第51話『行動の理由』
「直ぐに一階へ来ていただけますか?」
いつも冷静で、どこか達観しているようにも見えるミュエが、今は顔に焦りを浮かべていた。事情を説明する時間も惜しいといった様子だ。
以前であれば、自分達には関係ないと突っぱねることも出来たが、今はリウス、ユキ共に特等級冒険者である。ギルドが必要だと判断したのなら、それに従う他ない。
ギルドの一階では、大精霊討伐の時よりさらに慌ただしくギルド職員が動き回っており、何かが起こっているのは明白だった。
「住民の避難が最優先だ! 手が空いている冒険者は南門へ向かえ!」
人々の中心でギルド職員や冒険者に指示を飛ばすのは、ギルド長のアレイン。事情を聞きたいところだが、あの様子ではそんな暇はないだろう。
隣にいるミュエに事情説明を頼もうとリウスが口を開くより先に、ミュエは説明を始めていた。
「南門方面から魔物の大群がこの町に押し寄せて来ています。現在住民の避難と冒険者による魔物の討伐を行なっていますが、手が圧倒的に足りていません。お二人にも魔物の討伐に参加して頂きます」
それは依頼ではなく命令。
予想していた特等級冒険者の仕事とは大分異なるが、それが特等級冒険者としての務めだというのなら従うしかない。
リウスとユキが頷き、仕事内容を承諾した時だった。
「我々も魔物の討伐に参加させては貰えないだろうか」
振り返るとそこにいたのは、ギルドでの乱闘騒ぎの際リウスと共に戦ったニーグとセニアだった。
「この前ぶりね、二人とも」
「盗み聞きをするつもりはなかったんだが、おおよその状況は把握した。ぜひ参加させてほしい」
「断る理由などありません。よろしくお願い致します。ニーグ様、セニア様」
◇◇◇◇◇
魔物が侵攻する南門から離れようと非難する人々の流れに逆らって、リウスたちは南門を目指す。
既にこの町にいる冒険者のほとんどは防衛に参加しているようで、非難を促している冒険者の姿も見える。
何をするにしてもまずは状況を把握しなければ始まらない。リウスは近くにいた冒険者に声を掛けた。
「状況は?」
「ざっと確認できるだけでも魔物の数は200以上。今のところはまだ南門が持ちこたえてくれてるが、破られるのは時間の問題だ。ここは良いから門の防衛に――」
冒険者がそう言い終わる前に、体に響く衝撃が音と共にリウスたちのもとに届いた。
「リウス!」
「ああ、急ごう」
◇◇◇◇◇
そこは既に戦場だった。
押し寄せる魔物のほとんどは、ゴブリンや野犬などの小動物が魔物化したものであり、一体一体の脅威度は決して高くない。
しかし、戦いの基本は数であり、数的不利を覆すには相応の実力差が必要となる。
現在南門を守っている冒険者に、それだけの実力を持つ者はいなかった。
「くそっ! これ以上はもう無理だ!」
「待て! 今逃げたら町の人間はどうなる!」
「俺たちが死ぬまで戦っても死者数は結局同じだ!」
「それでも俺たちは戦うべきなんじゃないのか!」
前線の維持など当然出来ず、徐々に後退しながら目の前の魔物を殺すしかない。しかし、いくら殺しても終わりは見えず、ただ一つ確かなのは、このままでは自分たちも死ぬということだけ。
例えば彼らが軍人ならば、国や国民のためという大義の元、士気を維持することも出来たかもしれない。
例えば彼らが皆この町の出身なら、故郷を守りたいとの思いから心を奮い立たせることも出来たかもしれない。
しかし彼らは冒険者であり、皆がこの町に愛着があるわけではなく、誰もが「人々を救うため」などと高尚な理由で冒険者を目指したわけではない。
金や個々人の目的のため、中には冒険者以外に選択肢がなかったものもいるだろう。
そんな彼らにとってこの町は、自分の命を投げ出してまで守る価値のある町ではなかった。
「おい、あれ」
不意に一人の冒険者が呟いた。
視線の先にあるのは一軒の民家。二階建てのその家は既に魔物の群れの中にあり、今から向かうことは出来そうにない。
民家の二階。バルコニー部分には、逃げ遅れてしまったのか、一人の少女が不安そうに下を眺めていた。
そんな少女に気が付いたのか、近くにいた魔物が玄関の扉を叩き壊し始める。
「やめろ! お前らの相手は俺がしてやる!」
声は届いても、願いは聞き届けられなかった。
容易く破られた玄関から、魔物がなだれ込んでいく。それを止める術を持つ者は、ここにはいなかった。
「……っ! すまない……!」
その瞬間、戦場を風が駆け抜けた。
突如現れたそれは、壁を足場にして魔物の群れを飛び越えていき、誰も手が届かなかった民家のバルコニーへ、いとも容易く到達して見せた。
「もう、大丈夫だからね」
優しく少女に声を掛けるその女には、獣人の証である耳と尾が付いていた。
獣人の女は少女を抱きかかえると、軽やかな身のこなしで屋根の上へと昇り、再び魔物たちの群れを飛び越えて戻ってくる。
「あとはお願い。リウス」
「分かった。任せろ」
◇◇◇◇◇
逃げ遅れた少女の存在に最初に気が付いたのはリウスだった。
南門に向かう道中、スキル【気配察知】を使い、魔物の数に対して守りが薄い場所へ出会った冒険者を向かわせていた。
だからこそ、魔物の中に一人だけ取り残される少女の存在に、目視する前からリウスは気付いていた。
気付いた上で、放置した。
リウスが請け負ったのはあくまで魔物の討伐であり、住民の保護ではない。
冒険者に魔物の位置を教えたのも、効率よく魔物を狩るためであり、それが結果として住民を助けることに繋がっただけ。仮にこの町の住人が全て死んでいたとしても、リウスは同じように冒険者に指示を出しただろう。
別に、人助けをしたくないわけじゃない。
目の前で殺されそうになっている誰かがいたなら、その命を救うために行動の一つでも起こすだろう。
しかし今は、少女は目の前にはいない。
魔物を倒した結果、少女が助かるのならそれでよし。
間に合わず死んでしまうのなら、またそれでもよし。
ただそれだけの話だ。
「私、助けに行ってくる」
だから、その言葉を聞いた時、羨ましいと思った。
人として正しくあろうとし、正しいであろう行動を取れるユキのことが。
「俺が行こうか?」
「ううん。リウスは魔物のほうをお願い。そっちは私には出来ないことだから。私も……役に立ちたいの」
ユキが望んでくれたなら、リウスは少女を助けるために全力を尽くしただろう。
何もなかったリウスの中に、突然現れたユキという存在。
成り行きではあるが、現状リウスにとってユキの望みは、あるゆる物事より優先されるものだ。
きっと、ユキはそんなこと望んでいないのだろうけれど。
ユキは軽くその場で何度かジャンプし、体の感覚を再確認する。
そしてほとんど助走なく最高速度に到達すると、建物の壁を足場にして一瞬の内に少女の元へとたどり着いた。
ゲームでの獣人種は、防御力を犠牲に攻撃力と敏捷力が高い種族だった。
ユキのキャラメイクも当然それに沿ったものとなっており、ユキは特に敏捷力に特化したステータス構成となっている。
現在はレベルの関係でリウスのほうが僅かに敏捷力が高いが、同じ200レベルであれば、ステータスが高いことが売りの魔人種を優に超す敏捷力である。
数十メートル程度の距離、ユキにとっては存在しないに等しい。
子供を抱きかかえているからか、行きよりは速度を落としてユキは帰ってきた。
「あとはお願い。リウス」
少女を抱える手は、微かに震えていた。
「分かった。任せろ」
取り回しのしやすさを考慮して、ゲームではメインで使っていた大剣ではなく、片手で扱いやすい直剣をアイテムボックスから取り出す。
「俺が切り込むので、ニーグさんとセニアさんは取りこぼしをお願いします」
「了解した」
「気を付けてね。リウス君」
リウスたちが町から完全に魔物を駆逐したのは、それからおよそ15分後のことだった。




