第6話『出会い』
彼女――ユキと知り合ったのは、今から七年前。秋斗がゲームを始めてから三年が経った頃だった。
◇◇◇◇◇
「よし、今日はこれくらいにするか」
当時の秋斗は魔人種のユニーク職に就く為、ゲーム内でも最高の経験値効率を誇るエリアに訪れていた。
アポカリプスには職業と呼ばれるものが大きく分けて五つあり、種族は全部で三つあった。
ゲーム開始時に就いている『最下級職』。
俗に一般職と呼ばれていた『下級職』『上級職』『最上級職』。
各種族に一つずつ用意されている『ユニーク職』。
種族は『人類種』『獣人種』『魔人種』の三種類の為、当然ユニーク職も三つである。
職業ごとに特定のステータスへの補正値が決められており、上級職になるほど補正値が高く設定されている。
また、ユニーク職は全てのステータスに大幅な補正が入るため、比べてしまえば最上級職さえ劣っていると言えるほどだった。
種族はステータスの上昇率に関係し、獣人種が最もステータスが低く、魔人種が最もステータスが高い。
これだけ聞くと、魔人種に人気が集中しそうに思えてしまうが、実際のところはそうではなかった。
理由は、育成に掛かる時間の長さだろう。
魔人種は他の二種族に比べて素のステータスが高く設定されている。職業にもよるが、最大レベルまで育てた獣人種と魔人種のステータスは倍近く開く。
しかし、そこまで育て切るために必要な経験値は倍ではきかない。これも職業によるが、少なく見積もっても三倍といったところだ。
アポカリプスがもし、オフラインのRPGだったのなら、良かったのかも知れない。だがこのゲームは『大規模多人数同時参加型オンラインRPG』――MMORPGだ。
通常のプレイヤーより倍高いステータスを持つプレイヤーが一人いるより、同程度のステータスを持つプレイヤーが二人いた方が、総合的な戦力の増強になり、楽で時間も掛からず、何より、MMORPGを遊んでいるプレイヤーのニーズに合っていた。
多人数プレイが推奨されているこのゲームにおいて、ソロプレイ特化のような性能の魔人種は、必要とされていなかったのだ。
勿論、一部のトップランカーと呼ばれるプレイヤーには好んで使われていたのだが、全体から見ればそんなプレイヤーは余りにも少なく、絶滅危惧種のようなもので。
秋斗は偶々、そんなトップランカーと呼ばれる類のプレイヤーだった訳だ。尤も、本人にそんなつもりは一切無く、トップランカーと呼ばれるようになったのは、ただ純粋に遊んでいた結果でしかないのだが。
◇◇◇◇◇
ただでさえ育成が大変な魔人種だが、秋斗は攻略サイトなどを見ないタイプの人間であったが故にそんなことには一切気が付かず、自力で探し当てた最高率経験値エリアでせっせとレベル上げに勤しんでいた。
経験値の取得量が増加するアイテムの効果も切れ、そろそろゲームを終えようかと思っていた時だった。
ふとエリアチャットに目を向けると、一人のプレイヤーが救援要請を出していた。
救援要請とはその名の通り、自分だけでは討伐が難しいモンスターと遭遇した場合や、戦闘不能に陥った際、同じエリアにいるプレイヤーに救援を求めることが出来るシステムだ。とは言っても、確実に誰かが助けてくれる保証はないので、気休め程度の機能だったが。
レベル上げの最中であればスルーしていたかも知れない。
だが今はもう街に戻ってゲームを終えるだけ。最後に一戦ぐらいしていっても大した手間にはならないだろう。
「さて、間に合うかな」
秋斗は謎の正義感を胸に、救援要請のあった場所へと向かった。
◇◇◇◇◇
「良かった……一人じゃなくて……」
ほっと胸を撫で下ろす女性を見つめながら、まだ何処か現実味が感じられなかった秋斗は、同じ質問を繰り返す。
「本当に、ユキなのか?」
「うん。……久しぶり、リウス」
恐らく、アポカリプスで一番付き合いの長いプレイヤーはユキだっただろう。
四人しかいなかったチームメンバーの内の一人。そして唯一の女性メンバーでもあった。尤も、性別に関しては自己申告だったので正しい保証はどこにも無かったのだが。
しかし、今の秋斗の状況を鑑みるに、ユキが女性だというのは本当だったらしい。
「……俺も安心したよ。一人じゃなくて」
本当、“赤の他人”じゃなくて、良かった。
「えっと……ユキはいつからここに?」
「目が覚めたのはついさっきだよ。時計が無いから分からないけど、多分三十分ぐらい前かな?」
「じゃあ、俺より少し先に目が覚めたんだな」
と、そこで思い出す。
アポカリプスではメニューで時刻と日付の確認が出来た。もしこの世界でもその機能が生きているのなら。
メニューを開くと、ゲームで時刻が表示されていた位置と同じ位置に【8/2 12:37】と表示されていた。どうやらまだ昼過ぎらしい。
アポカリプスのサービス終了日時は八月一日午前零時。
向こうの世界とこちらの世界。時間の流れが同じかは不明だが、もし仮に同じなのだとすれば、今日はサービス終了日の翌日と考えられなくもない。まあ、そうだとして何なのだと言われてしまえば、それまでなのだが。
秋斗がメニューを操作してそんなことを考えていると、ユキが不思議そうに顔を覗き込んだ。
「何、してるの?」
「ん、ああ、メニュー画面で時間の確認が出来ないかと思って」
「メニュー画面って……あのメニュー画面? ここでも使えるの?」
「今開いてるんだけど、見えないか?」
「うん、何も……」
首を傾げて目を凝らす仕草が可愛らしい。わざとなのか無意識なのか、頭部にある狼のような耳もピクピクと動いている。
「ねぇ、それどうやるの?」
「それは――」
秋斗は自らがメニューなどの使い方を理解した状況を思い出し、ユキにそれを伝える。
方法を知りそれを試したユキが一瞬ふらつく。あの脳内を探られるような感覚を受けたのだろう。目眩がするのも無理はない。
数秒後、ユキは半信半疑といった様子で「メニュー」と口にした。
「あ、出来た!」
とは言うものの、秋斗からはメニュー画面は見えない。やはり他人のメニュー画面を見ることは出来ないらしい。
「やっぱりリウスからは見えない?」
「ああ、何も――」
言いかけた時、突然秋斗の目の目に半透明の青いパネルのようなものが表示される。
「――っ」
「ど、どうしたの?」
「いや、突然目の前にメニュー画面が出てきたから……」
「もしかして、今見えてる?」
「見えてるというか、現れたというか……。どうやったんだ?」
「特には何も……。強いて言えば、“見せようと思った”ぐらいかな?」
「……なるほど」
秋斗がユキのメニュー画面に手を伸ばすが、ホログラムのように触れることが出来ず、その手は空を切る。
本人にしか触ることは出来ないらしい。
「俺もやってみる。メニュー画面が見えるか確認してくれないか?」
「うん、分かった」
案外人間というものは適応力が高いもので、秋斗は既にメニュー画面を開くなどという珍妙な行為を違和感もなくこなせるようになっていた。
目の前に半透明の青い長方形を出現させると、秋斗はそれを、ユキに“見せよう”と試みた。
「あっ」
「見えるか?」
「うん――でも、やっぱり人のものには触れないみたいだね」
先程の秋斗と同様にユキの手が空を切る。
見せるのも消すのも自由。ただ触れない。
何に使えるかも分からないが、取り敢えず脳内のメモ帳にそう記した秋斗は、もう一度メニューで日付と時刻を確認する。
時刻は未だ昼過ぎ。しかし、肌で感じる外気は八月のそれではなく、肌寒さすら覚えるものだった。
この世界――というよりここ一帯の地域に四季があるのかは不明だが、あるとしても今が夏ではないことは明白だ。このまま日が暮れて野宿をしなければならない、なんて状況は避けた方が良さそうだ。
「ユキ、話したいことはあるけど、取り敢えず今は森を抜けよう」
「そうだね……またさっきみたいな怪物に襲われるのも嫌だし……」
振り返り、影が消えた位置を見つめる。
あの影は消えた。しかし、それが倒した証拠になるのだろうか。残骸もなければ、客観的な説得力を持つ地形の変化もない。
まだあの化け物は生きていて、今も何処かでこちらを覗き見ている可能性がないと、言い切れるのだろうか。
「……大丈夫。少なくとも、今は」
秋斗は一抹の不安をかき消すように頭を振ると、ユキと共に、森を出るべく歩き出した。