第46話『ギルド内戦闘』
調理機材を購入した後も、リウスとユキの二人は街の散策を続けていた。
屋台形式の大衆食堂で遅めの昼食を取り、店を後にする頃には日が傾き、魔力灯の明かりがつき始める。
ゴブリンがいたり、当たり前の顔をして武具屋があったり、魔法などという謎技術が普通に受け入れられているファンタジーな世界だが、生活は意外と近代的だ。
日が沈めば街灯が付くし、きちんと衛兵がいるおかげで、隣人に殺される可能性を考えなくても良い程度には治安も良く、大通りだけとはいえ道も整備されている。
ガスや電気、水道が整備されているわけではないが、それらのものを代用する魔道具があり、下水道も一応存在しているようだ。
それらがこの世界だけで発展したものなのか、異世界の知識が持ち込まれた結果なのか。
どちらにせよ、転移してきた異世界人が自分達だけと思えるほど、リウスは楽観的ではなかった。
この世界において強力な力を持つリウスとユキだが、現状脅威となるのは同じく転移してきたプレイヤーだ。
もちろん自分達から積極的にプレイヤーと敵対するつもりはない。しかし、幸せは歩いて来なくても、災いは向こうから寄ってくる。いざというときに対処できるようにはしておくべきだろう。
「――中華鍋は万能なんだよ? 炒め物をするにも揚げ物をするにも使えるし、鉄製で丸い形だから熱の通りも早いの。何より使えば使うほど育ってくれるから愛着も湧くしね」
帰り際にたまたま見つけた調理器具――名称こそ違えど、形は完全に中華鍋だった――を買っただけで楽しそうに話をしてくれるユキ。
この笑顔を守りたいと思えている内は、その為の努力は惜しまないようにしよう。
他愛のない会話をしながら冒険者ギルドへと戻ってくる。
日が沈んでからは食堂が酒場になることもあり、ギルドの中はまだまだ賑やかだ。
しかしその中から、どう好意的に解釈しても楽しげには感じられない怒号が聞こえてきた。
「だから別に、俺たちだって報酬全額寄越せとは言ってねえだろうが。ただ、お前らのために命と金をかけてこの町に来てやったんだから、それに見合うだけの金を払えっつってんだよ!」
声を荒げているのは背中に大槌を背負った大柄な男だ。
横幅はユキが二人並んでも尚余裕があるほど大きく、背丈も180cm以上あるリウスより高い。
ギルド受付のカウンターをドンドンと叩き、あからさまなほど怒っているアピールをする。
連れと思われる男がほかに二人いるが、彼らはニヤニヤと笑うだけで、アピールは大柄な男に任せきりだ。
「ですから何度もお伝えしているように、討伐目標が存在しなかった以上、討伐報酬をお支払いすることは出来ません。
その代わり、参加していただいたことへの報酬はお支払いしたはずですが」
凛と透き通るような冷静な声。
大柄な男の対応をしているのはミュエだった。
「たった金貨1枚程度で報酬だと? ふざけんじゃねえ!!!」
今までよりも強くカウンターを拳が叩く。
木製のカウンターは、衝撃に耐え切れずヒビが入り始めている。
しかしそれほど怒りを露わにされても、ミュエの表情は揺るがない。
ミュエのその態度が大柄な男は気に食わないらしく、背負う武器に手が伸び始める。
周囲のテーブルで食事をしていた客は皆、それを見て距離を取り始める。とばっちりは御免だ。ということなのだろう。
「リウス……」
「……そうだな」
まさか冒険者ギルドの職員相手に武器を振るうことはないだろうが、このまま放置していても状況が良くなることはなさそうだ。
正直、リウス個人としてはこのまま何も見なかったことにして部屋に戻ってもいいのだが、ユキは納得しないだろうし、翌朝殺人事件があったと聞かされるのも気分がいいものではない。
そう考えてリウスが動き始めるより早く、大柄な男に声をかけた人物がいた。
「やめておけ。たとえお前が武器を向けたとしても、彼女は金を出さないだろうよ」
声の主はカウンターからほど近いテーブルで、仲間であろう女性と食事を取っていた。
銀色の鎧を身に纏うその男に、リウスは見覚えがあった。
以前自分たちのレベルがこの世界においてどれほどのものなのかを調べるため、街中を散策していた時。
その日見かけた人物の中で最もレベルが高かったのが、銀色の鎧を纏うその男だった。確か今日も、大精霊討伐の為に集まった冒険者の中に居たはずだ。
確認のために鎧の男に向けて【対象解析】を使用すると、以前見かけた時と変わらず、レベルの欄には121と表示されていた。
ついでにと、大柄な男に対してもリウスは【対象解析】を使う。レベルは109と表示されており、この世界においてはかなりの高レベルと言える。
「誰かと思えば、第一等級冒険者様じゃねえか。いいよなぁ、お前らは。大精霊討伐の報酬がなくたって、金になる依頼は山ほどあるもんなぁ?」
鎧の男は立ち上がると、フッとカウンターに目を向ける。報酬を受け取るためだろう。カウンターの上には大柄な男のギルドガードが置いてあった。
「ギルド職員を脅したりしてるから、実力はあっても第三等級止まりなんだろう。金を寄越せと騒ぐ前に、少しは頭を使ったらどうだ」
その言葉が余程頭に来たのか、大柄な男は背負っていた大槌を構える。どうやら頭を使っていないという指摘はその通りらしい。
鎧の男も置いてあった盾を手に取って構える。しかし腰に下げた剣を抜かないのは、冒険者ギルドのルールを気にしてのことだろう。
冒険者ギルドも組織である以上、冒険者が守るべきルールが存在する。
その中には、冒険者同士の戦闘に関するものもある。
基本的に冒険者同士の戦闘は禁止されているが、犯罪行為を働いた冒険者に対しての攻撃は禁止されていない。また、自衛目的の反撃も許可されている。
有り体に言えば、度を越した侮辱などがない限り、先に手を出したほうが悪いことになっているのだ。
鎧の男はそれを理解しているようだが、残念というべきか幸いというべきか、大柄な男はそれを理解してはいないようだった。
金属同士がぶつかり合う甲高い音がギルドに響き渡る。
大柄な男が両手で振るった大槌を、鎧の男は盾を使って片手で受け止めていた。
それでも尚、鎧の男は剣を抜かなかったが、彼の仲間はそこまで辛抱強くはなかったらしい。
鎧の男と同じテーブルで食事を取っていた女が弓を構えて引き絞る。大柄な男に向けられた矢は、しかし放たれることはなかった。
弓使いの女が横に転がりながら回避行動を取る。遅れて聞こえてくるダーツの矢がいくつも刺さったような音。
先ほどまで女がいた場所には、氷で作られた小さな槍のようなものがいくつも突き刺さっていた。
見れば、大柄な男の傍にいた男の内の一人が、杖を弓使いの女へ向けていた。
もう一人の取り巻きの男は、槍を持って大柄な男に加勢するようだ。
想像以上に戦闘が本格的になってきたからだろうか。
今まで離れた位置で見物していた野次馬たちは、我先にとギルドの外へ逃げ出していく。
正直リウスとしても、彼らとこのまま関わり合うことなくギルドの外へ出て行きたい気分だったが、きっとユキはそれを良しとしないだろう。
ふとギルドのカウンターへと目を向ければ、そこにはまだミュエの姿があった。そしてその後ろにはギルドの実働職員の姿も見える。おそらくは大柄な男とその連れを確保しようとしているのだろうが、実力に差があるため動けずにいるようだ。
大柄な男は第三等級冒険者とはいえ、実力は第一等級の鎧の男と正面から殴り合えるほどだ。実働職員のレベルを確認してみれば、ほとんどが50~70レベル程度。大半の冒険者よりは高いレベルだが、今の状況を収束させるには実力不足だ。
緊張感のかけらもなくそんなことを考えていたリウスだが、不意にミュエと目が合った。
「――――――」
ミュエは何かを言って、深く頭を下げる。
唇の動きから意味を読み取ることは出来なかった。
未だに戦闘は続いている。
実力で言えば鎧の男と弓使いの女のほうが上だが、数は大柄な男たちのほうが多い。このままでは埒が明かない。
幸いというべきか、今のところ冒険者ギルドの被害は机と椅子がいくつか壊された――全て大柄な男の手によって――程度だが、このままでは被害は広がるばかりだろう。
だからどうしたといえばそれまでだが、例えば、そう、例えば、食堂なんかが壊されでもすると、リウスとしても少しは、少しは、多分、困るかもしれない。
「はぁ……」
ここまで色々と理由付けをしなければ動く気になれない自分自身にため息を吐く。ユキの身に危険が迫っている、なんて状況ならば話は別なのだが、理由付けのためにユキに危険な目にあってもらうのは本末転倒もいい所だ。ため息一つで自分を納得させて、リウスは歩き出した。
例えば、日常生活で誰かと会話をしているとき。
突然話している相手との間を、見知らぬ誰かに横切られたら気が散るだろう。
多分それは、戦闘中であっても同じことだ。
何の緊張感も危機感もなく、弓矢の射線に立ち入ってくるような奴は、何も理解していない馬鹿か、自分だけは大丈夫だと勘違いしている間抜けかのどちらかだろう。
果たして自分はどっちなんだろうと考えながら、弓使いの女と魔法使いの男の間を横切って、大柄な男に近づいていく。
「ちょっと! 何やってるの、危ないでしょ!?」
弓使いの女が声を上げる。
その指摘はもっともなのだが、今は無視させてほしい。
「……なぁ」
どう声をかけるべきか迷って、取り合えず何とでも取れる呼びかけにする。
「あ? 何だテメェは?」
何だ、と聞かれるととても困る。
そもそも自分は彼らにどうしてほしいのだろう。
最初のきっかけは、ユキに頼まれたからだ。そして後は、ミュエに頭を下げられたから。まぁ、それぐらいだろう。
つまるところ、リウス個人としては彼らにどうしてほしいという望みは全くないのだが、何も言わない訳にはいかない。
取り合えずリウスは、今の自分の気持ちに最も近いことを伝えることにした。
「迷惑だから出て行ってくれ」
大柄な男は意味が分からないといった顔をした後、
「おい、お前そいつ抑えとけ」
槍を持った連れの男に、鎧の男の相手を任せると、リウスのほうへ向き直り大槌を振り上げた。
大柄な男のレベルは109。100レベル以下の相手からの攻撃を無効化してくれる【弱者蹂躙】は使えない。
【外見偽装】の効果でステータスが半減しているとはいえ、109レベルの相手より劣るということはないだろうが、万が一返り討ちにあったら意味がない。
――そういえば、今この状態で元の姿に戻ったら、服はどうなるんだろう。
破けるのか、謎の力で体に合わせてくれるのか。
もし仮に服が破けたとしても、被害が出るのは上半身だけだ。
大した問題にもならないだろうと、リウスは【外見偽装】を解除した。
振り下ろされる大槌を片手で受け止める。
衝撃は感じるが、痛みはない。
そして幸いにも、服が破けるような音も聞こえてこなかった。
「なっ……!」
その驚愕は、振り下ろした武器を片手で受け止められたからか。それともリウスの姿が突然変化したからか。どちらにせよ、関係のないことだった。
受け止めた大槌の柄を掴み、大柄な男から大槌を取り上げる。
全長が150cm以上あるだろう大槌は、しっかりとした重量感があるものの、重いとは感じない。
さて、武器を奪ってはみたが、そこから先どうするかを考えていなかったリウスは、一先ず大槌を半分に折り曲げることにした。
武器をそのまま返したのでは奪った意味がない。だがしかし、大槌を自分のものにするほど武器には困ってはいない。だからといって折り曲げる必要があったかどうかは疑問だが。
柄まで金属で出来た大槌は、リウスが力を籠めると思っていたより簡単に曲がってくれた。
「まぁ……返すよ」
自分から奪っておいて横暴な言い草だとは思うが、横暴さで言えば相手も中々のものだ。お互い様だと笑って許してくれればそれで解決だったのだが、その程度で解決するならそもそも戦闘になど発展していない。
「テメェ……!」
そして、武器が無くなったぐらいで戦意を喪失するような奴ならば、尚のことこんな事態にはなっていない。
大柄の男が振り被った拳を見て避けて、リウスは相手の腹部目掛けて、殺さない程度に手加減をして拳を突き出した。
鈍い衝撃音の後、呻き声を上げながら大柄な男は倒れる。
「マジかよ……」
そんな声を漏らしたのは、弓使いの女と戦っていた魔法使いの男だった。
ああ、そういえばあと二人残ってたな。なんてことをリウスが思い出した頃には、取り巻きの男たちは行動を始めていた。
判断が早いというべきか、諦めが早いというべきか。大柄な男には目もくれず、ギルドから出ようと男たちは走り出す。
追いかけて捕まえるのは面倒だな。とリウスが考えていると、ヒュッ、と風を切る音が聞こえてくる。直後、二つ続けて男たちの呻き声も。
走って逃げだした男たちは、二人揃って腹部を抑えて倒れこんだ。
男たちの傍には、風を切る音の原因が転がっていた。
「矢じりは潰してあるから、刺さってないわよ」
誰に対しての言い訳なのか、男たちの逃亡を阻止した弓使いの女はそう告げた。
「確保してください」
ミュエのその声をきっかけに、ギルドの実働職員が倒れた男たちを拘束していく。
この場でリウスがするべき仕事は、もうなかった。




