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二日目-1-

●講和会議 二日目

『二日目。天候は曇り』

 マリエルは手帳に素早くそう記すと、顔を上げた。


 迎賓館の会議室の左右には、待機スペースとして書記官や官吏たちが詰める場所がある。

 ここから会議の様子を伺いながら、議事録を作っていく。

 中央に置かれた細長いテーブル席の向こう側には、共和国の老首相、外相が座り、背後に書記官、通訳担当、外交補佐官の座る席が並んでいる。

 こちら側には、ルドウィク宰相、外交長官。そしてその背後に通訳としてマリエルが座る。

 もっとも、共和国のロハン首相、オーシン外相、そしてルドウィクも、国際的な共通語であるカレドニア語を話せるため、会議はもっぱらカレドニア語で行われることになっている。


「"時間です"」

 すでに双方席についていたが、共和国の外交補佐官の言葉で会談ははじまった。

 マリエルは緊張しながら、ルドウィクの背中を見守った。

(このお役目に────)

 一瞬の揺らぎも、迷いもない。ただ、宰相閣下のためにすべてを捧げつくすのみ。


「"昨日お話した通り、まずは休戦について、話を進めましょう"」

 ロハン首相がゆったりした口調で話をはじめる。

「"同意いたします"」

 ルドウィクがうなずく。背後で書記官たちが一斉にペンを滑らせる音が聞こえはじめた。


「"では休戦の条件について提示いたします"」

 ロハン首相の目くばせで、オーシン外相が書類を机の上に広げた。

「"共和国は、休戦のための条件として以下の三つを提示します。『一つ、フリジア地域に残る帝国軍の撤収』"」

 現状、フリジア地域はほぼ共和国軍に占拠されている。この要求は当然と言えるだろう。

 ルドウィクは、じっと話を聞いている。

 オーシン外相は続ける。

「"『二つ、帝都周辺の要塞を守備している、全帝国軍の撤収』"」

 ルドウィクの眉がかすかに動いた。


 その要求の重さに、マリエルは思わず息をのんだ。

 帝都。皇帝陛下のおわす場所に他国の軍が駐留するなど、聞いたこともない。

 マリエルによる共和国側の通訳を、それまで黙って聞いていた外交長官が《《帝国語》》で声を上げた。

「帝都の防衛を丸裸にしろというのか!畏れ多くも皇帝陛下のおわす帝都を!」

 その発言を通訳すべきかどうか、マリエルは迷った。

 外交長官の発言は、当然ではある。しかし、この場で通訳してよいものだろうか。

 マリエルは、ルドウィクの反応を待った。しかし、ルドウィクは黙って首を横に振った。

 オーシン外相は少し待って、こちら側の発言がないことを確認してから続ける。

「"『三つ、帝都周辺の全要塞への共和国軍の駐留』、以上です。また、休戦期間は十日間とします"」

「"お待ちください"」

 すっと、ルドウィクが手を上げる。

「"一つ目の、フリジア地域からの撤収は、現在の戦況及び休戦の条件として妥当であり、この条件に関しては異論はありません。

 しかし、二つ目及び三つ目の、帝都周辺の要塞に関しては、共和国軍は未だ帝都に到達しておらず、その要求は過大であると考えます"」

 少し遅れてマリエルの通訳を聞いた外交長官は、憤慨して机を叩いた。

「当然ではないか。帝国の威信をなんと心得る。皇帝陛下のおわす帝都は神聖不可侵。たかが一度の決戦に勝利した程度で辺境の小国がなにを言うか!」

 この発言も、通訳する前にルドウィクが目で止めたため、マリエルは黙した。

 外交長官は憤慨したまま、腕を組んで黙った。


「"これは最低条件です"」

 ロハン首相は、にこやかな表情で言った。

「"休戦が守られる保証がなければ、休戦することはできません"」

「"帝都周辺の要塞は、帝都防衛の要です"」

 それに対し、ルドウィクも表情一つ変えずに答えた。

「"また、皇帝陛下及び宮城を守護するために作られた、帝国の伝統にとって重要な施設でもあります。

 これを明け渡すということは、皇室の権威が侵害されるも同然であるため、この条件では皇帝陛下の御裁可がおりません"」

 外交長官はなにかを言おうとしてムッ、と唸ったものの、振り向きもしないルドウィクを見て、どうせ発言許可はされないと察して、押し黙った。

「宰相閣下は帝国の威信を守るつもりがあるのか」

 ボソボソと、外交長官は不満げにつぶやく。

 ルドウィクは目もくれない。マリエルもそのつぶやきは無視した。

「"そこで、『休戦の保証として、要塞からの軍兵の大部分を撤収させ、要塞周辺への共和国軍の駐留を認める』という条件ではいかがでしょうか"」

 ルドウィクの提案に、首相は首を横に振った。

「"これから、帝都周辺は冬を迎える季節です。わが軍の将兵をこれから寒くなる時期に野営をさせるわけにはいきません"」

「"では、周辺の建物を駐留のために解放します"」

「"いいえ、あくまで要塞への駐留が条件です"」

 ルドウィクはつばを飲み込んだ。

 ロハン首相は、和やかな笑みを浮かべている。が、まるで揺らぐ気配を感じさせない。


 ────ラバルナ共和国。

 かつて、帝国の辺境の弱小国だったこの国は、内戦直前に至るほどの政治的な大混乱期を経て、国政改革、そして産業革命に成功した。

 その革命を主導したのが、このロハン首相たちだった────。

 学舎で学んだ内容が、マリエルの脳裏をよぎる。

 その老獪さ、老練さ。

 笑顔の奥から垣間見える、底知れぬ力強さを感じて、マリエルはぞっとした。


「宰相閣下」

 外交長官が苛立たしそうに言った。

「発言許可を」

「だめだ」

 ルドウィクは振り向きもせずに短くそう言い、首を横に振った。

「この会談の全権は私にある。外交長官の意見は後ほど聞く」

 その一言に外交長官は顔色を変えたものの、ルドウィクの反論すら許さない圧力を感じて、口を閉ざした。

「こんな休戦条件は話にならん!」

 そうぼやいたきり、外交長官は腕組みしたまま黙り込んだ。


(────これが)

 閣下の仕事のなさりようか────、とマリエルは思った。

 私室や邸宅で見る閣下とはまるで違う、宰相としての顔。国家をたった一人で背負う方のお姿。

(お支えしなくては────)

 改めて、マリエルは心に誓う。

(たとえ、お味方が私一人になったとしても────)




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