第37話『この先、互いが要らなくなるまでは』
家族はいない。恋人もいない。友達は……いないこともないが、然して会いたいとも思わない。
やり残したことも、やらなければならないことも、やらざるを得ないことも、やりたかったことも、やり切れないことも、やり遂げたことも、やる気の起きないことも、何もない。
帰るべき理由は、何もない。
同様に、この世界に残るべき理由も。
ただ、それを敢えて言葉にするなら。
日本に帰りたいか、という質問に答えるならば。
「特別帰りたいとは思わないかな」
「それは……どうして?」
「帰るか、残るか。どっちにしても、それと決める理由がないからかな」
「……なるほど。リウスらしいね」
――俺らしい、か。
リウスらしさとは、一体何なのか。
ユキがリウスの何を知っているというのか。
リウスが自分の何を知っているというのか。
――俺は、何も知らないというのに。
「――それで? ユキはどうなんだ? 日本に帰りたいのか、帰りたくないのか」
リウスとしては、別にユキが帰りたいと思っていようが思っていなかろうが、どちらでも良いと思っていたのだが、流れとして問い掛けるべきだろうとユキに尋ねる。
「私は……帰りたくないかな」
「……そうか」
リウスはそう答える以外の言葉を持ち合わせていなかった。
元から興味はなく、質問の意図も意味も分からないものだっただけに、リウスにはそれ以上話を掘り下げるという選択肢がそもそも見えていなかった。ここで、帰りたくない理由を訊くことが出来るなら、もう少し“人間らしく”振る舞えるのだが。
そして、そのリウスの返答を聞いて、リウスが質問の意図を何一つとして理解していないことに気が付いたユキは、少し責めるような目でリウスを見る。その視線は、暗闇でも視野を確保出来るスキルを持っているリウスにしっかりと届いていた。
「悪い……流石に少し適当過ぎた」
「リウスはもう少し他人に興味を持つべき――ううん、意識するべき、だと思うよ」
「重々承知してるよ」
そんなこと、言われるまでもなく分かっている。
ただ、どうしたらいいのか分からないだけで。
ユキは小さく咳払いをして話を再開する。
「私がこんなことをリウスに訊いた意味から説明した方がいい?」
「……ちょっと、待ってくれ」
たった今、他人を意識しろと言われたばかりだ。少しぐらい頭を働かせよう。
目を閉じて、思考する。ユキの質問の意図を。
質問の内容は『日本に帰りたいか否か』
わざわざ質問したということは、当然ながら、ユキにとって確認しておかなければならないことだった訳だ。
では、何故確認する必要があったのか。
日本に帰りたいか否か、という質問の回答は、今後の行動方針に関わってくるものだ。
日本に帰りたいのであれば、この世界から日本に戻る方法を探さなければならない。
逆に帰りたくないのであれば、この先どうやって生活していくかを考える必要が出てくるだろう。
リウスは言った。『どちらでもない』と。
ユキは言った。『帰りたくない』と。
それをわざわざ確認したということは、つまり。
ユキの今までの言動と、その回答を照らし合わせるなら――。
「これから先、暫くの間一緒に行動するつもりだから、俺がどう考えているかを確認しておきたかった、か?」
「うん、正解」
ユキはこう言っていた。『1人でいるのが怖い』と。
ユキはこうも言っていた。『無関心でいてくれてありがとう』と。
ユキはこうとも言っていた。『多少は警戒心があった』と。
そんなユキからしてみれば、“知り合いでありながら初対面でもあるユキと同じ部屋で寝ることに抵抗がなく”、“無関心であるが故に、ユキに何も期待せず”、“腕に抱き付いて寝てみても、一切襲ってくる気配のない”リウスは、ユキにとって“とても都合が良い”。
こんな便利な安眠グッズ、手放すのは惜しい。
そうユキが考えるのは、何も可笑しなことではなかった。
「もし俺が日本に帰りたいと思っているなら、帰りたくないユキとはいつか別れる必要がある。けどそれまでに、俺と同じくらい都合の良い相手が見つかるかは分からない。だから確認しておきたかった。ってところか」
「何から何まで全問正解。案外ちゃんと分かってるんだね、私のこと」
「ここまでヒントをくれたらそりゃあ、な」
でもまぁ、そういうことなら。
リウスは仰向けの体を横にして、ユキの方を向く。
今ここで、断言しておこう。あんな曖昧な言葉ではなく、きっぱりと。
「俺は日本に帰るつもりはない。だから好きなだけ、自由に使ってくれ」




