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117話 ヴェラドンナの素

 ミーシャはごはんを食べ終えたあと、お風呂に入りに行った。

 なんというか、ものすごく活動的な奴だとあらためて思う。強さだけでなく、ヴァイタリティ自体が普通の人間をはるかに超えている。そもそも、人間じゃなくて猫だけど。


 俺はちょっと食べすぎたので、部屋でゆっくり休んでいた。寝る前に軽く風呂に入るだけでいいや。

 そこにヴェラドンナがまた来た。


「その席、座ってもよろしいでしょうか?」

 ヴェラドンナが俺の向かいの席を指す。

「ああ、もちろん。お前も働き尽くめで大変だっただろうから、休んでくれ」

 といっても、ヴェラドンナのことだから、「あまり休んでばかりはいられません」などと言うんだろうけど。


 しかし、その時のヴェラドンナはちょっと、否、かなり違った。

 テーブルにぱたんと突っ伏したのだ。


「いや~、疲れました……。本当にハラハラしました……」

 使用人とは思えないみたいなかなりラフな態度だった。

「ん? お前にしては珍しくだらけてるな……。もう、夜なんだし、だらけてもいいけど……」


「すいません、では少しだけ……」

 今度はヴェラドンナは絨毯の上にごろんと仰向けになった。メイド服なので、けっこう異様だった。

「あ~、たまにこうやって破目をはずすといいですね」

「お前ってオフの時は性格変わるタイプか?」

 表情のほうは相変わらず硬いから判断に困るが、これは最初からそういう顔だからと考えたほうがよさそうだ。


「申し訳ありません、ケイジ様。今回の里帰りは前職と同じほどに気が張り詰めましたので、それで反動が出たんです」

「張り詰めるようなこと? あっ、もしかしてレナのことか?」

「そうです」

 ヴェラドンナはゆっくりと息を吸ったり吐いたりした。


「今回はマーセル様もお嬢様の婚約者を決めようとかなり気合いが入っていたんです。しかし、お嬢様はそんなつもりはさらさらないわけで……これは大きく衝突することになるのではないかなと……」

「なるほどな。ヴェラドンナの立場だと、セルウッド家の側にも立たないといけないから、すごくやりづらかったってことか」

「はい……。場合によってはお嬢様から反感を買って、出ていけと言われるのではとびくびくしていました。こんなに気をもんだのは前職で生きるか死ぬかという仕事をした時以来ですよ」


 前職ってことは暗殺者ってことだよな。どれだけ緊張強いられてたんだ。

「ですが、お嬢様は無事にご当主様と和解されたようですし、すべてが丸く収まりました。これで、さらなる混乱も起きないでしょう。あそこまできれいに収まるとは自分でも考えていませんでした」

 そっか。ヴェラドンナは立場上、ずっと板ばさみだったんだな。マーセル側の考えも考慮するしかなくて、困っていたわけだ。

「いわば私の完全勝利と言っていいでしょう」

 ヴェラドンナとしては最高の終わり方になったってことだな。


「まだミーシャはお風呂入ってるだろうし、少なくともそれまではそこで寝てていいぞ。ミーシャも別になんとも思わないだろうけど、その『素』ってそんなにみんなに見せるものじゃないんだろ」

「はい、どちらかといえば、秘密にしておきたい情報ですが、あらゆる人に秘密というのはそれはそれで疲れますので」

「だったら俺の前にいる時は『素』でいていいぞ。誰にも言わないから」


 ヴェラドンナは少し笑みを浮かばせた。

「ご好意感謝いたします」

 言葉はまだ硬いけど、こっちまではすぐに変わらないんだろう。


「それで、秘密にしておいていただけるということのお礼なんですが」

 ヴェラドンナは左の人差し指を自分のくちびるに当てた。

「ケイジ様がお望みなら、この体差し出しますが」


「へ、変なこと言うなよ!」

 無茶苦茶びっくりして、声を上げた。まったく考えてもないことを言われた。


「いえ、秘密が守られているなら何も問題ないだろうなと。気分を害してしまったのなら謝ります」

 そんなことするわけないだろ。だいたい、もしばれたら、ヴェラドンナがミーシャに何をされるかわからない。相手の安全を保証できないのに軽率なことができるか。

「私、昔からスリルがあるのが好きなんです。前職もそういうスリルのあるお仕事でしたので。ばれたらおしまいですから」

 だからって、それでこっちを巻き込まないでほしい。


「お前、こんなこと、ほかの人間にも言うなよ……」

「はい。言ったことはないのでご安心ください」

 俺が安心するのも何かおかしい気がするな。


「それにしても……」

 少し、ヴェラドンナは顔を横に向けた。

「こういうことを殿方に言うのは恥ずかしいものですね」

「当たり前だ!」

 この調子だと、本当に冗談で言ったみたいだから、大丈夫なんだろう。


「いい薬になりました。以後、気をつけます」

「そうだぞ。男はオオカミだからな」

 ライカンスロープに仕える獣人に言うのもおかしい気がするけど。たんなる事実じゃないか。


 それから、すっくとヴェラドンナは立ち上がった。

 だらけていた態度が急に引き締まる。


 十五秒ほど経つと、ミーシャがお風呂から戻ってきた。


「いいお湯だったわ」

「お疲れ様でした。風を送りますので、そちらにお座りくださいませ」


 あくまで「素」の状態は俺にしか見せないんだな……。

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