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3-14 残響と理由、舞台裏

「小宮…オル…」


城の地下深く、その鋭い指は柱に深く食い込み、やがてそれを粉砕した。


(この程度のことで心を乱されるか…。儂もまだ演じ切れてはいないな)


英雄であり、弟であり、上司でもあった男の結末を見届けた魔王は呟く。


(お前たちは結局最後まで、知らないままだったのか?)


彼女の居場所を作るのだと息巻いていた青年の顔を思い出す。

しかしそれを誰かに話したところで、この物語の結末が変わることはなかっただろう。

お互いがお互いのことを想い、掛け違ったまま終わった悲劇。

カインは英雄の前日譚にそっと蓋を閉じた。


(それはそれとして)


目の前に浮かぶ、青白く揺らめく炎の塊を眺める。

それは賢者から取り出したマナの核。

その場では食らったようにしておいたが、器を測るためのデモンストレーションとして見せたに過ぎない。

想像通り、相手は顔に絶望の二文字を書いて貼り付けたような、悲嘆を晒していた。


(しかしこれはどういうことか)


魔王が注視したのは、その核のサイズだった。

『賢者』と言うくらいなのだから、さぞ規格外なのだろうと想像していたが、蓋を開けてみれば一般の人間のそれと変わらない程度。


(何か秘密があることに間違はない。そしてそれが前提になった場合、あの絶望が演技であったということになる。つまり…)


—-


翌日、ロイは賢者に付き添って、アベルの屋敷から荷物を引き上げていた。


「お、来たのじゃ来たのじゃ」


外壁にもたれ掛かっていたキリが、とことこと近づいてくる。

アベルの妻たちも、執事ももうここには居ない。


「お…おまえどこ行ってたんだよ」


放送局の一件以来、姿をくらましていたキリの登場にロイは驚きと呆れを込めて言った。


「儂も良く分からんのじゃが、放送局の後に気づいたら城におっての」

「城?魔王城のことか?」

「そうじゃ。ミルルと共に我が主から呼び戻されたのじゃ」

「ミルルちゃんとも一緒に旅したかったな〜」

「あいつなんぞ、いらんいらん!」


ロイは、事情を知っている風の賢者に疎外感を感じつつ、キリの姉のことを思い出す。

ミルルは魔王城に一旦残ることになったとか。


「もう、おまえは正常なのか?」

「正常?なんのことじゃ。妙なことを言うでない」

「あー、キリちゃんも魅了されてたんだっけ?」


ことの顛末を知らないキリを置いて、ロイはふと物憂げに呟く。


「…なんで」

「ん?」

「なんでおれたちは、転生者を殺すんだ?」


初めて目の前で行われた転生者の討伐。

ロイはそこに『理由が必要かもしれない』と考えるに至っていた。


アベルは、自身の名声を得る為だけにオルに命じて殺戮を行い、そして人々の思考すらも支配した。

人の命を物とも思わないからこそできる悪魔的所業と言っていい。


しかし、ロイはアベルという人間を知ったことで、彼が自分たちと同じように、人としての感情を持ち、話し合う余地もあったのではと思った。

時には賢者を庇い、オルに対しては愛情のようなものすら感じられ、最期には、利己的な考え方ではあるものの、魔物化した自分が人々を殺してしまうことを危惧して、自らの命を奪えとまで言った。


しかし賢者は、ロイの疑問を晴らすほどの言葉を、与えることはなかった。


「迷惑だからだよ」

「…迷惑、だから?」


その言葉の意味を理解することに、時間がかかりそうな様子で顔をしかめたロイを横目に、微笑んでみせる賢者は静かに思う。


(本当の理由を言っても、ロイくんにも。誰にも、分からないから)


その後、商い通りの冒険者ギルドに顔を出してみれば、いつものように賑やかなやりとりが飛び交っていた。

今やアベルを狂信的に崇拝していた者たちは、一人も居ない。


「…当たり前か」

「みんな口から泡吹いてておっかなかったね」


その代わりなのか否か、彼らは賢者を見るなり、興奮気味に取り囲んできた。


『賢者様ー!都市を救ってくださりありがとうございます!うちの商品全部タダでいいですよ!』

『もう役所行きました?賢者様の銅像を建設するって話!』

『賢者様、うちの子供のこと撫でてもらえますか?あ、私は撫でさせてもらってもいいですか?』


次々とかけられた言葉に賢者はにこにことしながら、子供を撫でたり頭を差し出したりと、忙しなく対応する。

ようやく落ち着いたところでカフェに通され、『賢者様御一行』のテーブルに三人で座る。


「気分がいいの!!!」

「キリちゃんも私のこと、少しは見直したでしょ」

「ふむ!サスケンじゃ!」

「えへっ!」

「なんかそれだと『優遇席に座れてすごい!』位にしか聞こえないんだが」


賢者の実力に対して不信感を募らせていたキリだったが、今回の一件を通して、彼女が成した結果に評価を改めたらしい。


耳を澄ませば、冗談混じりにニュースを報じる配信者たちの声が、投影機から聞こえてくる。

アベルの投影機は誰が引き継いだのか、彼の死後も運用される様子。


『皆さんこんばんは!引き続きハールーンとメッチでお届けしておりまっす!ーーメッチさんメッチさん、今日のビッグニュース、聞きました?』

『何を?』

『ちょっとちょっと!っていうか片方は、昨日一緒に配信してたっしょ?!忘れるのどんだけ早いんですかー?今話題と言ったらひとつ、いいやふたつしかないでしょー!?』

『いいからはやく教えてよ』

『まずこれはもう賢者様!。マジで神、マジサスケン!英雄もどきを花嫁衣装で成・敗!これにて商業都市の平和は守られましたって話!更に賢者様の花嫁姿には、熱狂的なファンが爆増中!』

『なるほどねー。人間にしてはやるよね、うんうん』

『おいおい、どっから目線ですか?ま、と言う訳で、今の失礼発言はカットなんですけど、賢者様サンキューってな具合で、商業都市の皆さんは、賢者様記念祭と賢者様記念日をなる早でご用意ください!』

『ぬいぐるみ目線だけど?』

『何?ま、次の話いきまっすね!』


ぬいぐるみのメッチと、ゴーグルをつけた褐色の男ハールーンの軽妙なやりとりが映し出される投影機。

それに合わせて周囲のテーブルからはサスケンコールが沸き起こり、賢者はにこにこと手を振っている。


ーー自分たち以外に、アベルが転生者だったことを知る者は居ない。


結果『英雄を騙った犯罪者を賢者が成敗した』と報じられており、ロイにとってみれば違和感のある内容だった。


「私たちの戦いは、これからも舞台裏でのやりとりになるんだろうね」


世間との認識の乖離、それを冷めた表情で評する賢者。


「むしろアベルが転生者だったことを明かせば、今後は皆の助けを借りられるんじゃないか?」

「敵対してることを転生者に知られるリスクと天秤にかけるとね?」


ロイはなるほどと腕を組む。


『アベルの野郎ときたらほんと許せんよなぁ。死体でもあればおれも一発ぶん殴っときたかったわ』

『そりゃそうよ。おれの嫁もあいつに狂わされたんだぜ』

『それはシンプルにお前がアベルに負けたって話で良くね?』

『はぁ?!』


隣りのテーブルの男たちが軽口を交わしている。

皆が魅了されていた間の記憶を持っており、しかしそれがアベルの権能であったことは認識できていない様子。結果、一時の流行に翻弄された気の迷いとして、各々の中で処理されたらしい。

そして彼らの話題は次へと移る。


『で!ふたつ目、メッチよろっす』

『なんで私が』

『あ、無理そうなんで私からいきまっす。という訳で、次の話題はコチラ!王都を出発してから、はや一ヶ月。勿論忘れてないですよね?皆さん』

『さっさと本題いけってば』

『まあまあ!こういうのは盛り上げが大事でっすよねー?』

『勇者が帰ってきたんでしょ。うんうん』

『おいおい!取らないでくださいっての!そうなんですよー。魔王討伐に出てた勇者様が遂に戻って来ましたって話!』

『無事に魔王を倒して帰ってこれたんだね。おかえり』

『知ってました?あれから魔物の襲撃いっっっさい無いんですよ!それってつまりー?そういうことっすよね!』

『勇者もやるね。人間にしてはだけど』

『出たよー、だからこのぬいぐるみは、どんな高みからモノ言ってるんですかって話!』


配信を聴きつつ、テーブルに突っ伏したまま、賢者がもぐもぐと口だけを動かす。


「現実は、魔王ちゃんはピンピンしてるし、こっちは勇者以外全滅したんでっすけどねー」

「世の中的には、勇者が魔王を倒したってことになってるのかよ…」


野営地での最後の情景を思い起こすロイ。

魔王討伐の最終局面へと移る直前に、兵士たちが毒で倒れ伏し、肝心の勇者は、何故か自分たちに剣を向けていた。報じられた内容が事実とは正反対であることに、怒りが湧いてくる。

そして違和感もあった。


(おれたちは敵前逃亡の罪で、指名手配になっててもおかしくないんだよな。どうして…)


「あ!今、思い出したけど。ロイくんも見てた?あの女、王様と一緒に結婚式来てたよね!すました顔して!そんで私のことずっと睨んでたの!ちょっと漏らしちゃったよ!」


おどけた様子で勇者を『あの女』呼ばわりする賢者と、横でそれを聞いていたキリが


「勇者と言えば、我が主の敵という話よな?」


と、可愛い顔に悪辣な笑みを浮かべて、違う方面にやる気を出している様子で細く短い指を鳴らす。

ふと思い出したように賢者がロイの顔を見る。


「ロイくん、ちょっと壁打ちに協力してもらえるかな?気になってることがあって」

「なんだ?」


賢者はロイを使って情報の整理を行うことがある。

『壁打ち』という表現には非道さを感じるが、ロイはそれが彼女に閃きを与えるきっかけになることを知っていたから、むしろ価値のあることとして捉えている。


「テラドナちゃんは何狙いだったんだろうねって」

「結局、最後も途中で逃げちゃったな」

「んも、ロイくんが捕まってたときに、ちゃんと聞き出してくれてればなー」

「や…いやいや、あのときはそんなの許されなかったんだって…。テラドナの目的は…魔王と同じじゃないのか?」

「自己防衛の為の同胞殺しね。魔王ちゃんは自分の安全を守るためって言うのは、あんな状態だったから分かるけど。テラドナちゃんは好戦的だったからね〜。イケイケドンドンだったし」


(…あんな状態って、どういうことだ?)


「商業都市をアベルから解放するのが目的ではなかった。アベルを倒せるなら誰でも良かったから途中で離脱した…それくらいしか情報ないんだよねー」

「転生者問わず、アベルは危険な存在だった。もしあいつを支持する人間がこの後もどんどん増え続ければ、世界全体をあんたが言う『舞台』にされて、手遅れ。なんて未来もあったんじゃないか?」

「それはそれで大変なことだけどね。知らない間にアベルの手のひらに乗ってました〜なんて。でもテラドナちゃんのメインの目的はそこじゃないような…」


結論は出なかった。


「転生者と戦う上で、同じ転生者が共闘してくれる状況は、私たちにとってはむしろ感謝しかないんだけどね!」


賢者が話の区切りを作ったところで、突然投影機の音が途切れ、緊急速報が割り込む。


『王都政務院より、布告いたします』


真っ白な画面、もうハールーンたちは映っていない。

酒場内に緊張が走り、皆が投影機に注目する。


『国王陛下は御身の療養のため、しばらく公務を控えられます。城門の警備はこれまで通り維持されるため、混乱せぬようご留意ください』


騒めく酒場。

王が何らかの理由で倒れたのだと、誰もが思う中ーー

賢者だけは歓喜の声を上げた。


「おー、これは始まっちゃうねー!」

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