四日目-3-
「"いささか、要求が過度であると思われます"」
ルドウィクは、手を上げて発言した。
「"ここまで過酷な条件では、まず帝国議会を説得できません。もちろん、皇帝陛下の御意も得られないでしょう"」
「"現在の戦況をお考え下さい"」
ロハン首相は、机の上で指を組み、ゆったりした姿勢で言った。
「"現在、我が軍は帝国の首都に迫っております。この状況に至って講和を結ぶのであれば、この程度の条件は当然と考えます"」
「"しかし"」
ルドウィクはなおも食い下がった。
「"フリジア地域は、辺境とはいえ伝統的に帝国の領土であります"」
その発言をマリエルが聞かせると、外交長官は珍しく首を縦に振った。
「"一次的とは言っても、帝国の神聖なる領土を譲渡することはできません"」
首相は静かに首を横に振る。
「"すでに、他国に帝国の領土を明け渡している前例があります"」
その発言に、ルドウィクが息をのむのがわかった。
「"かつて帝国は、カレドニア連合王国に東方半島の一部を割譲しています。またアクィタニア自由国に対しても、東方諸島の一部を賠償金代わりに売却しています"」
「"しかしそれは────"」
一瞬言いよどみ、ルドウィクは言い直した。
「"東方半島に関しては、カレドニアとの戦争中に事実上占領されていたもので、現状承認したものにすぎません。東方諸島については、アクィタニアとの戦争の結果、支払うべき賠償金の代わりに売却したものであって、どちらも帝国領の割譲とは認識していません"」
「"しかし、事実上は割譲と同じです"」
落ち着いた調子で、ロハン首相は返す。
「"また戦勝国側が敗戦国側の領土の割譲を要求するのは、国際的な慣習として普通のことであり、当然の要求でもあります"」
滑らかに、流れるように。ルドウィクの必死の反論も、首相の言葉に跳ねのけられてしまった。
ルドウィクは言葉を詰まらせ、口をつぐんだ。
(閣下────)
マリエルは、ハラハラしながらただ見守っていた。
ほんの一瞬の沈黙。
それでも、ルドウィクは顔を上げた。
「"では二つ目の条件に関して"」
ルドウィクは、もう一度手を上げ、発言した。
「"どうぞ"」
ゆるり、と首相は言った。ルドウィクは続ける。
「"共和国が占領しているのは、現状ではフリジア地域の一部にとどまっています。にもかかわらず、周辺地域まで含めた帝国軍の全撤退と軍事施設の全撤去は、要求として過剰であると考えます"」
首相は少し机に体を乗り出し、言った。
「"すでに共和国軍はフリジアの主要地域はすべて占領しております。地域全体として考えれば、フリジアの政治、経済に関するエリアは完全に我が軍の占領下にあります。
したがって、現状でもフリジア全土を掌握していることと等しいと言えます"」
続く言葉を継げず、ルドウィクは再び口を閉じた。
ロハン首相はゆっくりした動作で書類をめくり、オーシン外相はにこやかにこちらの様子をうかがっている。
ルドウィクは少しうつむいたまま、机の下で、手を握ったり開いたりしている。
この状況で────。
帝国の命運が、閣下の肩にすべてかかっているこの状況で。
今の自分では、この場では、なんのお手伝いもできない。
────それが、もどかしくて、悔しい。
(なにができる?なんならやれる?)
走り出したくなるような衝動をこらえながら、マリエルはじっと耐えていた。
「宰相閣下」
いてもたってもいられなかったのか、外交長官がルドウィクに言った。
「発言の許可を」
「だめだ」
ルドウィクは、冷たく言い放つ。
「今日は、講和条件の確認だけにとどめる。これ以上の反論は許可できない」
「弱気が過ぎますぞ、閣下!」
外交長官の声が大きくなる。書記官たちが不安そうに顔を向ける。
「ラバルナごときに帝国の威信が傷つけられて、黙っていることなどできません。……おい!」
外交長官は腰を浮かせながら、マリエルを呼びつけた。
「いいから私の発言を通訳しろ!」
「だめだ」
ルドウィクは鋭い口調で外交長官を制した。
オーシン外相がこちらを見ながら、どうぞ、という風に手のひらを向けるのが見える。
マリエルは戸惑ったが、黙って下を向いた。
「くそっ、平民女風情が!」
イライラした口調で吐き捨てた外交長官は、ドカッと椅子に腰を戻した。




