46.『イザベラ・バードと侍ボーイ』
今回は、植松三十里さんの『イザベラ・バードと侍ボーイ』を紹介します。
イザベラ・バードと侍ボーイは、明治初期の日本を旅した実在の旅行家、イザベラ・バードを題材にした歴史小説です。
ただの偉人伝ではなく、「異文化をどう見るか」「日本人は自分たちをどう見ていたのか」を描いた作品で、読み終わったあとにかなり考えさせられる一冊でした。
まず、この作品で面白かったのは、「外国人から見た日本」がかなりリアルに描かれているところです。
舞台は明治初期。
まだ近代化の途中で、西洋から見れば日本は“未開の東洋”として見られていた時代です。
イザベラ・バードは実際に日本各地を旅した人物で、北海道や東北まで足を運び、『日本奥地紀行』を書いたことで有名なんですが、この小説ではその旅がかなりドラマチックに再構成されています。
そしてタイトルにもある“侍ボーイ”。
彼は単なる付き添いではなく、この物語の感情の軸になっています。
最初の頃の彼は、イザベラに対して複雑な感情を持っています。
外国人への警戒心もあるし、「日本を馬鹿にされるんじゃないか」という怒りもある。
でも旅を続けるうちに、イザベラがただ日本を見下しているだけの人ではないことに気づいていくんですよね。
ここがこの作品のすごく良いところでした。
イザベラ・バードって、日本では「日本を旅した外国人」として好意的に語られることも多いんですが、実際の紀行文を読むと、かなり辛辣なんです。
「不潔」「貧しい」「遅れている」みたいなことも普通に書く。
この小説でもその視点はかなりちゃんと描かれています。
だから読んでいると、日本人としてちょっと傷つく部分もある。
でも同時に、彼女は日本の自然や人々の素朴さ、誠実さにも感動している。
つまり、「上から目線の外国人」で終わらないんです。
むしろ、自分の価値観だけでは測れない世界に出会って彼女自身も変化していく。
そこがこの物語の大きな魅力でした。
あと個人的に印象に残ったのは、“文明”とは何かというテーマです。
明治政府は西洋化を急いでいて、「文明国」になろうとしている。
でもイザベラは、東京の西洋化された部分よりむしろ地方の農村やアイヌ文化に強く惹かれていく。
これはかなり皮肉なんですよね。
日本側は「西洋みたいにならなきゃ」と焦っているのに、西洋人であるイザベラは日本らしさの残る土地に価値を見出している。
このズレがすごく面白かった。
特に後半、旅が過酷になっていくにつれて日本の自然の厳しさや地方の貧しさがどんどん描かれていくんですが、それでもイザベラは進むのをやめない。
その執念がすごい。
普通の観光旅行じゃなくて、「知らない世界を見たい」という欲望で動いている人物なんですよ。
だから読んでいると、冒険小説みたいな熱量があります。
そして終盤。
侍ボーイ側も、旅を通して価値観が変わっていきます。
最初は「外国人に日本を評価されたくない」という感覚が強かったのに、イザベラと接する中で自分の国を客観的に見る視点を持ち始める。
ここがこの小説の核心だった気がします。
結局この作品って、「外国人が日本を見た話」であると同時に、「日本人が自分の国を見直す話」でもあるんですよね。
しかもそれを説教臭くやらず、旅のエピソードとして自然に読ませるのが上手い。
植松三十里さんは歴史小説を書く時に、“教科書の人物”をちゃんと人間として描くのがうまい作家ですが、この作品でもそれがかなり出ていました。
イザベラも単なる偉人じゃなく、頑固で、好奇心が強くて、ときどき無神経で、でも魅力的。
だから最後にはかなり好きになってしまうんですよね。
この作品を読んで感じたのは、「異文化理解」って、綺麗ごとだけじゃ成立しないということでした。
相手を理解するには、時には傷つくこともあるし、自分の価値観を揺さぶられることもある。
でも、その衝突があるからこそ、本当に相手のことが見えてくる。
『イザベラ・バードと侍ボーイ』は、明治時代を舞台にしながら、現代にも通じるテーマを持った作品でした。
歴史小説が好きな人はもちろん、旅の話が好きな人や、「日本とは何か」を考える作品が好きな人にはかなりおすすめです。
そして読後には、実際の『日本奥地紀行』も読みたくなる。
フィクションと史実がつながっていく感覚も、この作品の面白さだと思いました。




