165話 アジトを目指す
その夜、帰宅中もあとをつけられている可能性がないとは言えないので、余計なことは何もしゃべらずに屋敷まで帰った。
「はい、もう絶対に大丈夫ですよ。怪しい者の気配も全然ありませんし」
家に着くなり、ヴェラドンナがそう言ったので、「ふぅ……」と俺はため息をついた。それとほぼ同時にミーシャも人の姿になる。
「けっこう、疲れるな……。何かを演じるのって大変なんだなと思い知ったよ……」
「それはそうかもしれませんね。だからこそ商売として成立するという部分もあるのですが」
ヴェラドンナはさすが裏の世界で生きてきた期間が長いだけあって堂々としている。もともと向いている性格だったのかもしれない。
そこに留守番役だったレナが顔を出してきた。
「お疲れ様でした! お茶でも用意しますんで、椅子のほうに座っててくださいよ」
「お嬢様、そこは私がやります」
「ヴェラドンナも一仕事してきたんだろ。これぐらいやれるって。少しは働かせてくれよ」
こうしてレナのいれてくれたお茶を飲みながら、仕事の話をした。
「ヴェラドンナ、あの手紙って本物だったんだよな」
「はい、もともと流出しても問題がないような、ぼかした書き方で報告をしたり受けたりすることになっておりましたので。ちなみにあれはずいぶん前のものですから、ご心配なく。別に読んでいただいてもかまいませんよ。こちらとしても不都合なことは書いた記憶はありませんので」
「そこは俺もあまり危惧はしてないからいい」
ミーシャも同意見らしく、うなずいている。
「相手は長らく盗賊団をやれているだけあって慎重でしたね。裏社会の連中は極端に用心深いか、勢いだけでのし上がった親分肌の人間か、大別すると二つに分かれることが多いです。今回は前者でした。ああいう手合い用に、役に立つかと思って手紙を持って来たんです」
「で、それが成功したってことか」
「そうですね。セルウッド家とつながりがあると見せれば、話はつくと思っていました。さて、ここからが本番ですよ」
その言葉に俺の背筋も自然とぴんと伸びる。
「そうね。これでボスを倒さなきゃ話にならないものね」
『夜の爪』を指揮している奴こそ、魔族のボスのはずなのだ。
「次は本格的な戦闘だけじゃなくて、盗賊団を壊滅させる話にもなるんだな。それって場合によっては人間とも戦わないといけないってことか」
殺し合いになればやむをえないとはいえ、あまり人間を手にかけることはしたくない。
「旦那、私は相手を縛る技術もありますから、片っ端から気絶させてください。あと、私も素手でできるだけ戦いますよ。それなら殴り殺すってことはそうそうないですから」
「たしかに、レナのほうがそのあたりの加減はできるかな。けど、レナが現場にいたらおかしくないか?」
ぽんと自分の胸をレナは叩いた。
「私はこの国で多分最強の盗賊ですよ! 見つからないようにしますから!」
そういえばそうだった。
現場での確認はここでするとして、もうちょっと大局的な根回しも一応することにした。
翌日、俺はアブタール王のところに顔を出した。念のため、密談という形をとらせてもらう。大規模な盗賊団なので、大臣などとつながっている場合がないとも限らないからだ。
「ほほう、『夜の爪』の居場所がほぼわかったと」
「場合によっては、『夜の爪』が持っている秘密が一斉に明らかになって、逮捕者が増えるかもしれません。大丈夫でしょうかね?」
「そう心配せんでもいいさ。明確な証拠があるものだけを処分対象にするし、関係した貴族を全部殺すというような手荒なことをせずに、少し油をしぼるぐらいのことをすればどうとでもなる。そのあたりのことは任せてくれ」
王のそういう言葉を聞けて、こちらもほっとした。
「それにしても大盗賊団っていうのは、貴族とつながってるものなんですか?」
「極端に貴重なものだと、それを購入できる者も限られているからな。とはいえ、直接のつながりがあるというよりは、犯罪組織であることを黙認して購入するなんてことのほうが多いな」
どこの世界にも闇はあるものだと思いつつ、俺はギルドにも寄って、『夜の爪』打倒の仕事を秘密裏に引き受けた。おおっぴらにして、どこからか情報が漏れてもまずい。
そして、いよいよ当日。
俺たちは変装をしたうえで、指定された町に行く。なお、レナだけはばれないように単独行動をしてもらっている。町に行ったら、レナとすれ違った。ちゃんと別行動でここまでやってきている。また、別行動をして、目的地で落ち合う。
ここのはずれの民家に入ると、そこには林業の計画書が置いてある。
その計画書に書いてある小屋がアジトだ。
このあたりの森はモンスターが増えてきて、林業の仕事が滞っているらしい。それこそ、盗賊団が現在、ここに居を構えてる証拠でもある。ボスが魔族だからな。魔族が移ってきたってこともあるのかもしれない。
途中、何度かオオカミのようなモンスターと戦って森に向かう。こういうのに勝てないような奴なら最初から来るなということだ。そして、一般人ならどのみち怖くて近づくこともない。
放棄されているはずの林業の小屋の一つから、わずかに煙突の煙が見えていた。
どうやら、ここらしい。




