分裂した関東の武士団を修復する意味が大きい。
――今回の件も、旧直義党への配慮かしら。それに小田殿の名を出したのは旧宮方への・・・・・・
勘の良い命鶴丸は己れの役目を悟った。
「入洛の先立ちは、結城の判官殿と小田讃州殿に決まりましたよ。過去にどんな経緯があれ、将軍家はこだわりなくお考えのようです」
主君が明らかさまには言えぬ事柄を、近侍が代わって喧伝する。
――だけど、五郎殿がこれを聞いたら、がっかりするだろうな。
自分のことのように落胆する命鶴丸であった。




