第30話『いつの日か、さよならの時まで』
「……ん」
消灯からどれぐらいの時間が経過しただろうか。
一筋の月明かりが窓から差し込む中、リウスは目を覚ました。
「い……つぅ」
立ち上がり、体を伸ばす。
流石に疲れていたので眠ることはできたが、もちろん寝心地は良くない。
同じ体勢で居続けたために腰や首が凝り固まっており、反らすとポキポキと音がなる。
一方ユキは、ベッドの上で静かに寝息を立てていた。
日本の家具屋などで売られている物より悪い品質ではあるが、椅子で寝るよりはかなりマシだろう。
「……やっぱり椅子で寝かす訳にはいかないよな」
無防備に眠るユキを見て、リウスは呟く。
それにしても、もし俺が寝込みを襲うような奴だったらユキはどうしたのだろう。
リウスがベッドの脇に立っても、手を伸ばさずとも届くほどの距離にまで近づいても、ユキは起きる素振りすら見せない。
しかし、たとえ触れられるとしても、リウスは手を伸ばさない。
もちろんリウスにだって性欲はある。
ただ今は、欲望を掻き立てるほど、他者に興味を持てない。
先ほど抱擁した時に感じた温もりさえ、もう、覚えていない。
「…………寝るか」
ともあれ、何をするにしても朝にならなければ始まらない。
起きるのは6時ぐらいかな。
体内時計にタイマーをかけると、リウスは椅子に腰掛け目を閉じた。
◇◇◇◇◇
朝。窓から差し込む日の光に照らされて、ユキは目を覚ました。
「……うー、ぁ……どこ……?」
絶妙に硬いベッドの上で体を起こすと、ユキは周囲を見回す。
そうだ。私、宿に泊まったんだ。それで――
そこまで考えて、ユキは何かが可笑しいことに気づく。
違う。足りない。少しも足りてない。だって、この部屋は私の部屋じゃなくて――
「リウス……?」
ユキが目を覚ましたその部屋に、リウスの姿はなかった。
まるで、最初から誰も居なかったかのように。
着替えの一つも残さずに、リウスは忽然と姿を消していた。
徐々に心拍が早くなっていくのを感じる。
視界が狭まり、息をするのが苦しい。
駄目だ、落ち着かなきゃ。
きっと、きっと、少し外出しているだけだ。
――置いていかれたんじゃない?
そんなことない。私の知ってるリウスは、そんなことしない。
――でも、あの時は、何も言わずにいなくなったよね。
あの時。まだ、リウスと一緒にアポカリプスをプレイしていた頃。
『暫くログイン出来なくなると思う。戻ってきたらまた相手してくれ』
そんなチャットを最後に、リウスが再びログインしてくることはなかった。
……じゃあ、やっぱり、これは。
「違う……っ、そんなこと――」
微かに震えた声は誰にも伝わらずに消えていく。
「……探しに行こう」
呟いて、ユキがベッドを降りた時だった。
「ん、おはよう、ユキ。よく寝られたか?」
外に出かけていたリウスが、部屋に戻ってきたのは。
「リウ、ス」
「あぁ、どうした?」
やっぱり、いなくなった訳じゃなかった。
置いていかれた訳じゃ、なかった。
そんな当たり前のことを確認できたユキは、力が抜けて思わずその場に座り込む。
「お、おい、大丈夫か?」
「もう……勝手にいなくならないで」
いつまでも一緒にいられないのは分かってる。
それでも、別れる時は、きちんとさよならを言いたい。
いつのまにか会えなくなるのは、もう嫌だった。
「あー……ごめん」
リウスは苦笑いをしながら、そう答えた。




