猟域脱出1
私は今片手を腰に当てて、重心を片足にかけ、姿勢悪く立っている。
私の心が立ち姿に現れているようだ。
正直うんざりしている。
目の前には、同じ種類の動物が無数にいる。
大きさは大型犬くらいで、黒い鱗に覆われていおり、鋭く伸びたナイフのような爪に、ワニのように突き出した口からノコギリのような歯が並んでいる。
明らかな肉食獣の群れが、私を捕食しようと集まってきている。
10体の黒い獣が私の体に喰らい付き、引き倒し、切り刻み、砕き、糧にしようと必死だ。
だが、私の体は1㎜も動かない。何の影響もないのだ。
無数の獣が間近にいるせいで、目の前がごちゃごちゃしている程度だ。
変わった動物にじゃれつかれる事については、問題無い。これまで十分な孤独を味わってきた身としては、今くらい刺激があった方が良い。
私の不機嫌の理由は服が汚れる事だ。獣が分泌する様々なものが服に付いてしまう。
私の体に付いたのであれば、軽く振動エネルギーを発生させれば、私以外のものは消えて無くなる。
だが、服はそういう訳にはいかない。
タコちゃんに作って貰ったオーダーメイド品だ。精密機械のような繊細さもある。汚れや、破損があってはならない。
振動エネルギー洗浄も出来ないので、如何に汚さないかが重要になってくる。
しかし、どういう訳かこの辺りの生物は、私を発見するなり襲いかかって来る。
私から美味しい匂いでもしているのだろうか。
一回や二回なら別にいい。ただ、半径数キロ以内の生物が大挙して押し寄せてくるのだ。
出会った生き物の種類で言えば100種類は余裕で超えている。
多様な自然環境は結構なことだが、何故私にばかり集まってくるのか。
お陰で私のモンスター図鑑は、凄まじい勢いで更新されている。出会った生物の端っこを食べることにも余念がない。
この密林地帯で繁栄しているのは、現在私に喰らい付いているタイプの鱗に覆われた四足獣だ。すっかり生態系に詳しくなってしまった。
目の前の黒い奴はまだ味見していないので、手近な個体の爪先をスナック菓子感覚で頂く。
齧られた個体が甲高い声を上げて後退し、地面で転げ回っている。どうやら神経の通っているタイプの爪のようだ。悪いことをした。
この黒い奴は、以前に会った空飛ぶ針金見たいな奴の下位種のようだ。
針金は圧搾空気をレーザービームのように発射していたが、この黒い奴も口や爪先から空気のカッターのようなものを出す。
進化前と進化後みたいな関係性なのだろうか。
もうちょっと落ち着いて見れたら、動物園みたいで楽しいのだろうが、いきなり過ぎて、ただただ邪魔なだけだ。
目の前の群れは、恐らく話が通じるタイプだろう。黒い獣の吠え声を真似て威嚇を表現すると、たちまち黒い獣の群れは距離を取った。
立て続けに群のボスが出す警戒音を大音量で発すると、黒い獣の群れは混乱し、あっという間に散り散りになった。
この密林地帯では、群れでコミュニケーションを取っている生き物が多い。
覚え再現することは得意なので、コミュ力の高い生き物には、今のような方法でお帰り頂いている。
一帯の覇権種だったようなので、他の生物も居なくなり、辺りは静かになった。
タコちゃんが10m程の高さからフワリと降りて来る。
「騒がしいところだね。ここはまだ外界ってことでいいの?」
3日ぶりのまともな会話だ。
着いてすぐ動物大洪水だったので場所を変えたり、逃げてみたり、隠れたりで、まともに会話が出来ていなかった。
「まだ、外界の深部と言っていいだろう。ここから一番近い文明界でも2000㎞は離れている」
「外界は広いんだね。私は全然平気だけど、タコちゃんは大丈夫?怪我とかない?」
気になるのはタコちゃんのことだ。
今の場所なら問題ないが、着いたばかりの頃に襲って来た生物は、タコちゃんの強度や膂力を超えているものも居た。
タコちゃんは魔法使いロールだろうから、戦闘と肉体強度はあまり関係ないだろう。しかし、もしものことがあってはいけない。
幸い襲撃の矛先は全て私に向いている。タコちゃんは認識されていないかのようにスルーされていた。
「我々は問題無い。しかし、ユズは何故襲って来る生物を攻撃しないのだ?撃退は容易だろうし、ユズが強者であると分かれば、襲ってくる者も減るだろう」
タコちゃんにしては珍しい物騒な提案だ。
抑止力という考えが理解出来ないわけではないが、これは私の決め事だ。
「私の力は何かに向けていいものじゃないんだよ。タコちゃんに向けた私が言っても説得力がないけど、今はそう決めているんだ。だから使うにしても、少なく済むように考えて使うよ」
言葉にするのは初めてだ。結構恥ずかしいセリフだ。
タコちゃんも黙ってしまった。
「………」
沈黙が辺りに広がる。あの森とは違い、言葉が交わされいなくても、様々な音が鳴っている。
ごくありふれた自然の中に居ることを実感できる。
タコちゃんから少し迷いを感じる。これは感では無く経験に基づいた一つ答えだ。
私は相手の匂いで、ある程度の心理状態を判別することが出来るようになった。
始めは襲って来る生物に手が出せなかったので、暇つぶしに匂いの分類をしていたら、偶然にも共通点が見つかり、いつの間にか心理状態との関連づけが出来ていた。
タコちゃんの匂いに適応しても、結構な精度が出たので、最近は重宝している。
迷った末の言葉が私に向けられる。
「そうか。ならば我々から二つ伝えるがある。一つはユズはこれから先、あらゆる生物から弱者とみなされることだ」
どういうことなのだろか。私の力は誰にも知覚されないのだろうか。
たしかに様々な生物に襲われたが、まさか雑魚扱いを受けていたとは思いもしなかった。
「タコちゃんは私の何かに気がついたみたいだね。でも、それは私が知らないことみたいだ。良ければ聞かせてもらっていい?」
あの森とこちらの世界の捻れを戻したときのように、私の理解出来ない理が確かにある。今回もそれだろう。
「ふむ。これはまだ仮説だが、ユズの生命樹には精神領域が存在していない」
重大なことのようだが、生命樹を知覚出来ない私にはイマイチピンと来ない。
「精神領域がないとどうなるの?確か歪な生命樹を持つ生き物は、生命維持すら危ういはずだよね」
「その通りだ。ユズの生命樹は、生物の程を為していない。精神領域が完全に欠如しているのであれば、術の知覚、操作、耐性が全く無いことになる」
なるほど、私は生来の脳筋キャラのようだ。魔法的なものの習得は絶望的なようだ。
「じゃあ、私は術に全く歯が立たないってこと?」
「そうでは無い。例えば岩石を融解させる炎を術で作るとする。これを生物に向けた場合、精神領域の干渉によって、木を燃やす程度の炎になる。だが、ユズに向けた場合は、全く減衰が発生しない。岩を溶かす熱がそのまま生じるが、ユズの体には何の影響も無い」
つまり、魔法耐性はオール×だが、HPが高すぎてダメージが誤差程度になってしまう。
そんな生物は今まで発生した事がないようなので、誰にも理解されない訳だ。
「術の欠片も理解出来ない私は、石ころ並みに無抵抗で無力と思われるね」
「正しくは、術も技も及ばない超常の存在だ。これについては、もう一つの件と関係する。我々には、ある強力な術がかかっている。全ての存在から認識されなくなる(因果隠匿)というものだ」
どうやら、タコちゃんが迷っていたのは、このカミングアウトのようだ。既に迷いの匂いは消えていた。
「私はタコちゃんに出会ってから一度も存在を見失ったことはないよ?術が効き過ぎる私に効いてないのは変だね」
嘘の匂いはしない。タコちゃんは真実を話している。
「我々の存在は常に隠匿されている。ユズに認識されるまで我々を認識した存在は、一つとして無かった。加えてこの術は我々の意思で解除することが出来無い」
タコちゃんにとって私は初めての観測者のようだ。何者にも認識されない苦痛を味わった私のように、苦悶の日々だったのか。それとも恒久の平穏だったのか。
私達は出会ってしまった。ならば、後はどうしたいかだけだ。
「タコちゃんはこれからどうしたいの? 私に会う前に戻りたい?それとも今を続けたい?」
私にとっては最も恐ろしい質問だ。答えの先に絶望の可能性がある。出来れば、有耶無耶のままにしたかった。
「我々は今を失いたくは無い。我々の求める物はユズと共に有る」
満面の笑みになりそうな顔を必死に抑え込む。閉じ込めた嬉しさが心臓辺りで爆破しそうだ。
私達は出会って良かったのだ。
上がる口角を抑え込み、うわずりそうになる声を整える。
「じゃあ、文明界に早く行こうよ! 私がここにいると生態系に良くないみたいだし」
道のりに時間をかける必要は無くなった。文明界が道の終わりでは無くなったのだ。
既に道を急ぐ準備は出来ている。服を維持したまま到達出来る最高速度は時速500㎞程度だ。
「わかった。行き先は今の進路をまっすぐだ」
「ちょっと早めに移動するね」
そう言い終わると同時に走り出してしまった。最初の一歩で最高速度に到達すると、私は文字通り飛び出した。




