第33話 隣に越してきたものです
これは女神の祝福だ。依頼を受けた時にそう思った。郵便配達の護衛依頼で、マグルはポ帝都に来ていた。
土が圧縮された道は歩きやすく、石畳より足音が響かない。マグルは背中の大剣を握ろうとする手を抑えた。路地は夜になると昼とは打って変わっり怪しい雰囲気だ。
月が半分になった顔で街を見下ろす。
「やっとだ。ぶっ殺してやる」
マジックバックを盗んだベリドが居る。そのせいでベルントは義足になり、冒険者を辞める羽目になった。
ここに来るまでに、どう殺そうかを考えた。ヨルムルの毒を食らわせてやろうと思った。足を切り落としてから、殺そうとも思った。
酒場に入る。酒の匂いが鼻先に、酔って感覚がおかしくなった大声が耳の中へ、そしていま良心を背中の後ろへと置いた。
知り合いとの待ち合わせといった顔で、マグルはテーブルの間を歩き回る。目が血走るのを抑えられているかは、分からない。一階には居なかった。
二階にも客席はあるみたいだ。階段を一歩、また一歩と上る。
*
モッツァ村からポ帝都には昼くらいに戻った。冒険者ギルドに顔を出す。
半分に切ったチーズの塊を差し入れした。半分でも一年はワインのつまみに困らないんじゃないかってくらい大きい。ギルドマスターが出てくる。いつも通りの迫力だ。
帝国からは、まだベリトについての連絡はないらしい。
諸国連合にも事の経緯は知らせたが、通達するまでは少し時間が掛かるだろうと教えてくれた。
「簡単な依頼を受けていきますか?」
出ようとしたマグルに受付の女の子が言ってくれる。ピスタと言う名前だとは、マジックバックの騒動で知った。
まぁ、聞けばどの子も教えてくれるとは思うけど。
なんとなく冒険者同士で不文律があるんだよな。そんなの関係なく口説くやつもいるから、別に守る必要もないけれど。
「今日はやめとくよ。宿を引き払ったから探さないと」
「でしたら、ギルドが出資する宿でちょうど空きが一つ出たところがありますけど」
「いくら?」
「月で借りると八金貨でしたね。それで、日だと、――四銀貨です」
「じゃあ月払いで」
「では紹介状を書きますので少々お待ちください」
言われた通りに宿を目指す。ギルドからすぐで、南門に近いところだった。宿の主人に紹介状を見せると、三階の部屋を案内される。前は二階だったから、階段を上るのが面倒だった。
荷物を置き、昼食のサンドイッチを持って外に出る。今日は晴れて涼しいし、門前広場で食べようと思った。ガチャリ。ドアを開ける音が二つ重なる。
「げぇっ」
声がして、横を見る。
ミディアムの長さに切り揃えた水色の髪。その髪色よりも濃い水色の革鎧を着て、体に似合わない大きな杖を持つ女の子が、マグルを見て口をあんぐりと開けている。
「ロフンじゃんか。今出るところか?」
「……マグル、お前はなにしてんだ。女の部屋に白昼堂々と盗みに入るなんざ良い度胸してるな。どうだ、その立派な胸をわたしの魔法の練習台にしてみないか?」
「何言ってんだよ。ここは今日から俺の部屋だ。前の住人は出てったってよ」
ロフンはもう一度「げぇっ」と言葉を漏らした。
「つうか久し振りだよな。いやあ、ほんと大きくなったなロフン」
小さいのをいじる。もちろん、マグルがモッツァ村に帰っていた一か月ぽっちじゃ身長は伸びない。いやそもそも、これからも伸びる気は――。
「うんうん。お前みたいな体の方に栄養吸われたバカはそうでなくっちゃ――。ママとのお別れは済んだみたいだから心置きなく殺れるなぁおい!」
腕を組んで頷く。小さなロフンはそれだけで和やかな雰囲気になる。そこから怒った時の迫力はまあ凄いけど、慣れた。
「慌てなさんなって。メシあるから一緒に食わないか」
何故かサンドイッチが二食分ある。
「サンドイッチは喰ってやる。メシに罪はないがお前に罪はあるぞ。明日からわたしの部屋にまで異臭が来てみろ。お前は陸で溺れることになる。せいぜい綺麗に住めよ」
「分かったよ。飲み物だけ買っていこう」
「絶対に綺麗に住めよ?」
前の宿でのマグルの生活を知っているロフンは、今から憂鬱だった。
広場で熱い茶を買った。ロフンの奢りだ。ロフンがちょこんと座り、面積の少ない膝の上にサンドイッチを置くとまるで巨大に見える。
「むぐ。旨いな。どこで買ったんだ?」
「俺の母親の手作りだよ」
「どうしてこんなに美味いサンドイッチを作れる女からお前みたいなやつが生まれるんだ」
ロスクヴァから貰ったほうは自分が食べた。なんとなく、そうしたほうがいいと思ったからだ。村を出る時にされたことは、まだ自分の中で扱いが分からない。
「なあ。帝国へ行く依頼とか、聞かないか?」
「へなちょこマグルにしちゃいい気概だ。けどお前らのマジックバックを盗んだベリドはもうポ帝都には居ないだろ。わたしだったら諸国連合へ逃げる。あそこは色々と複雑だから、隠れるにはもってこいだ」
「でも探したら居るかもしれないだろ」
「馬鹿だなマグルは」
「なんだよ」
サンドイッチにはチーズがこれでもかと挟まれていて、お茶の消費が激しい。
「わたしはこれから依頼前の話し合いだ。マグルは?」
「俺はどうすっかな。取り敢えず生活に必要なものを買ってくるかな。前の宿を出た時に色々と捨てちまったし」
「洗剤を買えないくらいなら餓死を選べ。それから部屋を掃除する道具もな」
ロフンがうるさいので、まずは石鹸を買いに行くことにする。
*
次の日は依頼を見に行った。しかし国境近くまで行く依頼はあれど、帝国へ行く依頼はない。
そもそも、そこまで遠征する場合はパーティが必要になる。マグル一人ではどの道受けられない可能性が大きい。パーティ募集の掲示板を見てみるが、いつも通り閑散としていた。今さら初心者パーティに入ってもな。ギルドの覚えは良くなるかもしれないけど、さすがにちまちました依頼ばかりやっていられない。
「どうするかな」
こんな時ウバソに聞けば、酒代は取られるが情報はくれた。それが見当はずれの時もあれば、役に立つ時もあったのは確かだ。あいつは変なところで情報通だったから。
受付に立っているピスタが頬杖をついて暇そうだったので、ダメ元で聞いてみる。受付に居るなら、ピスタも色んなパーティの話を聞いているかもしれない。
「ああ。マグルさんこんにちは。依頼ですか」
「そうなんだけど、帝国へ行く依頼を探しててさ」
「帝国へ行く依頼ですか……」
「まだボードに張る前のとか。あるわけないよな」
「ボードにあるのは全部ですよ。基本的に。依頼があったら最優先で張り出すので。でも昨日、隣の受付でそんな話をしていたような」
「まじか、その話聞かせてくれ。頼むよ」
お願いするとピスタは打算する様子もなく、受付をした人間に聞きに行ってくれた。
「郵便配達人の護衛依頼ですね。受注したのは二人組のパーティだったそうです」
「助かる」
どこにいるか分からないパーティを探すより、郵便屋に直接聞いた方が早い。そこで了解を得てから、パーティに参加できないか交渉しよう。




