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完結 生贄の小舟  作者: ジュレヌク


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第七話 未来への明暗

アッカ達は、トゥオーノの指示に従い幾つの無人島を経由して、3日後の早朝大陸の港へとたどり着いた。


生贄に捧げられた日が思い出されるような深い霧が立ち込めており、身を隠しながら上陸するのには適していた。



「家まで歩いても、そう遠くない。俺は、親父を背負うから、お前はコレとアレを持ってきてくれ」



ソラティオがアッカの腰に巻いたのは、今まで自分が貯めてきた金貨。


指さしたのは、捧げ物として一緒に乗せられた絹織物だ。



「私が持ち逃げするとは、思わないの?」


「別に逃げてもいいさ。親父を助けてくれたんだから、それで十分だ」



アッカとて、初めての土地で彼らから離れようなどとは思っていないが、どうもソラティオは、あまりにも警戒感がなさすぎる。


それは、アッカに対してだけなのだが、自分の前では四六時中この調子だから彼女としては心配になってしまう。



「ソラティオは、いつか、だまされる」


「ははっ、そりゃ楽しみだ」



父親を背負い、ソラティオは笑いながら立ち上がる。



「さぁ。急ぐぞ」



この霧も、日が昇れば晴れてしまう。


その前に、家に辿り着き母親に事情を説明して、この地を離れる必要がある。


何故なら、商船が燃えたことは、まだ暫く知られることはないだろうが、追っ手がかかれば身動きの不自由なトゥオーノが居るこちらが不利になるからだ。


急ぎ足で慣れた路地を縫うように通り抜け、誰にも遭遇しないまま三人は目的地へ到着する。


それは、頑丈な塀に囲まれた一軒家。


古いながらも手入れの行き届いた様子で、玄関先に雑草の1本も生えていない。


ソラティオは、首から下げた鍵を使い、庭に通じる裏扉を開けた。


一瞬入って良いのか悩んだアッカだが、ソラティオが振り返って諌めるように眉にシワを寄せるものだから、渋々一歩を踏み出した。


中に入ると想像以上に広い庭で、馬小屋には年老いた老馬が繋がれており草をはんでいた。


どうやら、家主は既に起き出し、家事を始めているようだった。


ソラティオは、家のドアまで来ると、



コン、コンコン、コン、コンコンコン



とリズムよく叩いた。


どうやら、母と息子の秘密の合図のようだ。


バタバタと中で音がしたと思うと、



「ソラティオ!」



中から駆け出してきた女性が勢いよくドアを開けた。


しかし、待ちわびた息子に抱きつこうとした母親は、両手を広げた状態で固まってしまう。



「あ………なた……」



息子に背負われるのは、七年間待ち続けた夫。


頬がやつれてはいるが、優しい眼差しは変わらない。



「すまない、ローサ。随分待たせてしまった」



やっと謝ることのできたトゥオーノは、いつもの涙脆さを発揮して、ボロボロと目から雫を流している。


しかし、ローサと呼ばれた妻は、口を尖らせ顔を真っ赤にしていた。



「すまないで済むと思わないで!」



ピシッと言い放つローサは、アッカがイメージしていた人物と随分かけ離れていた。


ソラティオの話では、最後まで夫と息子を心配し、神に祈りを捧げ続ける心優しい女性のはずだ。


しかし、当の本人は、アッカと変わらぬほどの長身で、更に胸とお尻がふくよかな肉感的体つき。


腕も太く、力仕事をなんなくこなしそうな気迫があった。



「おふくろ、先ずは、家に入れてくれ。命の恩人もビックリしてるだろ」


 

ソラティオの言葉で、やっとアッカの存在に気づいたローサは、慌ててドアの前からどいて三人を中に招き入れた。



「先ず、彼女の名前はアッカ。親父が命を永らえたのは、彼女のおかげだ」



ソラティオが簡単な説明をしただけで、ローサは、アッカの前に膝を突いて両手を握った。



「ありがとう。本当に、ありがとう」



その手の温かさに驚いたアッカは、思わず手を引きそうになったが、あまりにも力強く握られているために、それもならない。


どうやら、夫婦揃って感激屋のようだ。



「大丈夫。私も、助けてもらった」



なんとか言葉を口にすると、下からアッカを見上げていたローサが、目を丸くした後眉をハの字に下げた。



「なんだい、その髪は。無理矢理切られたのかい?折角の可愛い顔が台無しだよ……」



ずっと娘が欲しかったローサは、アッカの裾がバラバラのおかっぱ頭に悲しげな顔を見せる。


多くを聞かずとも、アッカが置かれてきた苦境を感じたのだろう。



「先ずは、お風呂に入らないと!」



急いで湯を沸かそうとするローサを、ソラティオが慌てて止める。



「おふくろ!今は、それどころじゃない。早く荷造りをして、ここを出ないと」



手短に状況を説明すると、ローサは、叱るよりも満足げな顔をして息子の頭をガシガシと撫でた。



「あんた!でかした!あたしゃ、ずっと彼奴等が怪しいって思ってたんだ」



いくら商会に掛け合っても取り合っても貰えない。


航海中に逃げ出すなど、絶対あり得ないとローサは思っていた。


元々、小さな商会で航海士をしていたが、子供が生まれたのと大きな商会から引き抜きがあったことで移籍した。


トゥオーノの腕前は、海の男なら誰もが知るほどの凄さだった為、かなり大きな報酬を提示されたのだ。


意気揚々と出かけた夫が、その数カ月後に逃亡するわけがない。


しかも、念願の息子が生まれて、顔を見ずにいられるようなろくでなしでもないのだ。



「さぁ、そうとなれば準備だよ!」



ローサは、元々少ない荷物をあっという間にまとめると、荷馬車に載せて老馬を厩から引っ張ってきた。


小さな子を抱え、突然無収入になった彼女を助けたのは、この荷馬車だ。


ソラティオを背負い、港に水揚げされた魚を市場まで運ぶ。


結婚するまでは、そうして暮らしを立てていたローサにとって、重い荷物の運搬は慣れたものだった。


ただ、最近では、馬も年を取りすぎて運ぶスピードが落ちていた。


ソラティオが働き出したことで家計はなんとかなったが、新しい馬を買う余裕などない。


このまま老衰するまで大切に飼ってやろうと思っていたが、



「相棒、お前に良いものを運ばせてやれる日が来たよ。頑張ってくれるかい?」



ローサの呼びかけに、老馬は笑うように鼻を鳴らした。














「くそ!くそ!くそ!」



つい数時間前まで手下を顎で使っていたはずの男が、港の片隅で顔をあざだらけにして転がっていた。


トゥオーノの足を切り落とし、自らが船長となった時の光景が、フッと脳裏に浮かんでは消える。


彼にとって、暴力とは、手っ取り早く金と権力を手に入れるための手段だった。


それが突然自分に向けられると、今までの所業などすっかり忘れ、この理不尽さに腸を煮え繰り返している。



「あいつら、裏切りやがって」



漁師達から船を奪おうと船員に指示を出し、やっと一艘の船を手に入れた直後、彼の視界は暗転した。


後ろから殴られ気を失わされたのだと気づいたのは、船が去り、怒り狂った漁師達に水をかけられた時だった。


目が血走った男達に囲まれ、どれだけ叫ぼうが助けは来ない。



「こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかった!」



因果応報。


トゥオーノの片足を奪った男が、両足を失ったとしても、誰も同情することはないだろう。


時を同じくし生贄の屋敷では、島の長の息子とキキが、二人まとめて縛り上げられていた。


いつもなら、腕っぷしの強い男が、やすやすと女達に捕まることなどない。


しかし、港での乱闘に巻き込まれ、片目を潰された状態なら話は違う。


今、この島の力関係は大きく変わろうとしている。


船を失い、生活の糧を手に入れられない男達は、女達に食べ物を乞う立場に成り下がるだろう。


なにせ、アッカに餌付けされた女達は、森に入って罠を仕掛ければ獲物を捕ることが出来るのだと知っている。


そして、呪いなどなかったことも。


手先の器用な彼女達なら、アッカが森の中に残した罠の残骸を見て、直ぐにでも同じ物を作り出すだろう。

 

古い言い伝えに振り回され、怯えて森に一歩すら入らなかった男達とは違う。


彼女達は、アッカが生贄になると決まってから数度ではあるが、森の湧き水を桶を担ぎ汲んできているのだ。



「もう、あんた達に偉そうな顔はさせないからね!」



腕を組み胸を張るのは、アッカにウサギ肉を余分にもらっていた娘。


気が強く、気難しいが、環境の変化に人一倍対応する力のあった彼女は、今後、この島を率いていくことになるだろう。


その時、男達は、彼女に何と声をかけるのか?



「美しい」


「愛している」 


「君しかいない」



餌(食料)を貰うために、プライドも捨て擦り寄るのが目に浮かぶ。


しかし、それは、キキに対して何度も囁いた使い古されたものばかり。


その歯の浮くような言葉を聞いて、彼女は、内容の薄さを笑い、キキを羨ましがっていた自分を懐かしむことだろう。

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― 新着の感想 ―
家族だけじゃなく村の構造全体を変えるざまぁは斬新かも。
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