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ふわぁ、と思いっきり伸びをして欠伸をひとつ。

ここのところ熱帯夜が続いているせいか、どうも寝苦しい。

もともとエアコンが苦手だから、窓全開で寝ているせいかもしれない。


…なんて、眠れない一番の原因などわかりすぎるくらいわかっているのだけれど。

俺は窓の正面に見える窓に目を向けた。



「…風花、まだ寝てるんだろうな」



先月、紆余曲折を経て、ようやく彼女になってくれた幼馴染。

小さい頃から赤ん坊のように深く眠り、地震があっても爆発が起こっても顔に落書きされても起きそうにないタイプだった。

本当に子供のように無邪気で、純粋で、鈍くて。

いろいろ苦労させられたけど、それだけの価値はあった。



彼女を思うだけで心が温かくなり、そして体が熱くなる。

自分の思いの強さと欲望の大きさに、戸惑うことが多くなったのはいつの頃からだろう?

一時期、大事にしたいのに自分の手で汚してしまいたいという相反する想いに、ずいぶん悩んだものだった。

それがごく自然で、当たり前のことだったと、少しだけ大人になった今では理解できるけれど。



わかったらわかったで、その気持ちをコントロールすることがいかに難しかったことか!

風花を抱きしめるたびに、全てに触れたいという想いが強くなっていった。

…自分の思いすら伝えられなかった、ヘタれだというのにからだけ暴走するって…と自分の反応に呆れたものだ。



お互いの想いを伝え合えた時、盛り上がった気持ちのまま風花を押し倒してしまったことがあった。

キスを繰り返し、どんどん先走っていく欲望に任せ風花のボリュームのある胸を撫でさすり、突き出してきた蕾にさらに興奮し…このまま一気に思いを遂げてしまいたいという気持ちが暴走を始めのだ。

気づけば風花はぐったりと気を失っており…俺は自分の愚行にはたと気づいた。



風花は大変な事件に巻き込まれ、まだ満身創痍だというのに。

乱暴に押し倒してはいないと確信しつつも、どこか体に障ったかもしれない。

風花自身もある種のハイ状態になってたし、そういうところにつけ込んだみたいで口の中に苦い後悔の味が広がった。

焦って名前を呼びながら揺すってみると、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。

それでも心配で、風花をベッドに寝かせてからおじさん、おばさんを呼びに行った。

情けない。



伏せるべき部分を伏せて説明したけれど、それでも全てお見通しだったようだ。

静かな、それでいて効果のあるお小言をもらい、真摯に反省した。


風花のご両親は、俺や更紗にとって第二の両親だ。

風花も家族も悲しませることは絶対にしたくない。

そこのことを忘れないように、行動に気をつけ自分を律していかなければと気持ちを新たにした。




けれど、風花を想う気持ちに歯止めがかかるとも思えず…風花の怪我が治ってからはある種の苦行に励んでいる。

風花は小さい頃から天然で、しかもスキンシップが大好きだ。

事あるごとに体に触れ、手をつなぎ、抱きついてくる。

本人にとってはそれが自然なことなのだということは、小さい頃から見ているのでわかっている。

けれど、小さいくせに豊満な体が押し付けられる甘い拷問は、健全な男にはかなり辛いのだということにそろそろ気づいて欲しい。


今のところは…まぁ、俺が多少は満足いく”触れ合い”で止めている。

しかしこれもいつまでもつか…周囲の状況を考えると卒業までというのが妥当だろうが、自信は全くない。


その度に先月の事件を思い出し、初心を思い出すようにしている。




それにしても、あの事件は本当に肝を冷やした。

年取ったって何したって決して忘れられない、恐ろしく腹立たしい事件だった。

離れていこうとする風花に気づいて焦り、苛立ち、虎之助に嫉妬して風花にむりやり襲い掛かって、自己嫌悪でへたれているところにあんな恐ろしい光景を見せられて。

後悔してもしても仕切れなかった。



あの日、萩の花に行ったのは、たまたま偶然だった。

3年に一度だが、萩の花と俺の学校である青風林は、合同で文化祭をすることになっている。

生徒会副会長である俺は、会長の代行として話し合いのために来ていたのだ。


風花のことを考えながら指定された会議室へと続く廊下を歩いている途中、なんとなく窓の外に視線を向けると、ちらり体育館の裏に人影が見えた。

なにやらもみ合っているようだった。


不審に思い立ち止まってもう一度目を凝らすと、本当に一瞬だけ見慣れたツインテールとリボンが見えた。


「風花…?」


ぞわり、と寒気が背中を這い上がる。

俺はきびすを返し、走り出した。


「お、おいっ!長谷!?」

「体育館の裏っ!なんかおかしいっ!」


それだけ叫ぶと、後ろも振り返らずにひたすら体育館の裏に向かって走った。


近づいていくにつれて、聞き苦しい金切り声や笑い声が聞こえてくる。


「い、いやっ…巧くんっ!」


その合間から聞こえた、くぐもった小さな叫び声。

女たちに抱えられ、傷ついてぼろぼろになった風花がいた。

一瞬頭の中が真っ白になり、ぼろぼろになった制服を必死になって守って身をよじる風花を見た途端、真っ赤に染まった。



女生徒を突き飛ばし、風花を奪い取り抱きしめる。

そのぬくもりを夢中になって体の中にしみこませたい。

ぎゅうと抱きしめると、風花は痛みに顔をゆがませ、涙を滲ませた。


冷静さが消え、怒りがさらに倍増する。



生まれてはじめて殺意が芽生えた。

こいつら全員ぶっ殺してやると、そんな残酷で野蛮な気持ちが自分の中にあると知った時、底知れない喜びと嫌悪がない交ぜになって突き上げた。

凶暴な野獣が俺の中から飛び出そうとした。

怯えきって震える4人を睨みつけると、紙みたいに真っ白になった。



牙を剥こうとしたその時、更紗と先生が現れた。

滅多に聞かない更紗の悲鳴に、頭がすっと冷えた。

大きな塊を飲み下し、先生に状況を説明し、この場を譲った。




その場を離れて保健室に向かう途中に、俺は一生ほどの後悔をした。

自分自身の不甲斐なさを呪った。

風花が俺の手の中で気を失った時、俺の心臓は止まってしまったかのように痛んだ。

風花がいなければ、この世界には今の半分ほどの価値もない。

それを強く実感した。



なんであんなくだらない嫉妬のために、こいつを一人にしたんだろう?

なんで拒否されても、ずっと一緒にいなかったんだろう?

なんでもっと粘り強く風花から話を聞かなかったんだろう?


後悔が大波のように寄せてくる。


なんで風花はもっと早く俺に助けを求めなかったんだろう?


情けなくてたまらなかった。




結局女たちが風花を襲った原因が俺であることを知り、余計に自分に腹が立った。

どっと落ち込んでいる時、更紗から伝言を聞いた。

風花が話があるからと。


どんな言葉で罵られても仕方がない、俺は覚悟を決めた。

とにかく、風花に謝ろう。

そして、もう二度とこんなことはない、全力で守るとわかってもらおう。

思いを伝えて、それがかなわなかったとしてもずっと守るからと約束しよう。


俺はまるで売りに出される子牛のように惨めな気分で、風花の部屋の前にある柏の木によじ登った。




覚悟して行ったのに、風花はこんな俺でも好きだといってくれた。

どれほど俺が救われたか、風花にだってわからなかっただろう。

俺はまるで騎士の様に、風花に忠誠を誓った。

二度と傷つけたりはしない。



…押し倒してしまったけれど。








その後の連絡で、女たちは主犯の1人は強制退学、そして残る3人は自主退学の処分となったらしい。

不服を申し立てている親もいるようだが、それでも夏休み明けには解決しているだろう。

腹は立つが、こちらは学校に任せるしかない。

今は風花が傷を癒すことに専念しなければ。

きっと完全に消化するには、ずっと長い時間がかかるだろうから。



だから、俺はこれからずっと今以上に風花を甘やかそうと心に決めている。

そして、今後一切俺の思いを疑わせないように、想いを口に出していくつもりだ。

どれほどのバカップルだと思われても構わない。

そうしなければ、俺の心の平安は一生やってきそうにない。





更紗とテラスで話をしている風花を見て、心の中一面に花が咲いたように浮き立った。

どうせろくな会話をしていないんだろうけれど、それでもよかった。

風花が笑ってくれていたら、風花がのびのびと生きていてくれたら、それが一番だ。



俺はこっそり近づいて、後ろから風花を抱きしめる。

昔から馴染んだ、花のような甘い香り。

愛してるという想いが溢れ、慣れた甘酸っぱい痛みが全身をしびれさせる。



「風花、ずっとずっと、死ぬまで大切にするからね?」



幼い頃から繰り返した誓いを胸に、風花に口付けた。

「…ばかっぷる」と呟いた更紗に、にやりと笑って見せた。






<完>





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