120話 クマの襲撃
最終的に、こんなに食べられるのかというほどに魚がとれた。
マーセルさんは貴族らしく、持ち帰って、料理人に調理させるつもりだったらしいが、俺たちは冒険者だし、正直、こういうのは「釣った」ばかりの活きがいいままのを食べたい。
ということで、ここは豪快にいくことにした。
まず、魚に串を差していく。これは枝をちょっと加工すればすぐにできる。
さらに塩をもみこむ。冒険者はダンジョンに入った時用に塩や塩で漬けた野菜(つまり、漬物だな)を入れたりしている。ミネラルは生きていくうえで必須だし、とにかく汗をかく職業だからな。
それを地面に突き刺すと、ミーシャが火炎の魔法をちびちびと放った。
ちびちびとやらないと、魚が炭になってしまいかねないからだ。
命を粗末にしてはいけない。ちゃんと食べれるようにしないと。
やがて、香ばしい、いいにおいがしてきた。
「おお、なつかしいなあ……。子分たちと山賊やってた頃を思い出しますぜ」
貴族のお嬢様の言葉ではないが、事実だ。
「魔法があると、火を興す手間も省けるし、いいでしょ。そろそろ完成ね」
俺としては川魚は寄生虫が怖いから、しっかり焼いてほしい。異世界には寄生虫がいないということは、まずありえないだろうし。
そして、焼いた魚がふっくらしてきた。
これにぱらぱら塩をまぶして、かじりつく。
「うん、かなり身がしまってて美味い!」
口に入れた瞬間、これは間違いないと感じた。日本の川魚より味が濃くておいしいかもしれない。
ミーシャは焼き立てのに勢いよくかじりつきすぎたのか、口の中ではふはふやっていたが、やがて飲み込んで――
「ここの横に引っ越してもいいかもしれないわね」
なんてことをすました顔で言っていた。
「うん、骨まで食べられるわ」
「いや、そんな高温で焼いてないし、骨は無理だろ……」
「私のステータスなら無理ってことはないから」
そして何度も口を動かして骨を砕いていた。
すごいパワーだ……。パワーっていうのもおかしいか。アゴの攻撃力? そうか、ミーシャは猫の状態でチートだから歯とかアゴとかも強いのか。
「一応聞くけど、一尾じゃ足りないよな?」
「ほら、お寿司って二貫で出てきたりするでしょ。ということは最低二つからじゃない?」
寿司は魚の部分だろと思うが、魚自体は余ってるのだからいいだろう。いくらミーシャでも魚が絶滅するほど食べることはないだろうし。
俺たちは冒険者らしく、火を熾して魚を食した。もし、ダンジョンじゃなくて山野を進むタイプの冒険者なら、こういうことをいつもやってるんだろう。
「ダンジョンの外って平和ね。いきなりモンスターが襲ってくることもあんまりないみたいだし」
「そりゃ、外でダンジョンほどモンスターにエンカウントしたら危なくて生活できないからな」
もちろん、ダンジョン以外でもモンスターは出てくる。山や森に住み着いてる奴もいる。かつて宿屋の娘であるルナリアの護衛をした時もモンスターに襲われた。一般市民にとったら、町の外に出るのは、それなりのリスクを伴う。冒険者でなければ、そんなのを撃退する力なんて持たない。
とはいえ、ダンジョンと比べれば、モンスター自体の密度はそう高くない。野生動物などとともにモンスターも自然界での生態系を形作っている。中には人間をことさら狙わないモンスターもいる。
冒険者から見たら、ダンジョンと比べれば野外はずっと平和だ。モンスターの巣になっている森にでも踏み込まない限り、そこそこのレベルまで上げていれば、安全だ。
それも相対的な安全でしかないが。
大きな叫び声が聞こえてきた。
体長三メートルはあるようなクマが出てきた。
目が赤く光っているし、ただのクマというよりはモンスターの部類だろう。魔法石を持ってるかどうかでそれがわかる。まあ、それってつまり退治したあとってことになるわけだけど。
マーセル夫妻を守っている兵士たちが厳戒態勢を敷く。ただ、夫妻はそう恐れているわけでもないので、警護兵でどうにかできる次元なんだろう。
「せっかくだし、レナ、あなたの実力を両親に見せてあげたら?」
レナが楽しそうに言った。
「あんまり親のためにっていうと気が進みませんけど、誰かが倒さないといけないわけですし、やりますよ」
レナは颯爽と飛び出すと、川の真ん中あたりでクマと対峙した。
「川の中か。あんまり足場はよくねえけど、やれないことはねえかな」
カタリナさんが「ミレーユ、一人で大丈夫なの!?」と不安そうに声をかけていた。女親だと心配もするよな。
けど、Sランク冒険者があんなのに不覚をとることはありえない。
それはSランク冒険者として胸を張って言わせてもらう。
間違いなく、レナは勝つ。あとはどんなふうに勝つかだけだ。
その様子、しっかり見物させてもらおうじゃないか。
ちなみにミーシャはレナを料理中のショーだとでも思ってるみたいに口を動かして魚を食べていた。




