20 望んだ未来
「お届け物でーす!」
「はいはーい!」
アウトキリア国六番街のはずれにある、森の中に近い場所にひっそりと建っている小さな家。木と煉瓦で組み立てられた普通の小さな家から、ひょいと背の高い淡褐色の瞳をした青年が顔を出した。
「こんな森の近くまでありがとね。はい、サイン。ついでにこれお駄賃」
「わ、いいんですか!」
「まぁ、無理言って届けてもらってるのはこっちだしね。今日も気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます! また来週お届けに来ますね!」
足の速い少年に駄賃代わりの銅貨を数枚握らせ、届けられた新聞と小包を手に、ゼルは再び家の中へと戻って行った。
四角い小包を手に、不思議そうに首を傾げていると、するりと足元に赤銅色の毛並みの猫が近付いてきた。
「アンバー、何か頼んだ?」
「いいや、猫の姿の私が何を頼むというのだ?」
「じゃ、これやっぱりグレイか」
足元にまとわりつくな、邪魔だ踏むぞ、と辛辣な言葉を投げかけながらも、机の上に小包を置いて暖炉の前のロッキングチェアに深く腰掛けた。いつものように新聞を広げると、傍のひじ掛けの上に飛び乗ってきたアンバーが、琥珀色の瞳を輝かせて覗き込んでくる。
「ほう、やっと婚儀を挙げたのか」
「何? 知り合いでもいた?」
「ほら、ここを見ろ。違う、その隣だ隣」
「誰?」
「元帝国の将軍の地位まで上り詰めながらも、一人の女の為にすべてを投げ捨てたカエル男だ」
「カエル男って」
貴方も幸せな結婚式を! そんな謳い文句の広告に映る一組の男女。緑色の髪をした蕩けそうな表情の男と、桃色の髪の顔を真っ赤にした女。
ほんのひと時を共にした相手なのだが、それでもその幸せそうな表情を見ると、アンバーは満足そうに喉を鳴らした。
「お前にグレイは絶対にやらないからな」
「何の話をしているのだお前は」
「絶対に、グレイの花嫁姿なんか……嫌だ、グレイが結婚するだなんて考えたくもないっ!」
「一人で何をしているんだお前は。ほら、いいから次の面だ」
うわああああ! と頭を抱えて叫びながらも、律儀に次のページをめくるゼル。慣れた様子でいなすアンバーは、我関せずと新聞に目を滑らせていた。
「おお! 殿下に第一子誕生か! あ、いや、第一子どころか双子とはめでたいな!」
「それ一面で報じなくてどうするの大衆紙ってば」
「号外でも出したのだろう。それに詳細が乗っているのなら見開きの方が見易い」
「それでいいのかよ元王族」
「それでいいのだ、王族などそれくらいの扱いで十分だ」
ふふんと言い切ったアンバーだが、彼が敬愛していた兄王太子の吉報に、パタパタと機嫌よく耳が動いているのが分かる。それを少し煩わしく感じながらも、ゼルも同じ記事へと目を落とした。
数年前のあの出来事から、魔力を全く使う事が出来なくなった王太子。それでも、亡くなった第二皇子と共にドラゴンを倒したことで、王太子の座には戻れた。声が出ない王妃など! と反対の声が出たものの、それを押し切って、今度こそ婚儀を挙げた。
今ではおしどり夫婦と言われるくらいの名物夫婦となっている二人。そんな二人が授かった双子は、国民からの祝いの言葉も贈り物も、多く寄せられたという。
「でもまぁ、アレだよね。女の子にヴァイオレットって名前つけるのはどうかと思うよ」
「紫色の瞳をしているのが幸いだろうがな。まぁ、国民らには分かるまい。どうかと思うのは我々だけだろう」
「何の話?」
「グレイ!」
ゼルがぱっと満面の笑みを浮かべて迎え入れたのは、灰色の瞳をした彼の妹、グレイ。
そっと暖炉の上に置いてある燭台にマッチで火を灯し、小さく祈りを捧げてからくるりと振り返る。
「ねぇ、グレイのそれ、何? 前までそんなことしてなかったよね?」
「力を貸してくれた灯火の魔女の残滓に対する感謝の念、ってところかしらね」
「灯火の魔女? 誰、それ」
「マッチ売りの……ああ、どうせゼルは覚えていないでしょうから別にいいわ」
疑問符を浮かべるゼルとアンバーに苦笑を返し、それで、なんの話だったの? と小さく首を傾げた。
「あぁ、あの馬鹿王太子に双子が生まれたんだって。女の子の名前がヴァイオレット」
「それは、まぁ、なんというか……ちょっと、ね」
「やっぱりグレイもそう思うよねー」
苦笑しながらも、ページをめくるゼルに、共に記事を読むアンバー。なんやかんやで共に新聞を読むくらいには気が合うのだろう。口では何と言おうと、上手くやれているその様子が何故だか微笑ましい。
魔女として生きるグレイに付き合わせて世俗から離れて生きる二人の、唯一の関りが新聞を読むこと。それくらいなら直接かかわっているわけではないからいいだろうと、記事を読んでは好き勝手なことを言っている。
グレイとしては、あっさりその状況に順応してしまった二人に、構えていた自分がどことなく間抜けのようで、少し困惑しているというのが本音だ。
「そう言えば、小包届いてたけど、グレイの?」
「ああ。そうよ、やっと届いたのね」
机の上に無造作に置かれた小包を手に取り、ゆっくりと放送を解いていく。
「何頼んだの?」
「本よ、ロッドバルドが書いた」
「うげぇ」
楽しげな様子のグレイとは打って変わり、ゼルはさも嫌そうに顔をしかめた。アンバーも分かりにくい猫の表情で顔をしかめたように見える。
彼にはさんざん振り回されたのだから、まぁ仕方ない反応と言えば仕方がないのだが。
「私は、割と好きなのだけれど」
「えぇえ……。だってアイツが書いているのって、悪趣味じゃん。むしろ見てたのかよって言うくらいに詳細に僕らのこと知っているように書くんだから、もう気持ち悪くて無理。本当に無理」
グレイの可愛さは僕だけが知ってればいいのにね! とぷんすか怒るゼルに、グレイは呆れたようにため息をついた。
「でも、今回は彼女のお話なの。『白き姫君』。これきっと、スノウベルクで参戦してくれた、もう一人の魔女のお話でしょう?」
自分たちの物語は、大筋だけ同じで大きく脚色されながらも既に発刊された。『淡褐色と灰色』と言って、たった二人の兄妹が悪い魔女に立ち向かい、最後には魔女を倒して幸せに暮らすお話だ。この国の王妃となったラプンツェルは『紫色の娘』。この作品で、民衆たちの支持を大きく稼いだことに間違いはなさそうだ。
今は亡き存在とされているアンバーですら、『猫の瞳は琥珀色』とモチーフにされた作品が出ている。
そして特筆すべきは、そのどの作品の冒頭部にも同じ文章が記されていること。
『我が親愛なる蒼姫に捧ぐ。
すべての幸福を願う貴女に、貴方をも幸福になれるように』
あの悪魔が書いたとは思えないような言葉。幸せであることを嫌っていたような悪魔が、誰かの幸せを願うとは。
その変化に小さく笑うと、その笑みを見たゼルとアンバーですら笑みを浮かべる。
驚くべき変化は、グレイも同じなのかもしれない。
「魔女は誇り高き孤高の存在だって、最初に思っていたのだけれど」
「まぁ、下手に他人と関われば、魔女協定の『俗世に関わってはならない』という部分に引っかかってしまうからだろう」
「その点、僕は関係ないもんね。僕はグレイがいればそれでいいし! 俗世? 全然捨てちゃう捨てちゃう」
「軽いな……」
「似たようなことしたアンバーにそれ言われたくないね。あ、今からでも全然戻ってくれて構わないんだよ、グレイには僕がいるから」
お前、まだそれを言うか! 僕はいつだって本気だよ! といつものように口論を始める二人に、グレイは呆れたようにため息をついて、そして微笑んだ。
小さな椅子に腰かけ、仕方がないわねぇとでも言うかのように二人の様子を眺めている。
なんてことないいつもの光景。
アンバーを猫の姿にしているのは、やはりそちらの姿の方が見慣れていたからというのもある。数年経った今は、完全に猫の仕草が染みついているようで、人の姿に、と言う事がほとんどなくなった。諦めた、と言うのが正解なのかもしれないが。
ぴちちち、と窓辺に青い小鳥が飛んできた。
その姿を視界の端でそっと認め、それからグレイは静かに目を閉じた。
「幸せよ、私」
あの頃は、そう答えられなかったけれど。
今なら自信をもって答えられる。
その言葉を聞けたことに満足したのか、青い小鳥はすぐに飛び立って行った。
END.
*黄金色を探して
メインは眠りの森の姫
サブメインは青い鳥
今までのお話の総まとめです。お粗末様でした