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君の為なら神さえも。  作者: 塩砂糖
第1章『異世界転移編』
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第52話『出発』

 騒動の大きさに対し、事態はあっけなく収束した。

 もちろん被害が無かったわけではない。

 魔物が侵攻してきた南門付近では建物の損壊など被害も大きかった。しかし魔物の侵攻とは本来、町一つが消える可能性さえあるものだ。今回被害にあったのは町の四分の一にも満たない範囲。

 魔物の脅威を皆理解しているからこそ、その結果に不満を唱える者はいなかった。

 被害は小さく、事態の収束までにかかった時間も短かったが、だからこそ、その結果をもたらした者への注目は大きくなった。

 たった一日で、リウスはこの町の有名人となっていた。

 リウスの容姿は、特別目立つようなものでもない。見た目の珍しさで言えば、この環境では特異な純日本人といった顔立ちのユキのほうが上だろう。

 しかし、多くの人間にとって脅威となる魔物を、ほとんど一人で蹂躙していったリウスの姿は、人々の記憶に強く焼き付いた。

 インターネットが普及していたかつての世界より、情報伝達の速度、手段ともに劣るはずのこの世界だが、魔物襲撃から一日が経過する頃にはリウスの名は町中に知れ渡っていた。


 何気なく町を歩くだけで声を掛けられ、顔も名前も知らない人から感謝をされる。それ自体悪い気はしないが、特別良い気もしない。そして度が過ぎれば鬱陶しくもなってくる。

 仮にリウスが自らの意思で、この町を守るために行動したとするならば、そうした感謝の言葉を受け取るまでが自分の役目だと納得もしただろう。

 しかし、リウスはそうではない。

 魔物を討伐したのはギルドから命令されたからであり、結果として町を救うことになったに過ぎない。

 だというのに、すれ違う人々から次々と「あなたは命の恩人」だの「この町を救った英雄」だのと言われても、嬉しさよりも申し訳なさを感じてしまう。

 その言葉は、ただそうする必要があったから、という理由だけで行動していたリウスより、力不足だと理解しながら命懸けで戦った、人々の記憶に残らない彼らのほうが相応しい。

 だが、それを態々伝えるようなことはしない。

 そうする意味も理由もなく、また、感謝に煩わされるのも、どうせあと数日のことなのだから。



 ◇◇◇◇◇



「この町を出る?」


「そう。そろそろ本来の目的に向かってもいい頃かと思ってさ」


 目的。数日前リウスとユキが話し合い――と呼べるかは疑問ではあるが――決定したものは、『この世界で住む家を探す』というものだった。

 当初は出費の中でも大きな割合を占める宿代をいつまでも払い続けるのはどうなのか、という所から始まった話だったが、特等級冒険者となった今ではその問題は解決したといっていい。

 しかしそれは家がなくてもいい理由にはならない。

 ユキにとっての『安心できる場所』を作るため、家探しはリウスにとっても無視できない目的となっていた。


 元々この町にはそれほど長く留まるつもりはなかった。この世界についての知識をある程度蓄え、暮らしていくための手段や方法が分かればそれで良かった。

 そういう意味では、冒険者という仕事を見つけた時点で目的はほぼ達成。特等級冒険者の地位や大精霊討伐の報酬まで手に入ったのは幸運としか言えない。

 生活の目途が立った今、この町に留まり続ける理由は無い。


「この町を出るとして、向かう先はどうするの?」


「この町から北に行ったところに、この国の王都があるらしいから、とりあえずはそこを目指そうと思ってる」


「……そっか」


「嫌だったか?」


「え? ううん、そうじゃなくて。ちょっと寂しいなって思っただけ。ミュエさんにも挨拶しなきゃね」


「そうだな」


 短い間ではあったが、ミュエには色々と助けられた。

 いいように使われた部分もあったような気がするが、リウスたちを異世界人だと知りながら力を貸してくれる存在は大きかった。感謝ぐらい伝えておかないと罰が当たるというものだろう。



 ◇◇◇◇◇



 魔物襲撃の原因は、あの森、リウスとユキが目覚めた森、焼け落ちた森、大精霊が現れた森にあるらしかった。らしかったというのは、あくまでこれは状況から見た推測であり、確証のあるものではないからだ。もっとも、そんなことを言ってしまえば、この世に確証のある絶対不変のものなど、一体どれだけあるのかという話になってしまうが。

 そもそも魔物というものは、生物が許容量を超えた魔力を体内に取り込み狂暴化している状態をそう呼ぶのだそうだ。状態とは言うものの、一度魔物化してしまった生物は二度と元には戻らない。一度魔物になってしまえば、死ぬまでそのまま、いや、死んだとしても魔物であったことは変わらない。

 ではその生物の魔物化とあの森にどう関係があるのか。それを説明するにはまず、あの森に出現した大精霊についての説明が必要になる。

 神だの悪魔だの天災だのと様々な呼ばれ方をしているが、少なくとも冒険者ギルド内ではそれは大精霊と呼ばれている。存在理由や出現理由は一切不明。出現状況から分かっていることはいくつかあるが、今重要なのは、大精霊は討伐されるとその場に大量の魔力をまき散らす、ということだ。

 つまりあの森は、リウスが大精霊を殺したあの森は、高濃度の魔力が存在する危険地帯になっているということだ。人間や獣人、魔族などは種族的に魔力の許容量が多いようで、高濃度の魔力が存在する空間とはいえ即座に魔物化してしまうようなことはない。しかし、今回町を襲ったゴブリンや小動物はそうではない。種族的に魔力への耐性が低い彼らには、大精霊が残した魔力はあまりにも濃密過ぎた。


 しかしそうなると疑問として出てくるのは、ゴブリンたちはどうしてそんな場所にいたのか、ということだ。

 少なくともリウスとユキがあの森で目覚めた時、辺り一帯は完全に完璧に完膚なきまでに焼き尽くされていて、雑草の一本さえも生きているものはなかった。なのになぜゴブリンたちはそんな何もない森に訪れてしまったのか。それにもまた、大精霊の討伐と同じように、リウスとユキが関係していた。いや、これはもはや、リウスとユキの所為と言ってもいい。

 本来ゴブリンは焼き払われた森を生息地としていた。しかしその森が到底生活できる環境ではなくなってしまったが故に、この町の近くの森までゴブリンたちは住処を移した。

 そして、リウスとユキがそこに現れた。

 もちろんそれはゴブリンを殺すためなどでは全くなく、薬草採取の依頼をこなす為だったのだが。そして何より、先に攻撃を仕掛けてきたのはゴブリンのほうだったのだが、そんなことは今は関係ない。重要なのは、結果としてリウスはそこでゴブリンたちと戦闘になり、少なからずゴブリンを殺したという事実だった。

 ある日突然住処を焼かれたゴブリンたちは、自分たちの生活の為に住処を移した。しかしその引っ越し先でもまた、仲間が殺される事件――と表現すると被害者と加害者の立場が逆転するが、結果被害を被ったのはゴブリンだけなので、被害者というのもあながち間違いではない、のかもしれない――が起きた。ゴブリンは考えたはずだ。この場所も危険だと。

 そこから先、ゴブリンたちがどうするつもりだったのかは分からない。焼き払われた森に戻ったところでどうせ何もないのだから、おそらくは住処を移すための移動経路上に、たまたまその森があっただけなのだろう。ゴブリンたちはその森を抜けることなく、魔物化し、狂暴化し、統率が取れなくなった。その後町を襲った理由までは分からないが、きっと住処を移そうと考えた理由と大きくは変わらないだろう。

 即ち、生きるためだ。

 森で木の実や小動物を狩って生活するより、町を襲ったほうが食料は簡単に手に入る。しかしそれをしなかったのは、その時の彼らはまだ魔物化しておらず、正常で、正気だったからだ。魔物化していて、異常で、正気を失っていたからこそ町を襲うなんてことをしてしまい、殺された。

 もっとも、町にリウスがいなければその襲撃はある程度成功したと言ってもいい結果を残しただろうが、現実としてリウスはこの町にいたのだから、そんな仮定は何の意味もない。


 長々と説明したが端的に結論を述べるのならば、つまりは。

 リウスとユキがこの町に来なければ、町が魔物化したゴブリンに襲撃されることはなかった。

 意図的ではなかったとはいえ、何たるマッチポンプ。自分で町が襲われる原因を作っておきながら、襲ってきた魔物を撃退して町の英雄だのと呼ばれている。悪党でもこんな白々しいことはしないだろう。いやむしろ、悪事を働こうとしていない分タチが悪い。


「本当に、すみませんでした」


 だから今リウスとユキにできることと言えば、先日の襲撃に関する情報を丁寧に説明してくれたミュエに、ただ頭を下げることだけだった。感謝を伝えに来たはずなのに、まず口から出たのは謝罪の言葉だった。


「謝らないでください。こんなこと、誰の所為でもありませんよ」


 それは間違いなく正しいのだろうが、それでもこういう場合は謝罪すべきだろう。普通ならこうするべきだろうと考えて、リウスは頭を下げる。そんなことを考えている時点で本当に謝罪する気があるのか良く分からないところだが。


「それで、本日はどうされましたか?」


 リウスはまだ、本題のホの字もミュエに話していない。

 いきなり訪ねてきて、どうも今までありがとうございました、なんて別れを告げるのもどうかと思ったので、そういえば先日の魔物襲撃事件の原因とか分かりましたか? と軽い世間話のつもりで話題提供を行ったのだが、まさかこんなことになるとは、なっていたとは、思いもしなかった。


「実は、そろそろこの町を出発しようと思いまして」


 この話の流れではまるで、今の話を聞いたからこの町にいるのが気まずくなって出て行こうとしているようにも聞こえてしまうが、初めから本題はこれであり、ミュエもそんな勘違いはしなかった。


「そうなのですね。行先はどちらですか?」


「とりあえずは王都に向かおうかと。この世界の地理には詳しくありませんし、ここから距離が近く、大きな都市は王都だと聞いたので」


「そう、ですね。それが良いと思います。それに王都でしたら、何かあった際に私も力になれると思いますので」


「どういう意味ですか?」


「王都の冒険者ギルドには、妹がいるんです」



 ◇◇◇◇◇



 結局、ミュエにお礼を言えたのは王都へ向かう馬車の手続きを終えて、また更に世間話を挟んで、馬車の準備が終わるまでもう少しかかるのでいったん部屋に戻ります、と話が一段落したさらに後のことになってしまった。

 馬車は今冒険者ギルドが用意できる最高のものを用意してくれるらしい。特等級冒険者様様である。

 馬車の準備ができるまでの間、何か忘れ物が無いかのチェックも込みで、部屋で時間を潰していた。


「なんだか、ちょっとだけ寂しいね。この部屋で過ごしてたのはほんの数日のことなのに」


「そうだな」


 正直なところ、リウスにはそうした感慨のようなものはほとんどなかったのだが、ユキの気持ちも理解できない訳ではなかったので同意を示しておく。


「リウスはさ、怖くない?」


「怖いって?」


「突然、右も左も分からないような世界に来て、それでもこの町やこの部屋は、少しは安心できる場所になってた。必要なことだって分かってるけど、今ある安心を捨てるのは、私は少し怖い」


 安心できる場所を探すため、今ある安心を捨てる。

 矛盾しているようで矛盾していなくて、矛盾していないようで矛盾している。そうした割り切れなさもまた人として正しく、それが人らしさだろう。


「俺は、怖いとは思わない」


「……リウスは、強いね」


「強いわけじゃない。ただ、目を背けているだけだよ」


 嫌なことからは逃げて、怖いことは見ないようにする。そんな生き方をリウスは選んでしまった。もう困難に立ち向かうのは、疲れてしまった。

 でも、だからこそ。目の前の恐怖も苦痛も何もかも、全てを無視して守ると決めた。


「大丈夫。ユキのことは俺が守るよ」


 この世界に来る前、ただ死んでいないだけだった頃。

 客観的に見て悲惨としか言えない状態であったし、自分自身に無頓着なリウスと言えど、あの頃に進んで戻りたいとは思わない。

 とはいえ、行動理由がなければ碌に動けない人間未満であることも事実。であれば行動理由は、出来るだけシンプルなほうがいざという時迷わない。

 守る理由などその程度のものだし、その程度の理由で今のリウスには十分過ぎた。


 コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。


「行こうか」

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