第8話『膝枕』
「――ん、ぁ……」
「あ……リウスっ! 大丈夫!?」
秋斗が目を覚ますと、視界には青空とユキの顔が映っていた。
今にも溢れ出しそうなほど両の瞳に涙を溜め込んでいた彼女は、秋斗の意識が戻ったことを確認するや否や、何処か安心したような泣き笑いの表情を浮かべた。溢れ出した涙が、頬に一筋の線を引く。
「ああ……大丈、夫。俺、どれくらい寝てた……?」
問いながら秋斗は周囲を見回す。
場所は意識を失う前にいた森から変わっていないようで、瞳に映る青空からは然程時間の経過は読み取れない。
意識を失った後どうなったのかは分からないが、仰向けに寝かされていることを感覚的に理解し、それと同時に、ただ寝かされているにしては頭の位置が高いことに気づく。頭の下に枕のような、暖かく、そして弾力のある柔らかな何かがある。
「多分、時間で言えば五分も経ってないと思う」
自分を見下ろしながらそう答えるユキの顔を見て、秋斗は今の状況をようやく理解した。
膝枕だ。俺は今、ユキに膝枕をされている。
何ともまぁ男としては嬉しいシチュエーションだが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。
若干の名残惜しさを振り払い、秋斗は上半身を起こした。
「ぁ、まだ寝てた方がいいよ」
「いや、本当に、大丈夫。ありがとう」
「大丈夫って、突然倒れたんだよ? 大丈夫なわけないよ」
ユキは秋斗の両肩を掴むと、半ば強引に再び膝の上に寝かせた。
正直に言えば、秋斗としても“大丈夫”ではなかった。
未だに頭には鈍痛が響いているし、視界は目が回ったかのように揺らいでいる。身体もどこか怠さを感じていた。
だからこそ、秋斗はユキの少々強引な行為に抵抗せず、今しばらくの間、彼女に身を任せることにした。
そのままの状態で先程の状況を振り返る。
スキル発動とほぼ同時に、五感と意識が切り離され、よく分からないまま気が付けば眠りに落ちていた。
何が起こったのかをよりはっきりさせるため、秋斗は自分の内側へ意識を向ける。
アポカリプスにおいてスキルは、発動しているかしていないかの零か百かしかなかったが、この世界では効果範囲などの細かな部分にも融通が利くようになっているのかもしれない。
結論から言うと、その予想は当たっていた。
スキル【空間把握】は、アポカリプスでは単にエリア全域をマップに表示するだけのものだったが、この世界では自分を中心とした半球の内部にある空間を知覚する能力に変化していた。
今回はどうも効果範囲を最大にしていたらしい。
その距離、半径10km。おそらくこれが、このスキルの最大効果範囲。
その内部にあるあらゆる物体を知覚してしまった。テレビや写真、肉眼で何かを見るのとはわけが違う。このスキルは範囲内の空間を知覚「出来る」のではなく、強制的に知覚「してしまう」のだ。
ゲームであれば得られる情報が多いことにデメリットはないが、現実では情報を得るどころか、頭痛を引き起こし、身体と意識が乖離するような恐怖を感じさせ、あまつさえ意識まで失う始末。
とてもじゃないが使えるものではない。
次に発動するときには効果範囲を最小にして発動し、安全に使える最大範囲まで徐々に広げていくことにしよう。
【空間把握】のみに限って言えば、調整出来るのは効果範囲だけのようだった。
とは言っても、半球の効果範囲を三角錐や長方形など様々な形に変えることは出来ない。あくまで調整可能なのは球体の半径だけだった。
「……それで、何があったの……?」
未だに心配そうな顔で覗き込んでくるユキに、秋斗は気絶してしまった原因――現状確定は出来ないが――を話すことにした。
「――スキルの効果が、ね」
話を聞き終えたユキがひとりでに呟く。
「自由度が上がってるって言い方の方が正しいかもしれないけどな。とにかく、ユキも初めて使うスキルには気をつけてくれ」
「うん。リウスこそ、二度目がないように気をつけてね? 本当に心配したんだから」
「……悪かった」
そんな会話を交わしながら、ユキは秋斗が動けるようになるまで膝枕を続けた。
枯れた木々の間を風が吹き抜ける。
寒くはないが冷たい風にユキは一度体を震わせると、太ももの上に乗る顔を見つめ、自分が一人ではないことに心の底から安堵した。




