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二日目-2-

「"こちらからの提案ですが"」

 ルドウィクは場を仕切りなおすように、声を張り上げて言った。

「"『帝都から最も遠いバルワード要塞、スグモク要塞から帝国軍を撤収する』かつ『その他の要塞から帝国軍は撤収せず、代わりに共和国軍の休戦監視兵を配置する』という条件を提案します"」

 ロハン首相は黙って首を振る。

「"いいえ。全要塞からの帝国軍の撤収は、最低条件です"」

「"しかし要塞を完全放棄することは帝国としては承認できません"」

 ルドウィクはなおも食い下がる。

「"帝都を囲む八つの城砦は、軍事施設だけではなく祭事のための施設でもあります"」

「"同じことです。軍事設備としての機能がある以上、放棄が最低条件です"」

 まるで取り付く島もないようなロハン首相の返答。

 ルドウィクはそっと唇をかんだ。




 その後も、休戦条件の擦り合わせが行われたものの、平行線のままだった。

 ロハン首相の態度は変わらなかった。ゆるやかに、にこやかに笑顔を浮かべたまま譲らず、ルドウィクも粘り強く交渉したものの、その日の会談は延長もなく、そのまま終了することになった。


 今日の会談の終了が告げられた瞬間、マリエルは胸の中の空気をゆっくりと吐き出した。

 全員がバタバタと席を立ち、それまで張りつめた静寂に包まれていた室内が、ようやく騒がしくなる。

(終わった────)

 ふと顔を上げると、立ち上がったルドウィクの顔が目に入った。

 じっとどこかを見る真剣な表情。なにを抱えているのか、ここからでは推し量ることもできない。

 ふと、ルドウィクと目が合う。

 それだけで、マリエルは一瞬息が止まる。

(私は────閣下のお役に立てただろうか)

 そう思いながら、マリエルはそっとルドウィクに駆け寄った。




 迎賓館を出る。日差しはまだ明るいものの、すでに傾きはじめていた。

 前庭には、すでに煙を上げた蒸気自動車が待機していた。

 それを目にして、マリエルは気が滅入ってしまった。



※※※



 ────お昼すぎ。

 宿舎であるホテルから会談の場である迎賓館までは、ほんの数百メートル。その道のりを、共和国側が用意した蒸気自動車で移動することになっていた。


 列強諸国の一つ、ベルガエ連邦は、科学、工学、医療などの分野で世界最先端という話だった。

 この蒸気自動車もベルガエ連邦で発明されたもので、大きなボイラーから煙を吐きながら走る、馬車のような乗り物だった。

 前方には御者が座り、大きな客室を挟んで、後方には警備兵が二名掴まって乗れるようになっている。

 客室は窓が大きく、道中の風景も眺められるようになっている。内装も豪華で、揺れの軽減と遮音のためか厚手の絨毯まで敷かれていた。

 最初に見た時、マリエルはまずその巨大さに驚いた。帝国では見たことも聞いたこともない、こんなものを用意できる共和国の国力にも怖れを感じた。

 ルドウィクが先に乗り込み、手を伸ばしてくれたとき、馬車にすら乗ったことがないマリエルは、狭い個室に閉じ込められる不安に足がすくんだ。

 しかし、閣下を待たせるわけにはいかない。マリエルは覚悟を決めて客室に乗り込んだ。

 座席は、前後合わせて六人掛けほどのサイズがあった。ルドウィクは前方に座り、マリエルを後方座席に座らせようとした。

「あの……閣下、座席が逆では……」

 馬車の座席は、後方に主人が座ることになっている。蒸気自動車も同じだと思い、マリエルは遠慮した。

「マリエルは、この乗り物は初めてだろう?」

 ルドウィクは、優しくそう微笑む。

「揺れるから、最初は気分が悪くなるかもしれない。揺れの少ない後方に座るといい」

「ですが……」

 言いかけたものの、そのまま扉を閉められてしまった。マリエルは後方座席で恐縮しながら、申し訳なさに小さくなるしかなかった。


 この蒸気自動車は、思ったよりも静かだった。

 ボイラーからの音は大きいはずだが、密閉された車内までは音はあまり聞こえなかった。

 そのかわり、走る鉄輪が立てる地響きのような音が車内まで響いてきた。

 そして、慣れない油の匂いや金属のきしむ音。続く絶え間ない振動に、マリエルは体が痺れ、体中が震えるような感覚を覚えた。


 窓の外は、これまで見たこともないような速度で流れてゆく。

 蒸気というのがどういうものかはわからなくても、この乗り物がとてつもない力を持っていることはわかった。

(世界は、この力を手にしている────)

 共和国も、それを開発した列強諸国も。

 帝国だけが、そこから取り残されている。


 ホテルから迎賓館までの距離は、大して長くなかった。

 それでも、ようやく到着して蒸気自動車を降りる頃には、マリエルはすっかり振動にやられ、頭の中がぐるぐると回っているような感覚に陥ってしまった。

 もはやルドウィクに気を遣うどころではなく、体中もガチガチに硬くなってしまっていたのだった。



※※※



 そして。

 再び蒸気自動車を目の前にしたとき、マリエルは一瞬固まってしまった。

 毎日の行き帰りは、これに乗らなければならない。

 マリエルの表情を見て、ルドウィクはくすっと笑った。

「慣れるまでは、後ろの席でいい」

「いえ!」

 マリエルは慌てて首を振った。

 もう、失態を見せるわけにはいかない。閣下に失望されたくはない。

「閣下に、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはまいりません」

 言いながら、前方の座席に座る。

「構わないと言っているのに」

 ルドウィクは苦笑しながら乗り込んだ。


 続いて、二号車に外交長官と外交官吏たち。三号車に書記官たちが乗り込む。

 三台の車列は、ゆっくりと迎賓館の門を出た。




 ホテルに到着すると、マリエルはふらつく足でなんとか降り立ち、ルドウィクに続いた。

 まだ頭の中で振動が続いている気がする。

 帰りの道のりだけで、マリエルは会談中よりも疲労してしまった。


「宰相閣下」

 同じく、蒸気自動車を降りてきた外交長官が乱暴な足音を立てながらやってきた。

「なにか」

「閣下は、帝国の権威をいかにお考えか。その真意を伺いたい」

 閣下の前に出なければ。せめて横に。

 ふらつきながら、そう思っているマリエルの前に、ルドウィクがかばうように前に出た。

「長官は……いや、諸君ら継戦派は勘違いをしている」

「勘違いですと?」

 ムッとして、外交長官がルドウィクをにらむ。しかしルドウィクはまるで意にも介さずに続けた。

「現状、共和国軍は帝都まで数日の距離にある。恃むべき近衛兵団はすでに無く、各州の郷士兵も現地の反乱鎮圧に追われ、救援の見込みはない。

 もし帝都が陥落するような事態になれば、講和どころでは済まなくなる」

「だからこその要塞ではないか!堅牢な要塞で耐え忍べば、奴らは補給が尽きて帰っていく!」

 唾を飛ばしながら、外交長官は言った。

「共和国軍の砲兵の前に、あんな要塞は無力だ」

 表情を変えないまま、ルドウィクは言った。

「フリジアでの戦いで、帝国の要塞は一日と持たず陥落した。どうせ敵の手に落ちるのなら、交渉材料にしたほうがマシだ」

「カレドニアの連中にはダズン港の独占使用権を与えている!アクィタニアもそうだ。連中に兵を出させて撃退すればいい!」

 興奮したように、さらに外交長官は叫ぶ。

「どういった名目で兵を借りる?」

 マリエルは、ルドウィクの目つきが次第に冷めていくのに気づいた。

 彼の目からは、もはや何度も繰り返したであろう同じ議論を、どれほど言っても理解しない相手にしなければならない虚しさすら感じる。

「彼らはこの戦争においては中立だ。もし兵を借りるのであれば相応の条件を要求される。今度はどこの港を取られる?タスキルか。ベハイトか。それとも帝都の港か」

 さすがに反論が尽きたのか、外交長官は赤い顔でルドウィクをじっと睨んだまま、なにも言えなくなった。

 ルドウィクは目を細めた。

「外交長官の意見は以上か。なら、話はここでおしまいだ」


 マリエルはふらつく頭で耳鳴りを押さえながら、まっすぐ立っているので精一杯だった。

 ルドウィクが歩きはじめると、マリエルはその後を必死で追った。ルドウィクは歩調を落とし、マリエルに合わせた。

 ルドウィクの背中に追いついてホッとしつつ、マリエルはルドウィクの力になれなかったことを悔やんだ。

(閣下を、おひとりで戦わせてしまった────)

 それどころか、足手まといですらなかったか。

 蒸気自動車のせいにしたかったが、閣下が平然と乗り降りしていることを思うと、それもできない。

(私が、弱いせいだ)

 ルドウィクの後ろを歩きながら、マリエルは思った。

(もっと、強くならなければ────)


 後ろで、外交長官が舌打ちするのが聞こえた。




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