121話 娘の成長
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レナはクマを見上げて目を合わせる。
ああやって、相手の感情を探る。次にどう動いていくかを見極める。
いつかレナが言っていた。盗賊というのは博打をやるような人間と似ている。時には自分が大丈夫と信じられる可能性に賭けて動くしかない。
もっとも、それは単純な運だけではない。相手を観察することで、おおかたの答えは導き出せる。すると、たとえば攻撃を回避できる可能性が七割から九割八分に上がる。もし九割八分でも怖いと思ったなら、さらに仕切り直して九分九厘ミスがないというところまで場を整える。
今のレナは確実に勝てるポイントを探っている。
クマも相手がただ者じゃないということを本能的に感じ取ったのか、動けなくなる。
両社の読み合いが行われる。
時間としてはたいしたものじゃない。たかだか、一から五まで数える程度のものだ。
でも、向き合っている側にとったな、相当な時間が経っているように感じるだろう。
ついにクマが動く。爪でレナを引き裂こうとする。
その時には――もうレナはその場にいない。跳躍して身をかがめたクマの背中に飛び乗る。
ナイフがきらめく。
「悪いけど、殺し合いだからな。生きるか死ぬかしかねえんだ」
ナイフが首を掻っ切る。
「グオオオオオオッッッ!」
クマが叫んで、体を激しく動かす。生命力の高い生き物だから、致命傷を受けたからといって、すぐには絶命しない。
川の水が赤く染まる。
しかし、レナは落ち着いている。
暴れるクマの上に、なおもバランスよく飛び乗って、クマの首に再度ナイフを突き入れる。
「もう、おしまいだぜ。素直に倒れてな」
やがて、息絶えたクマは川の中に沈んだ。巨体だから流されていくなんてことはない。
けど、これで終わりじゃない。レナは倒れたクマの体になおもナイフを差し入れる。
やがて、大きな魔法石を取り出した。
「やっぱりモンスターか。森の中で巨大化してる気がするな」
「やったか。お疲れ様」
俺はねぎらいの言葉をかける。一方でミーシャはずっと魚を食べていた。
「たまにはこういうのと遭遇するんだな。日本でクマと出会うことはあるだろうし、似たようなもんか」
レナも戦ったというより、魚でも三枚におろしたといったというような作業をしたような感覚で言った。
「図体はでかくて、体力もあるけど、それだけですね。とくにそれ以上でも以下でもなかったです」
「うん。終始落ち着いていたわね。無理をして、ケガをするリスクを上げるようなこともしなかった。悪いことじゃないわ」
ミーシャも魚をきれいにたいらげながら褒めた。
「でも、私たちじゃなくて、両親にも報告してほしいわね」
「うっ……」
そう言われて、ぎこちなくレナは自分の両親に顔を向けた。
マーセル夫妻もまさか、こうもあっさりと娘が巨体のクマを倒せるとは思っていなかったのか、どう反応していいかわかってないようだった。そりゃ、釣りで魚を手に入れるのとは訳が違うからな。
「や、やったぜ……。私はこれぐらいなら余裕なんだ。だから、危ないなんてこともないだよ……。わかってくれたか……?」
「そ、そうね……。まさか、ここまであなたが強くなってるだなんて……」
「ミレーユ、もう、お前は純粋な冒険者なんだな。それもはっきりと人の上に立てるだけの観察力と行動力が備わっている」
父親は素直に娘を認めた。
「すべては旦那と姉御のおかげさ。二人に引き上げてもらったのさ。山に籠もってた時代の私から見ても、今の私はとうてい信じられないだろうさ」
レナもやっと、調子が出てきたのか、堂々と笑って見せた。
「そこの兵士がまとめてかかってきても、確実に私が勝つぜ。優秀な盗賊っていうのは勝てる戦いだけを確実にやれる。素人が一発勝負で打って出るのとは根本的に違うんだ。弟子入りしたいっていうなら止めはしないけど、すごく厳しいからな」
うんうん、とマーセルさんがうなずいていた。
「レナ、お前はこれからも冒険者として生きるがいい。貴族という狭い環境で暮らしていくにはお前はあまりにも大きくなりすぎた」
「言われなくても最初からそうするさ。今更毎日ドレスを着て、世間話をするような生活なんてできるわけねえだろ」
レナは俺とミーシャのほうにやってきた。
「これからも、盗賊としてどんどんやっていくんで、鍛えてやってくださいね」
「Sランクの人間を鍛えるのって、それはそれで逆に難しいんだけどね」
いや、ミーシャならそれすら楽勝だろ、絶対……。
「まあ、考えておくわ。あなたをもっともっと強くさせてあげる。一緒に旅をしましょ」
ミーシャは左手をレナのほうに差し出した。
ちなみに右手はまだ魚が握られている。本当に何匹食べる気だ。
「はい、よろしくお願いしますね」
レナはミーシャの手を握る。
「ああ、それとご主人様への浮気は禁止ね」
「わ、わかっていますって……!」
いきなりミーシャが釘を刺した。
「もし、それが発覚した場合はあなたを強制的に貴族だか冒険者だかに嫁がせるから、そのつもりで」
「わかりましたよ……。気をつけますから!」




