167話 疑わしきは殺す
階段を下りていくと、そこはアジトととは思えないほどに立派な空間だった。
まず床はきれいに幾何学模様の絨毯が敷き詰められている。壁も板壁だ。あわてて掘った防空壕的な空間とはまったく違う。
部屋もいくつかあって、ダンジョンというよりは屋敷という印象のほうを先に覚える。
人気はあまりないが、常にここに全員が集まる意義がないと言えば、ない。
「かなり、気合いを入れて作ったわね」
「そんなボロボロの場所で暮らしたくはないというボスのご発案なんです。長く生きていらっしゃいますからね」
その言葉に、気になるものを覚えた。
「そういえば、あんた『夜の爪』のボスは人間じゃないという話を聞いたことがあるんだけど、あれは本当なのか?」
「どうでもいいことです。我々に利益をもたらしてくれる、それだけで最高です。それが人間だろうとモンスターだろうと神だろうと関係はありませんよ」
「まったくだな。悪にとって、そいつが何者かなんてクソの役にも立たないことだ」
いくらモンスターだろうと拝んだらいくらでも金が降ってきたらみんな拝むだろう。でも、こっちからすると、このままにはしておけない。
けど、レナはどうしてるんだろう。入ってこないならこないで問題ないんだけどな。まあ、ボス以外なら、まず負けないだろう。
「さあ、この先がいよいよボスのところです」
俺とヴェラドンナ、それと猫のミーシャは重そうな扉を開けた。
地下にしてはかなり天井の高い部屋だ。
その奥、大きな肘掛けのある椅子に三十代ほどの男が座っている。
少なくとも、『夜の爪』ができた時期から考えると、初代のままなら年代が合わない。
「あなたたちが商談をもたらしてくれる客人ですな」
「はい、そのつもりでございます。へっへっへ」
ちょっとずつ俺も成りきるのが上手くなってきた。こんな姿、王が見たらSランク冒険者を返上しろって言われそうだな……。
「うむ。ただ、残念なお知らせがある」
空気がふっと変わった。
「まだこちらは信じていないんだが、あんたらがSランク冒険者ケイジの一味、少なくともなんらかの関係者であるおそれがある。あくまでもおそれだ」
あれ、セルウッド家とレナのつながりは公式には知られてないと思ったんだけどな。ヴェラドンナが狐の獣人だからか?
といっても、もうここまで入ってきたんだから成功だけど。
「ない腹を探られるのは勘弁だわ。不安なら帰りにいくらでも尾行してくれればいいけど」
ヴェラドンナはまだ演技を続ける気らしい。そのヴェラドンナに俺も従うことにする。隙を突いて攻撃する気なんだろうか? 俺自体には剣もないからどうしようもない。
「まったくそのとおりですぜ。こんなSランク冒険者がいたら世も末ですな」
ほぼ完璧な悪党ロールプレイだ。多分、ミーシャ笑ってるだろうな。そういう意味では反応がわからないように猫のほうが都合がよかった。
「うむ。こちらもほぼ大丈夫だとは思っている。しかし、この組織は疑わしきは罰することでこの規模まで拡大した」
殺気をはっきりと感じた。
「悪いが、全員死んでもらう。そのうえで儲け話が信じられるなら、うちでいただこう」
刃物を持った連中がぞろぞろ後ろから出てくる。
なるほど。ここで殺すのが目的だったんだな。じゃあ、中に入れるに決まってるわな。
ということは俺とこいつらと利害関係は一致してたってことか。
「そんな話はねえってもんだろ!」
ひゅんとナイフが飛んできて、男の一人の頭に刺さる。
ヴェラドンナじゃない。これはレナだ!
レナが次々に盗賊を斬っている。
「なっ!」「どこから入った!?」「その獣人も殺せ!」
その場が騒然とする。ちらっとボスを見たら、レナを捕捉できてなかったらしく、かなりビビった顔をしていた。
「やはり、賊かっ! 皆殺しにしろ!」
「賊はそっちじゃねえか!」
レナの言うとおりだ。裏社会だからって疑わしいだけで殺されてたまるか。
もう、ミーシャもヴェラドンナから飛び出して、敵の盗賊をぽかぽか殴って倒していた。絵的にはあまり怖さはないが、威力は最強だ。
わずかな間に敵の数がほぼゼロになる。
ちなみに俺は何もしてない。たまには完全に見学に回るのも悪くないだろう。その他、ヴェラドンナも戦う必要がないと思っているのかとくに何もしていない。
せっかくだから、ちょっと遊ぶか。
「へっへっへ。裏の世界でも信頼というものは必要ですぜ、旦那」
「お、お前は結局Sランク冒険者なのか、本当の闇の連中なのか、どっちだ? あのレナという奴はSランク冒険者なんだろう?」
ボスもいらだった声を出している。
「まあ、あんたらと同じ穴のムジナですよ」
「Sランク冒険者といっても、いろいろあるんじゃないの?」
ヴェラドンナもまだちょっと成りきっているな。
そうこうしている間に、ボス以外はおおかた片付いた。




