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猟域脱出2

 文明界に向かってダッシュしていた私の足を止めたのは、一つの骸だった。


 生命の奪い合いが繰り返されているこの場所では、何かの死に触れることは多い。


 私の認識範囲は半径18㎞の円内だ。単独の生物としては破格の知覚性能と言える。

 しかも五感とそこから派生した統合知覚は、範囲内にあるものを確実に捉えることが出来る。


 そんな感覚を常時展開していると、見たことも無かった生物群も、今やお馴染みの有象無象になってしまった。


 私の琴線に触れた骸は服を着ていた。


 タコちゃんの言う文明界までは、まだ100㎞以上の道のりがある。

 文明界からすれば、現在位置は確実に外界真っ只中だ。


 私の想像する文明界は、知的生命体がおり、文化があり、法があり、秩序があるイメージだ。

 骸の着ている服は鎧に近い。精錬された金属、動物の殻と皮、布や糸で構成されている。

 文明の片鱗を感じるには十分だ。


「どうした?何かあったか?」


 タコちゃんの声が背中から聞こえて来る。


 私が10㎞進むたびに、門を作ってタコちゃんが付いてくる方法で外界を進んで来ていた。

 音声による会話の回線は常に接続しており、お互いに何かあったら連絡することにしていた。


「まだ少し先だけど、服を着た死体があるよ。今までの生き物に無い特徴だから、ちょっと気になったんだ」


 今のところ服を着ている生物は私だけだ。着衣文化の存在が確認出来て嬉しい。


「その生物の死骸の近くまで行ってくれ。外界と文明界の混じりが深くなっている可能性がある」


 環境の変化で二つの異なる世界が混じり合うことは良くある。その多くが片方の環境が悪くなったことによって起きる、必然的な侵略だ。

 別れて成立していたものが混じり合うと、碌でもないことが起きる。


「わかったよ。慎重に行くね」


 見られない、音を立てない、痕跡を残さないの隠密三原則に従って行動する。


 私のセンサーは尋常ならざる性能がある。18㎞圏内であれば知りたい情報は大抵手に入る。

 この動物天国で相手が私の何を察知しているのか完全に把握している。

 察知の方法が分かっているので、避けることは容易い。


 移動速度を時速100㎞に落とし、生物の視界に入らないようにし、音の伝わりをキャンセルする。匂いや痕跡は必ず残るので、追跡不能にするため不連続になるようにする。


 目的地には直ぐに到着した。


 骸は時間が経っており、完全に白骨化していた。

 骨格は人とやや異なる。犬歯は長く尖り、膝から先は獣のように湾曲し、尻尾もあった。

 辺りに毛が散らばっていることから、全身に毛が生えていたようだ。


 私の知るフィクション知識によると、獣人やコボルトに分類される。

 しかも結構モフモフ系のようだ。ケモナー属性はないが、かなり癒されそうな姿だ。


 私がモフモフの妄想を展開していると、タコちゃんが現れた。


「これは(オビト)だな。文明界に多く存在している種族だ。外界との境界にも多く分布しているが、これ程深く外界に入ることは出来ないはずだ」


 どうやら世界の混じりが本格的に起きているようだ。まだ、キナ臭いことにはなっていないようだが。


「この子、いや、オビトって種はどうして外界で生存出来ないの?単純に弱いから?」


 確かに骨格の強度からして、外界の生物と比較してもかなり弱い部類になる。


「オビトは身体的に外界生物より劣るのは確かだ。しかし繁殖力の強い種なので、数で圧倒する生存戦略を基本としている。外界で数による攻勢が効かない理由は術適正の低さにある。外界生物の広域術が、簡単に効いてしまうので、数の利を生かす前に全滅するのだ」


 なんだか親近感が出てきた。術適正が全く無いであろう私と同じ苦労があるようだ。


「ここまで来れてるってことは、術適正を何らかの方法で克服したってことだね」


 技術革新か突然変異かは不明だが、大きな流れが来ているようだ。


「オビトとの接触は極力避けた方がいいだろう。外界深部から来た生物は驚異と感じるはずだ。敵対される可能性が高い」


 残念ながらモフモフとの出会いはお預けのようだ。文明界の深部でモフモフカフェでも開店していたら、そこに通うとしよう。


「とりあえず文明界に本格的に入るまでは、誰にも見つからないようにするよ」


 我慢を強いられるような場所は直ぐにオサラバだ。


 秘匿性能をさらにアップさせ、手早く密林を抜けることにした。


 ―――


 進む度にオビトの骸は増える。

 危険を侵してまで外界を進行する意図があるようだ。

 恐らく商業的な理由だろう。打ち捨てられた巨大な荷車がそれを物語っている。


 しかし気になるのは、死体が全て女性のものということだ。

 何らかの種族特性なのだろうか、文化的なものか不明だが、私の古巣ならば大炎上案件だろう。


 文明界までおよそ30㎞に差し掛かった頃だろうか。遂に生きているケモノ女子を探知した。


 タコちゃんには状況を連絡して、様子を伺うことにした。


 私のセンサーをフル稼働させ、手に入れられる情報を全て拾う。


 3人が同じ場所に集まっており、1人が5㎞ほど離れた位置に居る。


 3人は会話しているようなので、言語の習得に利用させて貰う。

 ものの数分で言語は理解出来るようになった。


 どうやらトラブルが発生しているようだ。


 話の内容から、4人1組で森に入り狩猟を行う予定だったが、予想外の大型生物に襲われて、3人を逃すために1人が奮闘した結果、今の状況になったようだ。


 大型生物は残った1人によって仕留められたようだ。ただし倒した方も満身創痍のようだ。


 3人組は狩猟に慣れていないようで、行動出来ずにアワアワしている。


「タコちゃん、この子達を助けていい?」


 先程接触は極力避けるように言われたばかりだ。 自分でも合理的でないことは理解している。

 これまでの外界でも、追い詰められている動物は数多いた。

 ただ今回は一つだけ違いがあった。この4人は等しく絶望している。

 今まで会った生物は、如何なる状態になろうとも絶望することは無かった。最後まで生き足掻いていた。


 初めて感じた他者の絶望だった。絶望の匂いが満ちていた。


 私は他者の絶望を自分に重ね合わせて、居た堪れない、助けずにはいられない気持ちになったのだ。


「問題ない。どう助けるのだ?」


 予想外の回答だった。てっきり何故助けるのか聞かれると思っていが、私の考えなど見え透いているのをすっかり忘れていた。


「3人と1人を4人に戻せば、問題解決するはずだから、3人の方を誘導するよ。この辺りに居る生き物を使えば、接触せずにいけると思うよ」


 方法は簡単だ。声真似で辺りの動物の位置をコントロールして、3人を追い立てて、はぐれた1人の位置まで誘導するのだ。

 私には外界生物の声帯模写なら、モノマネ芸人として食っていける位のレパートリーがあるから楽勝だ。


 タコちゃんにも同意してもらった。タコちゃんの術で、任意の音声を相手位置まで飛ばすことが出来るそうなので、緊急事態になったら直接誘導に切り替える。


 早速誘導作戦を開始した。

 私はタコちゃんと共に、誘導対象から1㎞の位置まで接近している。


 3人組は予想以上に臆病なので、任意の位置まで動かすことは容易だった。ただ、ビビリすぎて移動がかなり遅いので、時間がかかりそうだ。


 はぐれた1人は脚の怪我が深刻で、動くことが出来ないようだ。黙々と何かの準備を進めている。

 準備が進むにつれて絶望の匂いが濃くなる。精神的に悪い方向に向かっているようだ。


「ユズ。1人で居るオビトから術の反応がある。このまま術が発動すれば、あのオビトは爆発に巻き込まれて死ぬぞ」


 まずい、理由は不明だが自爆覚悟ありのようだ。何らかの機密を持っているのだろうか。


「タコちゃん。急いで私の言葉をあの子に飛ばしてもらっていい?」


「わかった。この輪の中に話せば、音が飛ぶようにしてある。使ってくれ」


 私の目の前に、銀色の触手で出来た輪が現れる。


 何を言っていいのかわからないが、このまま死亡してはまずいと思わせなければならない。


「貴方のお連れは、こちらで捕捉してあります。速やかに術を解除して下さい。聞き入れて頂けない場合は、強硬手段を取らせ頂きます」


 私の口から出た言葉は、昔良く使っていた冷淡な敬語だった。










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