プロローグ 11月のある朝のこと
「――魔王にさせない、って言ったくせに」
多くの女子を魅了してきた玲瓏の美貌に人ならざる特徴が発現する。
白い肌にはドラゴンの鱗、頭部には渦巻くツノが、背中からは二つの突起が盛り上がり、やがてシャツを突き破って黒い翼が顕れた。
「ゼノ!」
なんの意味もなく、手が前に出る。手を差し伸べるでもなく、人外の彼を介錯するでもない。
中途半端な内心を表しているような手は、幼馴染──ゼノには届かない。
「嘘つき」
緑の瞳が悲哀を伴って、こちらを睨む。
失望の声音が、笑うように、歌うように、そっと溢れた。
――と、いう夢を見たわけである。
ザック・ウィンターは起き抜けにゼノの部屋に飛び込み、でかい図体をひっくり返して、彼の体に異常がないか確認した。あれが現実でなかったことを確信するまでずっと心臓の鼓動が落ち着かなかった。
「……まだ4時だけど。なんだったの、一体」
そうとも知らず、早朝から訳もわからないうちに突然ひっくり返されることになり、薄ら機嫌が悪いゼノである。
怒鳴ったところを見たことがないくらい温厚なゼノとて、早朝から無体を働かれては、寛大に、とはいかないようだ。瞼が半開きで、顔が険しい。
もとより鋭い目つきをしているのだが、寝ぼけ眼のせいで、目つきの悪さに拍車がかかっている。それでも、整った顔に翳りがないのだから美形はずるいなと思う。
いつも通りのゼノの様子に安堵するとともにほんのり怒りが湧いてくる。こっちが悪夢を見ているうちに、すやすや安眠かよ、という苛立ちである。
その怒りはどう考えてもお門違いなので、彼に当たることはないけれど。
「いや、なんでもない。急に起こして悪かったな」
そう言ってゼノの部屋から立ち去る。
ゼノはザックの奇行に不審そうにしながらも、深く追求せず、おとなしく自分の部屋に引き篭もった。
――こんな風に、最近はよく悪夢を見る。ゼノが魔王になる夢だ。
数か月前のあの出来事からザックとゼノの日常がガラリと変わってしまった。
なぜなら、今のザックは、本来国民に秘匿されているはずの真実を知っている。
魔王の復活が秒読みであること。
そして、その受肉体としてゼノが選ばれかねないこと。
自分にできることなんてたかが知れている。ザックは学年一の落ちこぼれの劣等生で、世界を変える力なんてない。
それでも、できることはなんでもやるつもりだ。幼馴染を世界の敵にするわけにはいかないのだから。
──これは、いずれ勇者になる者と、魔王になる者の物語。




