77話 健康食品ぽい水
「なんだか、この水飲んでたら力が湧いてきた気がするわ!」
「力が湧いてくる?」
ミーシャの言葉に俺は多少、ひっかかりを覚える。
「ステータスが上がるチートな水があるとでも言うのか? いや、チートな現象は俺も目撃してるぐらいだし、絶対ないとは言えないけど」
「ああ、そんなに劇的な効果はないと思うわ。ただ、とにかく活力源になるっていうか、いい水なのよ」
「なんか健康食品の宣伝みたいだな……」
まあ、科学的知識がない状態で説明をしようとすると、ファジーなものになってしまうのはやむをえないかもしれないが。
「姉御がそんなに言うなら、私も試してみようかな。そんだけおいしいなら危ないものは入ってないだろ。これは盗賊の勘ですけど」
そして、レナも勘を信じて、ビンを一度すすぐとそのまま飲んだ。
盗賊らしく、けっこう、豪快な飲み方だな……。
「ほんとだ! これはうめえ! こんな美味い水、飲んだことねえ!」
うっ……。みんな、おいしいおいしいって言ってると俺も飲みたくなる……。朱に交われば赤くなるというやつで、俺も手ですくって飲んでみた。
「あっ、たしかにこれは美味い。まったく嫌な味がしない。しかもまろやかだ」
この王都の水は全体的に硬水らしく、多少日本出身だとなじむのに時間がかかるようなものなのだが、そういう癖みたいなものもない。
もちろん、生臭さとか鉄っぽい味もしない。
「これ、ビンに詰めたら売れそうだな。ていうか間違いなく売れる」
そんな商売をする気はないし、商売にこの階層に冒険者が押し寄せたらモンスターに襲われて死人も出かねないので広める気はないが。
「でしょう。わざわざ水路まであるってことは、やっぱりかつてこのフロアを使ってた人も特別視してたってことよ。休憩にはちょうどいいわね」
「そうだな。というか、この水があったから幽霊だった冒険者は深い階層まで行けたのかもな」
幽霊の冒険者は地下45階層まで行ったという。そこまで到達するとなると、かなりの時間がかかる。時間がかかるということは肉体的なだけじゃなく、心理的にも疲れてくるってことだ。
どこかで一息つける場所があるかどうかはものすごく大きくかかわってくるはずだ。
「それは幽霊に聞かないと証明できないけど、まず間違いないのは、さっきのスライムはこの水のおかげで強くなったってことだわ。やっぱり、この水とモンスターはつながりがあるのよ」
かなり確信を持ってミーシャは言った。
完全に休憩モードなのか、水路のへりに座っている。
「まあ、力が湧くと感じたような水で育てば、スライムも強くなるか」
なんか清流で育てたアユみたいな話だな。だとすると原理としてはありえないとは言えないか。
「ふざけて言ってるわけじゃないわよ。ほら、魔法石もすごくきれいだったでしょう? これまでの階層でもモンスターは強くなってたけど、石がまったく違って見えたようなことはなかったはずだわ。つまり、この階層からの質的変化がありうるのよ」
「なるほどな。筋は通っている」
すごくいい水を使えば、強いスライムを生み出すことができるのか。
「でも、その説が正しいとすると、このフロアに出てくる敵はかなり強いってことになりますよね……」
レナは困った顔をしていた。
「あっ、ほんとだ……」
スライムですら、かなり強くなっていたのに、ドラゴンみたいなのが縦横無尽に暴れまわって来たら、本気で怖いぞ。
「そうね……。このフロアはかなり慎重に行ったほうがいいかもしれないわね……」
休憩を終えると、俺達は用心深くそのフロアを探索することにした。
次に出てきたのは大柄のアルミラージだ。これも割とダンジョンの浅い階層にいるタイプのモンスターなのだが――
恐怖を感じるほどの猛烈な勢いで突進してきた。
「あぶね! あんな角で貫かれたら即死しかねねえぜ!」
どうにかレナが回避していた。
そのまま巨大アルミラージは攻撃に転じる。
レナはナイフで応戦するが、明らかに防戦一方という雰囲気だった。
「もう、見た目は近くても別種の凶悪なモンスターって考えたほうがいいわね!」
俺とミーシャが加勢して、やっと巨大アルミラージもレナを狙うのをやめた。レナは思い切り胸を撫でおろしていた。
「死ぬかと思ったぜ……」
剣士の俺が当たっても、巨大アルミラージの勢いにやっぱり押されてしまう。大きい分、こちらの攻撃も当たりやすくはあるが……。
「私の協力なしでどうにかなりそう?」
「俺は装備が堅いからレナほどの危険はない! でも、こいつ、かなり強いのは確かだな……」
倒した時には息が上がっていた。
この階層のモンスターは見た目と強さが一致していない。
戦闘後に魔法石を拾ってみると、やはり輝きがスライムの時と似ている。
「ミーシャの説が正解な気がする」
このフロアの奴はいい水を飲んで強くなっているのだ。
「ご主人様、もしかして、ここのフロアに住んでたら、自然と強くなっていくかもよ?」
ミーシャが回復魔法を唱えながら、そんな冗談めいたことを言った。
「たとえそうだとしても、俺は屋敷で暮らしたいな……。あと、人間って太陽光線をある程度は浴びないとダメなんだぞ」
この調子だと、やっぱり、地下35階層まで行ったところで一度引き返したほうがいいだろうな。
水で育ったドラゴンが出てこないことを願おう。