第45話『好きなこと』
部屋に戻ったリウスとユキはそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
リウスが行っているのは、所持品とスキルの確認だ。
この世界はアポカリプスと同じ部分が多いものの、完全にゲームと同一というわけでもない。
【空間把握】や【外見偽装】のように、微妙に効果が変わっているスキルは他にもあるかもしれない。
ゲームから変更された効果を知らず、被害を被るのが自分だけならまだいい。けれど、ユキとともに行動する以上、自分の勘違いに彼女を巻き込んでしまう可能性もある。それだけは、避けておきたかった。
この世界は、日本よりも遥かに死が身近だ。
自分のせいで誰かが死ぬのは、ちょっともう勘弁願いたい。
スキルの確認が終わり、魔法の確認が終わり、所持品の確認は量が膨大過ぎて終わる気がしないなと思い始めた頃。
リウスと同じようにメニューを開いて何かを見ていたユキが、おもむろに立ち上がった。
「ねぇ、散歩しに行かない?」
「良いけど、どうして?」
「ただただ部屋で過ごしてるのが、なんだか落ち着かなくて。かといって依頼を受けるのも、ね……」
その先は言われなくても理解できた。
昨日の依頼の際、ゴブリンに襲われ、それをリウスが退けたこと。
あれがこの世界の普通だということはユキも理解しているし、慣れていかなければならないことも分かっている。
ただそれでも、もう少し時間は欲しかった。
まだ、そこまで割り切れない。リウスのようにはなれない。
散歩という行為も、この世界について様々な面から知ることが出来れば、自分の中の常識にも変化があるのではないかと期待してのことだった。
「それじゃ、早速行くか」
「あれ、リウスも何かしてたんじゃないの?」
「もう終わってるようなものだし、今はユキのほうが優先だ」
「……そっか」
二人は手早く支度をすると、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇
二人が下りてきたときには既に、ギルドの一階は異様な雰囲気に包まれていた。
完全武装の冒険者が30名以上集まっており、誰もが真剣な眼差しで何かを待っている。
おそらくは、大精霊の討伐のために集まった冒険者たちなのだろう。
誰かが特別大きな声で話している訳ではないが、人が多く集まったことによる騒めきのようなものはあった。
それが不意に、シンと静まり返る。
原因はすぐに分かった。
受付の奥の扉から現れた一人の男性。
鍛え上げられた筋肉に日に焼けた肌。年齢は50代ぐらいだろうか。髪は白く染まっているが、しかし年齢による衰えのようなものは感じられない。
男性は集まった冒険者たちの前に立つと、一人一人の顔を確認するように場を見回し、それから話し始めた。
「まずはよく集まってくれた。この冒険者ギルドのギルド長を務めている、アレイン・リンダースだ」
「へぇ」
「そうなんだ」
お互いにしか聞こえない声で呟き合うリウスとユキ。しかし、この場にいる他の冒険者にとって、アレインと名乗る男性がギルド長であることは周知の事実だったようで、二人と同じような反応をしている者は誰もいなかった。
「大精霊の討伐は本来、特等級冒険者が動くべき案件だが、現状動ける特等級冒険者がいない以上、君たちに頼るしかない。
大精霊についてはまだまだ分かっていることが少ない上に、今回はこれまでの大精霊とは様子が異なり、行動に不可解な点が数多くある。特殊な事例に特殊な状況が重なってしまった訳だ。
冒険者ギルドとしても、君たちの身の安全は保障できない。
もしここで、討伐作戦参加に躊躇いが生まれた者は、辞退してくれて構わない。今回、依頼破棄による罰則は発生しない」
そう問われても、どうやら辞退する冒険者はいないようだった。
「今回の作戦は冒険者ギルドが指揮を執る。基本的には従ってもらうことになるが、緊急時は君たちの判断で、最善だと思う行動をしてくれて構わない。生きるために逃げ出すも良し。最後までギルドの指揮に従うも良しだ」
ギルド長は改めて冒険者たちを見回す。
「――では、準備の出来たものは各自南門に集合するように。10分後には出発する」
その言葉を合図に、冒険者たちはぞろぞろとギルドを出て行く。
ギルド長は冒険者たちを見送ると、小さく、その場でため息を吐いた。
「……俺達も行くか」
「うん……そうだね」
正直言って、あまり散歩という気分でもなくなってしまったのだが、部屋に戻ったところですることは何もない。
冒険者たちに続いて、リウスとユキもギルドを出ることにした。
◇◇◇◇◇
ミュエの言葉を借りるわけではないが、この町に観光名所のような場所はない。
特別目的地を定めることもなく、ただ歩くために歩く。
「天気も良くてあったかいし、散歩日和って感じだね」
「そうだな」
冒険者ギルドの殺伐とした空気で重くなった気分も、こうして歩いて陽の光を浴びると自然に明るくなってくる。
「この世界も夏なのかな?」
「どうだろう、体感気温的には春って感じだけど」
日本人であるリウスとユキにとって8月は、気温が高く蒸し蒸しとしている夏真っ只中、といったイメージだ。
しかしこの辺りの地域の8月は、日本ほど暑苦しくはなかった。風が吹いても寒く感じない程度には暖かく、歩いているだけで汗をかくほど暑くはない。周囲を歩く人々の服装を見ても、リウスとユキの感覚が大きくずれているということもなさそうだ。
「ね、手繋ごうよ」
「え?」
唐突にそんなことを言いだしたユキは、しかしリウスの返事を聞くことなく右手を握る。
「……もはや俺の意思を確認しないんだな」
「だって、ダメって言わないでしょ?」
「言わないけど、コミュニケーションってそういうところが重要なんじゃないか?」
「じゃあ――ねぇリウス、手繋いでていい?」
「……どうぞ」
「ありがとっ。あ! 私あのお店見に行きたい!」
「はいはいどうぞ」
こうした雑な受け答えも、ある意味信頼された結果なのだと思えば悪くはない。
意思のないぬいぐるみは、手を引かれて連れまわされるぐらいが丁度いい。
◇◇◇◇◇
ユキが興味を示した店は金物屋だった。
武器としての刃物ではなく、料理に使うための刃物を始めとして、食器や調理器具など、様々な金属製の商品が置いてある店だった。
日本であればキャンプ用品として売られていそうな調理器具も、この世界ではとても身近なものだ。
ユキが興味をひかれたのは調理器具のようだった。
「ユキって料理するのか?」
「うん。これでも仕込まれてるからね。大抵の物は作れるよ。手料理、食べたい?」
「え? あー、うん、そうだな」
「いらないって言うのも失礼だからとりあえず頷いてる感じだね。私もだんだんリウスのことが分かってきたよ」
「…………」
ここで即座に否定の言葉の一つでも出てくれば良いのだが、そんなことが出来るほどリウスのコミュニケーション能力は高くなかった。
「いいよ。私が勝手に作って食べさせるから。リウスなら料理を出されれば食べるでしょ?」
「まぁ、な」
「なんだか私もリウスに美味しいって言わせたくなってきたし、買っちゃおうかな」
そう言ってユキは調理機材を一通り見繕っていく。
リウスにはどれも一緒に見えるのだが、ユキは鍋や包丁などをいくつも見比べて選んでいく。その姿は、おもちゃを目の前にした子供の様だった。
「好きなんだな、料理」
何気なく呟かれたリウスの言葉を聞いて、ユキは動きを止める。
「……最初は、無理矢理だったんだけどね。でも、続けてるうちに好きになっちゃった。……ううん。好きにならなきゃ、やってられなかったのかな」
ユキの顔に表情が戻ったのは、それから直ぐのことだった。
「――うん。こんな感じかな。じゃあ私、ちょっと買ってくるね」
「ああ。外で待ってるよ」
人生、楽しいことばかりではないし、つらいことばかりでもない。
好きだったものが嫌いになることも、嫌いだったものが好きになることもあるだろう。
ただ、それだけの話だ。




