第0話 あの「日」
――物語より五年前。
ビレステは夕方までに遊びをやめ、孤児院に帰らないといけない。ボラさんに怒られるからだ。
花を結んだ草の冠はようやく半分を過ぎたところだ。ちょっと手首が疲れてきた。
影が長くなると、地面が見辛い。
手をぷらぷらと揺らして、それから目元を擦った。
ビレステは空の色を確かめるので、首を上に向ける。夕焼けを見て、自然と唇がぶすっと尖った。
あれ?
何かを見つけたのか、目が丸くなる。
いつもは一つの太陽が、二つあった。
一つは見慣れた夕陽で、その横で妹みたいに一回り小さい大陽が並んでいる。土混じりの指でまた目をこする。余計見づらくなるけれど、ビレステは気にしない。
まだ太陽は二つあった。
「あれなんだろ。……ボラさんに教えてあげよっ!」
早く早く。
走り出す。
孤児院に着く頃には、花冠がどの段階で手を離れたのか、どうして作っていたのか思い出しすらしなかった。
「お帰り、ビレステ。地震かしらねぇ」
地面が振動し、びりびりと空気が震えた気配がした。屋内にいるボラには、気のせいかもしれない。という程度だった。ビレステは夢中で走っていたので気付かない。
「ボラさん。太陽が二つあったよ」
「夕日?」
「そう。二つだったの」
「どんなのだった?」
「夕日みたいだった。でも色はもっと赤いの」
想像力が豊かねぇ。ボラさんは抱いている子供を、よっこいしょと抱き直す。
ビレステが触れようとして、手を洗ってからにしなさいと避けられる。
「凄い魔法使いがいるのかもね」
内緒話をするようにボラさんが言うせいで、ビレステはどうしてかドキドキした。
「魔法つかってみたい!」
「教えてくれる人が居たらいいのだけど。あ、最近引っ越してきた人でね。凄い人が居るらしいのよ。お忙しいでしょうけど頼んでみようか」
ビレステはボラの周りでトタトタ小躍りをする。
夕飯が茄子の入ったシチューと聞いて、その動きはぴたりと止まった。




