↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の数字  作者: 竹津りょう
番外編1 少年Sの回顧
PR
41/41

番外編1-3 少年Sは勝負を持ちかける。


「学校をやめると聞いた。本当か?」


 Sが目を丸くして固まっていると、オルコットは挨拶もなく本題に入った。

 そのぶしつけさに一瞬顔は引き攣った。名門一家の坊ちゃんにはデリカシーというものが欠けているらしい。とはいえ世間話で茶を濁して、膿んだ傷にいつ触れられるかヒヤヒヤしながら待つよりかはとっとと本題に入ってくれた方がありがたいことも確かだ。彼なりの配慮なのかもしれない。


「さっき退学願を出してきた。明日が最後の登校日で、退寮も一週間以内には」


 少し、声がうわずっている気がする。それもそうだろう。Sはこの六年近くオルコットとまともに話したことがない。幸か不幸か、同じクラスになったこともなく、選択授業も別々で、廊下でたまにすれ違うくらいの関係だった。

 三十人きりの同級生なのだからお互い認知はしていただろうが、どういうテンションで、どういう口調で話すべきかも分からない。若干の緊張感をはらみつつ、Sは回答する。


 それを聞いたオルコットの眉間に深く皺が刻まれる。生まれ持っての端正な顔立ちは、もとより顔を突き合わせただけでこちらの背筋が伸びるような迫力があったが、表情の険しさまで加わると、威圧感さえ覚える。


「残念だ、とても。魔法使いの道も諦めるのか」


 面と向かって話すのがほとんど初めてである相手の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、少なくともクラスメイトよりは本気でそう思っていそうな節を感じた。オルコットは校内でも人格者と有名な男である。少なくとも嫌みや皮肉ではないだろう。


 ここで言う魔法使いの道というのは、職業としての魔法使いを指しているのだろう。日常生活で使う魔法は免許なしでも使えるが、魔法を使って金銭を得るような仕事をする場合は必ず免許が必要になる。


「まぁそうだな」


 王立アンドレア魔法学園をはじめとした魔法庁認定の魔法学校は、卒業試験が魔法使い免許の取得試験も兼ねている。そのため、職業魔法使いになる最も効率的なルートは、魔法庁認定魔法学校で卒業することとされている。

 その道を外れたとはいえ、職業魔法使いになる道が全く残されていないわけではない。年に一度、魔法庁主導の免許取得試験もあるので、それにさえ受かればいい。王立アンドレア魔法学園の卒業試験と比べて、一部の科目の免除も可能であるため、魔法薬作成や模擬魔法決闘の科目を避ければ今のSでも合格できる可能性はある。名門魔法学校の卒業生であるという箔や、学閥のコネクションは持てないが、毎年一定数そのルートで職業魔法使いになる者はいる。

 そのため、Sが学校を中退したとしても、職業魔法使いになることは可能なのだが、Sはそのつもりはなかった。というより今の自分の状況では選べなかったという方が正しい。


 元々Sは卒業後、士官学校に入学していずれ軍人として国のために尽くすつもりだった。しかし、今回の事故で軍隊で定めている視力基準が満たせなくなった。そうなると、魔道具屋か、学者か、教師か、魔法庁官僚あたりが主な就職先になる。そのうちのほとんどが大学か専門学校への進学が必須だ。

 Sの家は、魔法使いとしては新興の家で、しかも弟妹が三人もいて、家計に余裕がない。士官学校であれば──将来の入官が前提となるが──学費が無料だったので仕送りは生活費の補助だけですんだが、大学はそういうわけにはいかない。そもそもどう足掻いても来年度の入学には間に合わないこともあり、親の脛を齧って将来を保留することはできなかった。


「君のような優秀な魔法使いを失うなんて、魔法界の損失だ。しかし、君なら別の道でもその能力を十二分に発揮できるだろう。今後の活躍を祈念する」


「……どーも」


 本気で言っているのだろう。本気で言ってるだけにタチが悪い。

 オルコットは、Sが諦めた王道をこれからも歩み続ける。そんな相手に言われる慰めほど、腹が立つことはない。

 ちくりと皮肉の一つくらい言ってやろうかと思ったが、何を言っても自分が更に惨めになりそうだったのでやめた。鬱屈した気持ちを飲み下す。


 話はこれで終わりだろう、と顔を背けた。これ以上、会話を続けるつもりにはなれなかった。

 オルコットも、Sの様子を見て何か察するものがあったのだろう。「急に話しかけてすまなかった」と引き上げようとした。

 しかし、オルコットはすぐには教室から出ようとしなかった。それは、突然鼻を啜る音が聞こえて、戸惑ったからだろう。当たり前だが、音の主は目の前のオルコットでも、Sでもない。それは二人を取り囲む輪から聞こえてきた。見れば、クラスメイトが目を腫らして泣いている。それも一人や二人ではない。騒ぎに誘引された他クラスの同級生もどこか湿っぽい表情になっている。


 ──なんだこのしんみりした空気は。


 葬式に参加したみたいな沈鬱な空気が教室を覆っている。ここが葬儀場なら、立場的に自分が故人であるだけに気まずい。


「六年間一緒だったおまえと一緒に卒業できないなんて……」


「お前あんなに頑張ってきたのに……。悔しいよ俺は……!」


「このまま三十人揃って卒業式を迎えられないって言うのかよ!」


 おいおいと泣きむせぶ声が教室に充満している。異様な雰囲気である。

 さきほどまで、中退もいい気味だと内心思っていそうな奴らが、昔の思い出を涙ぐみながら訥々と語っている。その内容が感慨深いものであればまだよかったものの、どれもこれもエピソードトークとして弱すぎる。 


 なんだ? 一年の時に同じクラスだった、って。二年の時にペンを拾ってもらった、って。三年の時に教科書を貸してもらった、って。四年の時に少し話したことがある、って。五年の時に見かけたことがある、って。六年間一度も話したことがなかったけど、話してみたかった、って。


 相手が誰であっても、それがいつであっても通じるような些細なエピソードだ。そんな浅い思い出なら、言わないほうがマシだ。まぁ別れの段階においてもそんなエピソードしか引き出せないような浅い付き合いしかしてこなかったSが悪いと言われればそれまでなのだが。

 気持ち悪い空気の醸造に吐き気すら催す。これの厄介なところは、彼らは別にオルコットの前で猫をかぶって情に厚い男を演じているわけではないということだ。


 ロバート・オルコットという男には、その一挙一動で周囲の人間の心を動かす影響力があった。オルコットの前では、どんなに素行が悪い奴も借りてきた猫のように大人しくなり、犬猿の二人は竹馬の友と化す。

 いつだったか、彼に失望や軽蔑の眼差しを向けられたら、人として失格の烙印を押されるような気持ちになるだろう、と同級生が言っていたのを思い出す。その畏れが彼らを真人間の言動にさせるらしい。

 Sは幸か不幸か、オルコットとは一度も同じクラスになったことがないので、その影響力を体感したことがなかった。どうせ大げさに話しているのだろうと、冗談半分に聞いていたわけだが、果たしてその証言者の言葉は本当だったらしい。今、それを実感した。


 女子も男子も、クラスの連中もクラス外の連中も皆そろってSの退学を気の毒に思って泣いている。普段の付き合いや、先ほどの浅い慰めを思い出せば、その変貌が気味悪く感じる。これ自体が精神に影響を及ぼすなんらかの魔法なのでは、と思うくらいに異様な光景だった。オルコットにそんな魔法をかけるメリットがないので、魔法の線は万に一つもないのだが、それはそれで恐怖である。集団催眠かよ、と胸の内で吐き捨てる。


 この空間が居たたまれないので、さっさと帰ってくれという意でオルコットに視線をやる。しかし、その視線は横から割り込んできたクラスメイトにより、オルコットに届くことはなかった。


「そうだ!  俺たちでお前の卒業試験をやってやるよ!」


「…………はぁ?」


 クラスメイトの突拍子もない提案に思考停止する。そんなSをよそに外野は名案だと言わんばかりに次々と賛同する。


「おっ、いいじゃんそれ!」


「これで三十人みんな卒業した、ってことにできるな」


「正式な試験じゃないなら、目の影響で難しそうな科目は除外できるしな」


 当事者をよそに、ああだこうだと試験の方法を検討し始める。


「学園からいなくなるまで一週間はあるんだろ? その間に先生に本番相当の試験を準備できないか頼んでみるよ」


 言い出しっぺのクラスメイトは俺たちに任せておけ、と言わんばかりにウィンク一つ。Sはというと、自分のために粉骨砕身してくれる同級生を見て、ありがたい──なんて気持ちは少しも湧かず、ありがた迷惑の実例になってしまったと苦い気持ちを抱いた。


 彼らは本心からSを慮って計画立てているわけではない。道半ばで中退せざるを得なかった不幸な同級生を俺たちの手で卒業させてあげるというストーリーに酔っているだけだ。こちとらそんな偽物の卒業試験で合格したってなんにもならない。

 何の価値もない紙製の手作りメダルだって、我が子や弟妹からもらったものであれば感涙ものだが、大して親しくもない知人に渡されたところで苦笑いせざるをえない。それと同じだ。


 その感動ポルノに付き合ってやる義理はない。お前達が気持ちよくなるダシに俺を使ってくれるな。

 胃がふつふつと煮えて、握り込む拳に力が入る。が、その憤りも長くはもたなかった。

 どうせ今後一生、卒業試験を受けられなかったことを悔いに思うのだ。たとえ偽物でも、一つの区切りを迎えられるなら、その方が自分にとってはいいかもしれないと思ってしまった。

 拳を緩めて、愛想笑いを顔に貼り付けた。


「そこまで準備してくれるならご厚意に甘えようかな」


「よぉし、早速手分けして準備にとりかかろうぜ!」

 

 その場のノリと勢いというものは恐ろしい。意気揚々と試験の準備について話し合いが始まる。もうこの後すぐに授業が始まることさえ失念していそうだ。

 この勢いだけの立案を考慮すると、放課後になったら面倒なことを提案したことについて後悔してそうだな、と他人事のように思う。

 だから、というわけではないが、彼らがそう簡単には自分の吐いた唾を飲み込めない条件を加えることにする。


「ただ……試験について一つ条件をつけていいか?」


「もちろん。悔いが残らないよう、できる限り対応するよ」


「当日試験に必要な問題用紙や道具は二人分用意してくれ」


「え?」


 不可思議そうに首を傾げるクラスメイトの視線を躱して、Sは立ち上がる。内心で長年の宿敵と掲げていた男と、対等な目線で顔を合わせた。


「オルコット、頼みがある。お前も同じ試験を受けてくれ。その後で、試験の点数を比べよう」


 Sの周囲の人間が一斉に息を呑んだ。

 勝負だ、とはあえて言わなかったが、おそらくこの場にいた全員がそう受け取っただろう。


 オルコットとSの成績は皆が知るところであり、この学年においてはすべての科目において不動のトップツーだった。「おまえとオルコット、どっちがより優れた魔法使いなんだろうな」冷やかしでそんな問いを何度投げかけられたか分からない。訊かれるたびに、「あのオルコットには敵わないよ」と言い続けてきた。その謙遜は家柄至上主義のこの世界において必要以上に目立たないようにする処世術だったが、単なる事実でもあった。


 Sは成績や評価、数字の上でオルコットを上回ったことはない。同率一位はあっても、彼を二位に沈めることはできなかった。だが、何の科目においても直接勝負をして優劣をつけたわけではない。六年間別々のクラスだった為、天秤に乗って正確に実力を比する機会がなかった。オルコットという圧倒的な実力者が君臨する学年で、その彼に勝ったことはないが、負けたこともないというのがSのプライドを守る最後の防波堤だった。

 曖昧にし続けてきた優劣を今この場において明らかにしようとするのだから、自分で提案しておきながらSにとっては胃が痛い話だ。それでも、オルコットに勝ちたかったという未練を残したまま学園から立ち去るよりは、すっきり未練を断ち切った方がいいと思った。


 そういう決意のもと、Sは勝負を持ちかけたのだが、オルコットからしたらこの勝負は受ける必要は一切ない。あと数日で魔法使いの道を閉ざす男に万が一でも負けるようなことがあれば、入学以来圧倒的な成績で君臨し続けた首席の座に傷がつく。端の魔法使いに一回くらい劣ることがあったとて、彼の何かが損なわれるようなことはないが、それでもやはり「完璧」に曇りがない方がいいに決まっている。

 そもそも、オルコットにはこの学校を退学したら会うこともないSの頼みを聞く利点がない。リスクがあってもリターンのない頼み事だ。普通なら、すげなく断ってそれで終わりだろう。


 しかし、Sは確信していた。オルコットは絶対にSの頼みを断らないと。まともに話したことがなくたって、ロバート・オルコットはそういう男だと、Sは知っていた。ずっと昔から。それはSがオルコットにいつか勝ちたいと焦がれ始めたローティーンの頃からきっと。

 騒然とする周囲に反して、オルコットの顔色は少しも変わらなかった。そしてSの予想と一言一句違わず、「構わない」と返事をした。


次回更新は未定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。