134話 夜道は気をつける
その日の昼はそうっと、旅用の食糧などを購入して、わざと夜になってからミエントの町を去ることに決めた。
「定石から言うと、悪手ですが。夜のほうがモンスターは活発になりがちですし、暗いと危険な道もあります」
ヴェラドンナは職務上、正論で問題を指摘した。多分、本気でやめたほうがいいと思っているわけじゃないはずだ。
「なんだか夜逃げみたいだけど、市民総出で『いってらっしゃい!』なんて言って見送られたら、やりづらいからな……」
俺はあくまでも冒険者だ。冒険者はダンジョンとギルドと宿と酒場あたりをうろちょろするぐらいでちょうどいい。そんなに注目されても困る。
「私はご主人様の意見に従うわ。讃えてくれる人の5パーセントでも快く思わない人がいたら、トラブルになるかもしれないし、さっと消えるのは悪いことじゃないんじゃない?」
「一理ありますね。自分のほうが強いと思うような愚者がいないとも限りません」
ヴェラドンナがうなずく。
「ミーシャより強いと思うとかバカもいいところだけどな」
「だから、愚者なのです」
おっしゃるとおりだ。まともな状況判断能力を持っていたら、それは愚者とは言わないよな。
ちなみにレナはむしろ、いつもより足取りが軽かった。
「やっぱり、夜に行動するほうが気分がいいや。産まれながらの盗賊の血が騒ぐってもんです」
「産まれながらなのは貴族の血であって、盗賊の血は流れてないだろ」
「細かいことはナシで。今の私が貴族より盗賊寄りなのは明らかなんですから」
それもそうか。俺たちと会う前から、レナは立派な盗賊だったわけだし、筋金入りと言ってもいい。
と、レナとヴェラドンナの足がほぼ同時に止まった。
「愚者が来ましたね」
町外れのあたりまで歩いてきた時だった。
ゴロツキみたいなのが十人ほど武器を持って集まっている。
「冒険者さんよ、さぞかしいいもの持ってるんだろ。しかもきれいどころだらけだ。全部置いてけよ」
しゃべっている奴が持っているのは大きな斧だ。ダンジョンなどに持っていくと、それだけで疲弊しそうだが、待ち伏せする分には長く使うことは想定しなくていいから、それでいいのかもしれない。
ほかの連中も太くて長い剣を抱えていたりしている。短期決戦ならではのスタイルだ。持久力を無視できるから、そういうチョイスになるんだろう。
「どうしますか、ケイジ様?」
ヴェラドンナが尋ねる。
「じゃあ、死なない麻痺毒でも使えるか?」
「はい、そういうものも用意しております」
「よし、それで頼む」
こんなの、殺しても罪に問われないだろうけど、場所柄、多分ミエントに住んでる無法者だろうし、殺すのはちょっと気が引ける。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだよ!」「おら、やっちまうぞ!」
そこにヴェラドンナが無表情で前に出た。
「なんだ、キツネの獣人の姉ちゃんが相手してくれんのか?」
――一分後。
無法者全員が動けなくなって、地面に転がっていた。
口も毒のせいで上手くまわらないようで、悪口も悲鳴もあげられずにいる。
「毒の厄介なところは効き目が出るまでしばらく時間を要することですね」
一分というのは、あくまで毒がまわって動けなくするまでの時間であって、ヴェラドンナの攻撃自体は先に決まっていた。
毒のついたナイフで腕を切り裂いていったのだ。相手はみんな軽装で腕が出てるような奴ばかりだったから、ヴェラドンナも楽だっただろう。
「お疲れ様、ヴェラドンナ」
「あまり疲れてはいません」
それはあいさつみたいなものだ。
「レナみたいなオオカミが出たら食べられちゃうかもしれないけど、そこまでは面倒見切れないわね」
「野生のオオカミは知りませんけど、私はこんな不味そうな奴食べないですからね」
「砂糖をまぶしたら?」
「そういう問題じゃありません!」
ミーシャとレナがしょうもないことを言っていた。緊迫感がないけど、敵が弱すぎたからしょうがない。
そのまま、俺たちは月明かりを頼りに完全に街道へと入った。
夜は肌寒いので、かなり早足で歩いて、体を温める。
とくにミーシャは人間の体でたったかたったか進んでいた。
「猫の体だと小さいから、なかなか温かくならないのよ。一度、暖かくなったら冷めづらいしね」
「そこは体の大きさの差だな」
また、山賊でも出てくるのかなと思っていたが、予想外の遭遇の仕方をした。
今度はレナだけが立ち止まった。
「私たちを狙ってはいませんけど、その街道からはずれた雑木林あたりに野盗みたいなのが寝てますね。いびきの音が聞こえました」
ようく耳をすますと、たしかに眠っている奴がいる。
「よく、聞こえたな」
「それが商売ですからね。どうしますか?」
指名手配の証拠があるわけでもないしな。
「じゃあ、ためしに起こしてみてくれよ。それで襲ってきたら、野盗確定ってことで」
俺が物陰に隠れて女性陣だけで起こしてもらった。
――三分後。
案の定、襲いかかろうとしたので、そいつらの持っていた縄でぐるぐる巻きにして、街道の真ん中に放置した。




