第38話『私たちの家』
「それじゃ、今後の目的を決めよっか」
翌朝。近くの飲食店で朝食を済ませて宿の部屋に戻ると、「さてと」と前置きしてユキはそんなことを言い出した。
「改めて確認するけど、リウスは日本に帰るつもりがない――で、良いんだよね?」
「ああ」
「私も帰るつもりはない。つまり、私とリウスはこの世界で一生暮らしていくことになった訳だよ。今のところは、ね」
今のところは。あくまでも今のところは、だ。一度異世界転移を経験しているのだから、二度目がないとは言い切れない。しかしまあ、そんなあるかどうかも分からないようなことを気にするのは無駄だろう。
「日本では仕事をしていたり、学校に行っていたりで、漫然と過ごしていても何となく日々は過ぎていくけど、この世界じゃそうはいかないと思うんだよ。何せ私たちは今無職なわけだし」
住所不定無職。
ニュースなどでは度々耳にする言葉だが、しかし、まさか自分がその言葉の対象になる日が来るなど、リウスは思ってもみなかった。
「そこで、これから先を生きていくにあたって、当面の目的を決めようと思うんだけど、どうかな?」
「いいんじゃないか? 分かりやすいし、何より健康的だ」
何か目的を持って生きるということは、人にとって良い影響を齎す。
目的なく生きることがどれだけ無為なのか、リウスは身をもって知っていた。
「健康的?」
尤も、その言葉は実体験として知っているからこそ出た言葉で、案の定ユキには理解出来なかったようだ。
「こっちの話。気にしないでくれ」
だからといって、律儀に説明してあげる程リウスは優しくはなかったし、例え疑問に答えてあげる程の優しさを持っていたとしても、自分自身の身の上話を今この場でするつもりは皆無だった。
しかし、あからさまに意味ありげなことを聞いた後、「気にしないでくれ」と言われて「分かりました。気にしません」と直ぐに気持ちを切り替えられるのは物語の登場人物だけのようで。
ユキは質問に答えてくれなかったのを不服そうにしつつも、粘ったところでリウスの気持ちが変わらないことに早々に気付き、脱線しかけた話の話題を元に戻した。
「……それじゃあ早速、今後の目的を決めようと思うんだけど。リウスは何か意見ある?」
「特には。ユキに合わせるよ」
考える素振りも見せず――事実考えてなどいなかった――リウスは即答する。
「予想はしてたけど……。丸投げもここまで来るといっそ清々しいね」
「褒めても何も出ないぞ」
「1ミリも褒めてないんだけど、まあ、それはいいとして」
再び脱線しかけた話題を元に戻し、一呼吸置いてからユキは口を開いた。
「私は、自分の家が欲しい」
一言。そう告げた。
リウスとしては「分かった。じゃあそうしよう」と即答しても良かったのだが、会話の基本はキャッチボール。礼儀として一応投げ返しておくことにした。
「自分の家、か。その理由は?」
「別に、特別な理由がある訳じゃないんだけどね。今私“たち”には、好きに選べるだけの衣類があって、食事に関しても今すぐに困ることはない。けど、住む場所はそうじゃないでしょ?」
かなり要所を省いた説明だったが、リウスはユキが言わんとしていることを大凡把握していた。
リウスとユキはこの世界にその身一つで放り出された訳ではない。ゲーム、アポカリプスから様々なものを引き継いできた。
アポカリプスプレイヤーの中でも有数といって差し支えない性能を持つ肉体。
貯め続けた結果使い道すら思いつかない程の莫大な額となった金銭。
最大限まで強化を重ねた最高レアリティの武具の数々。
1年間毎日被りなく変え続けたとしても尚余る衣服。
口にするだけで一時的な能力向上が可能な料理。
そして、これらを全て仕舞い込むことが可能な収納システム。
この2人は、それだけのものを引き継いでこの世界に来た。そう。“プレイヤーの中でも有数の性能を持つ肉体”をゲームから引き継いだのは、リウスだけではない。
リウスは嘗て、最強プレイヤーの1人と呼ばれていた。しかしユキは、“個人”としては最強などと呼ばれたことはない。
個人としてはない。だがしかし、集団で見れば、リウスとユキを含めた4人からなるパーティーは、ゲーム内で最強と呼ばれるだけの実力を持っていた。
とは言え、人間は社会を形成し生活する生物。力だけでは、暴力だけではどうにもならない問題も存在する。いや、どうにか出来るが、するべきではない。というべきか。
例えばそれは金銭問題だ。
現状、着る服に困ることはないと言っていい。食事に関しても、アイテムボックス内に食料は山程あり、仮になくなっても飲食に不自由しないことは先日の町探索で確認済みだ。
しかし、夜を明かすための宿となると、いくら金銭面に余裕があるとはいえ、継続的に支払い続けることに抵抗が生まれる程度には出費が嵩む。支払い続けるという意味では食費も同様だが、宿泊費と食費では掛かる金額の桁が二つも三つも違う。食費とは比べ物にならない。
そういう意味では、ユキの「住む家を探す」という目標設定は、至極真っ当なものだった。
「ここが私“たち”の家だって胸を張って言える、帰って来られる場所が、安心できる場所が欲しい」
「――ああ。いいんじゃないか? 直ぐには見つからないだろうけど、物件探しには俺も――」
って、あれ? 何か、聞き流してないか、俺。
――私たちって、ユキと誰のことだ?
「勿論最初からリウスには付き合ってもらうつもりだったよ? だって、“一緒に住む”家なんだから。私の意見だけで決めちゃうのは良くないと思うし」
「…………」
いつからそんな話になったのか。
多分、それを言うなら最初からだ。
――つまり、私とリウスはこの世界で一生暮らしていくことになった訳だよ。
ユキは最初から、今後も二人で行動していくことを前提に話していた。
別に、ユキがそれでいいと言うなら、リウスにそれ以上何かを言うつもりはない。
否定もしなければ、肯定もしない。
「これは、私の理想の話になるんだけど――」
手振りを交えて、楽しそうに未来の話をするユキ。
そんな人物の隣で歩いているのが自分だと思うと、鈍い痛みのような居心地の悪さも感じるが。
暫くはそれも悪くないと、リウスは思った。




