第12章:アホな男子高校生
痛み指数:[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10] ステータス:Bone Glitch & Urethral Freedom(骨のバグと尿道の解放)
中学校では勉強など一度もしなかったが、家から最も近い新設公立高校に滑り込んだ。本当は初恋の彼女がいる私立へ行きたかったが、我が家の経済状況は、教育費のすべてを優秀な兄(常に学級委員長、深夜まで猛勉強)へ全振りしていた。
実は、この新設高校の敷地には、かつて父が働いていた紡績工場があった。父は倒産によって職を失っている。その「失職の地」へ息子がのうのうと通うのだから、父の心中は複雑だっただろう。土下座して入学を許してもらった当時の自分に言いたい。「せめて勉強しろ」と。
高校でもテニス部に入った。練習で大きな怪我はなかったが、ある日、左足の薬指に地味な痛みが走った。近所の整形外科でレントゲンを撮ると、医師が半笑いで言った。
「君、関節が一つ多いね」
「関節じゃなくて骨折だろ!」
「そうそう、折れてるね」自分の持ちネタかしらないが、笑いを堪えながら骨折を告げる医師。
適当な診断でギプスを巻かれたが、心当たりは柔道の授業しかなかった。重量級の相手に踏まれたアレだ。
「授業中の怪我の手続きが面倒なんだよ」とぼやく教師に、「なんとかなるので大丈夫です」と返してしまう自分の人の良さが恨めしい。
骨折は「地味に痛い」が、男子高校生にとっては「ギプス」は英雄の証だ。
「スゲー!」
「さすが桜!」
アホな友人たちの称賛を浴び、私は骨折したまま体育祭で披露する組体操の練習に励むという「究極のアホ」を演じた。
体育祭当日。せっかく練習したにもかかわらず、下痢でトイレにこもって実演をサボってしまった。トイレから戻り、組体操の相方が1人グランドで途方に暮れている姿を遠巻きに眺めていた。
演技終了後、悠然と現れた私に相方が吠えた。
「桜! お前どこへ行ったんだ! 俺1人で立ち……」相方は半泣きで声を詰まらせた。
「ああ、知っている。観ていたからな。 ハハハッ!」
「笑い事じゃねえ!」
私は申し訳なさよりも、笑いが止まらなかった。彼がひとりで演技前半まで必死にエアギターならぬ、エア組体操をしていたのがあまりにも可笑しかったからだ。
アホな伝説は続く。修学旅行代わりのスキー合宿の夜だ。
深夜の外出禁止、トイレすら行けないという軟禁状態。睡魔と闘う私を襲ったのは、猛烈な尿意だった。
我慢が限界に達した私は、やおら窓を開け、2階にある部屋の窓枠を掴んで身を乗り出し、夜空へ向かって放尿した。
「桜、お前スゲーな!」
それを見た友人が二人加わり、三人の放尿犯が並んだ。だが、階下は教師の部屋だった。
「誰だ!!」
ドアを蹴破って現れた体育教師。部屋の全員が廊下で正座させられ、説教された。私は、説教の最中に寝落ちするという荒業を披露した。翌朝、友人に運ばれて布団にいた私は、またしても「武勇伝」を更新してしまった。
英語だけは趣味のように得意だった。
「帝王切開(C-sect)なんて単語、テストに出るかよ!」と笑う友人を尻目に、私はラジオ英会話で牙を研いでいた。
ついに実力を試す日が来た。兄がハーバード大学の学生2人を連れてきたのだ。 1人の名前は「……三世(The Third)」。世界史の教科書から飛び出してきたような名前と金髪の巨人を前に、私は無謀にも挑んだ。
だが、本場のネイティブ英語は、私の耳を素通りしていった。 「……Yes.」 適当に答えた私に、彼らは呆れ顔で「Nooo」と返した。兄から「英語を何年勉強してるのか聞かれたんだぞ」と教えられ、私は赤面した。結局、「私は英語が苦手です」と白旗を上げるしかなかった。
翌日学校で、我が家にハーバードの学生がホームステイしていることを英語が得意な友人、加藤に話した。彼とは、英語を勉強するために短波ラジオを一緒に買いに行った仲だ。
「会わしてくれ」机を揺らしながら興奮気味に懇願する加藤。
「構わんが、恥をかいても知らんぞ」
「Go for a broke だよ」
早速、その晩彼を「金髪ザ・サード」に引き合わせた。
何と言うことだ。会話が成立している。彼は晩飯をついでに食べ、さらには留学生と我が家の家族写真にも映り込んだ。
英語に自信をつけた彼は、後に東京外国語大学へ入学し、主席で卒業した。今も実家には額縁に入った写真が飾ってある。彼からは最近手紙の一つも送ってこない。彼の運命の歯車を回す手助けをしてやったのに全く薄情なヤツだ。
実家に帰省する度にヤツの顔を見るので私は笑いを堪えながら思い出さざるを得ない。アフロヘアーのヤツを。ヤツが人生の最大の過ちと公言していた美容院で誤発注したアフロヘアー。まさか我が実家に青春の恥部がいつまでもさらされているとは思いもしまい。
高校生と言えば恋愛話は避けて通れない。クラス内でも、誰と誰が付き合っているとか、おせっかいにも、私を女子とくっつけようとの企みがあったり、いろいろとあった。ありすぎたが・・・・・・。
私は、恋愛に関しては、心に空いた穴を埋める術を持たなかった。下駄箱に届く手紙を、読みもせず他の箱へ放り込むような無味乾燥な日々。
どれだけ周囲が浮足立とうとも、私の心の中には常に一人の少女がいた――「七海」。
恋とは「落ちる」ものであり、一度落ちれば二度と這い上がれない奈落なのだと、私は知ることとなった。この執着は呪いなのか、それとも、これほどまでの想いを知ったことは幸運だったのか。
……確か、ツルゲーネフの『初恋』は、主人公ウラジミールが初恋をひきずったまま、40歳独身で当時を回想する物語だった。
私もこの先同じ轍を踏むのかどうかは、知らんけど。




