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012 ドット家の養女

 ウィリアムのオートナム行きは、側室受け入れ準備で一時は止んでいた。ところが、ウィリアムが再びオートナムに向かった。側室に上げる事が決まったのだから、少しくらい我慢できないのかと私は思った。


(これからは、毎日会えるでしょうに?)

 だがその理由は、早朝に届いた父であるフォースリア公爵の手紙で知る事になった。


『新しい側室は、ドット領のドット子爵の養女となる事が決まったそうだ』


 父の手紙によると、側室に上げる事が決まってから内密に進められている話だったそうだ。オートナムはドット領である。父はその娘とドット子爵との関連を疑い、調べていて分かった事だそうだ。


 よくここまで隠していたと思った。側室の地位を固めるため、養子縁組を行う事がない訳ではない。だが、町娘を養女にして側室に上げたとしても、生れた子は庶子と変わらない扱いだろう。養子縁組した貴族家には利がないではないか。普通ならそう考える。


(ウィリアムが強行したのかしら)


 務めて冷静になろうとしたが、これも思ったより私に衝撃を与えた。そこまでして側室に、立場を与えようとしている事に驚いた。王の子とはいえ、王妃の子がいれば王位に就く事はできない。側室として十分な待遇があればそれで良いのではないだろうか。


 政略ではなく、純粋に王の気持ち一つで側室になる娘なのだ。ビアンカやアリアドネと同等であるというだけで、娘にとっては得難い誉れだろうに。


(まだ王宮に来る前から、こんなに私を苛立たせる事ができるなんて……)


 星の宮の西宮の改装は急ピッチで進められていた。通常は側室の実家が行う事だが、今回はすべてマクレガー子爵の采配している。費用はもちろん、ウィリアムの私費を投じている。マクレガー子爵は、私と会うと申し訳なさそうな顔をして、そそくさと逃げ出してしまう。本当はもっと情報収集しておきたいところだが、私自身もそれは気が進まなかった。


 ドット家との事も知らない前提なので、こちらから先に何か言うのも癪に障る。


 でも、とうとうウィリアムの口からドット家の話が出た。オートナムから戻った翌朝の事だった。朝食を共にするとはいえ、朝からこんな話は聞きたくなかった。


「実は、オートナムから迎え入れる側室だが、ドット家と養子縁組する事になった。自領の娘なので、色々と気を配ってやりたいとかで、ドット子爵から是非にと申し入れられたのだ」


(まあ、嘘ばっかり……!)


「私は特に身分などは気にしていないのだが、せっかくなので許可する事にした」

「……そうですか」

「縁組後は、フローリア・シン・ドット令嬢となる。そなたもそのつもりでいてくれ」

「わかりました」

 私は、目の前のサーモンを切り分けるのに集中した。


「そこで、だ。デビュッタントを行おうと思う」


(はい?)


「令嬢は今、ドット城で行儀作法や貴族の歴史などについて学んでいる。養子縁組後にお披露目をする事はよくあるではないか。せっかくだから、城で彼女のデビュッタントを行おうと良いと思うのだが……」


(あり得ない…。そして、令嬢ですって……?)


「その場合は、縁組したドット家が行うのが筋ではないでしょうか」

「まあ、確かにそうだが。しかし、もう側室に上がる事が決定しているのだ。どちらがやってもいいではないか」


 私は言葉が出なかった。だが、黙っていては承諾と見なされる。


「フォースリア公爵家に話をしなければなりません……」

「……そんな、必要があるのか?」

「ありますわ。今回の事はムーンガーデンを賜ろうとした事から始まって、何もかも異例の事ばかりです。このままフォースリア公爵家は黙認しなければならないのでしょうか」


 本当はこんな事は言いたくなかった。だが放置していては、いい結果にならない事がよくわかってきた。


「公爵家の力、でねじ伏せようと言うのか……」

 ウィリアムが冷たい視線を私に向けた。こんな目で見られるのは初めてだった。私は少し怯んだが、姿勢を直してその視線を受け止めた。


(私は王妃で、王子の母なのだから)


「ねじ伏せなければならない事が……おありなのですか?」

 暫くウィリアムは黙っていたが、突如席を立った。

「……今日はこれで失礼する!」

 彼なりに堪えたようだ。無言で立ち去る無礼はされずに済んだ。


(また、心臓の音が早くなってきたわ……)

 私は自分の胸を押さえて、息を吸いじっと耐えた。


 オートナムの娘の事があってから、私とウィリアムはうまく行かない。元々仲の良い夫婦であるともいえないが、少なくとも信頼関係はあったはずだ。なのに、彼女の事になると必ずこうして口論になる。そして、云いたくない事を言わなければならない。嫉妬しているわけではないのに、夫には激しくけん制される。


(自分がどんどん嫌な女に思えてくるわ。王妃でなければ、そんな娘のデビュッタントなど、本当はどうでもいい事なのに)


 私は今朝の事について、急いで実家の公爵家に手紙を書いた。マチルダに直接公爵への使いを頼んだ。


(お義母様にも面会しなければ、ね)


 マーガレット王太后は、王宮とは少し距離のある離宮に住んでいた。現王妃の治世に影響しないように、先の王妃は離宮に移り住むのが慣行だったからだ。馬車を走らせ王宮の森を抜けるとそこに離宮がある。


「どうしました、ソフィア王妃。あなたから訪ねてくるなんて。いつも私から声をかけてばかりだったから、今日はとても嬉しいわ」

 少しばかりの皮肉が、この方の挨拶の特徴だった。


「ご報告しておかなければならない事がありまして」

「なあに?」

「陛下が新しい側室を迎えられます」

「……知ってるわ。ウィリアムから聞いたもの。あなたも大変だけど、良くしてあげて頂戴」

 夫に先回りされたようだ。


「ムーンガーデンを賜りたかったそうです」

「え?」

(それは言わなかったのね)


「陛下はムーンガーデンを与えて、王妃宮のボール・ルームでお披露目をされたかったようですわ。お披露目の準備をするよう、仰せつかりました。その件はお断りしましたけれど」

 義母が顔色を変えた。解ってくださったようで良かったと思った。


「フォースリア公爵家では何と?」

「父は何も」

「……そう」

「それから、ドット領のドット子爵家と養子縁組されるとの事です。そのためのお披露目と側室としてのお披露目を兼ねて、王宮でデビュッタントをお考えのようです」

 義母は扇いでいた扇をパチンと閉めた。


「ソフィア王妃……、知らせて下さってありがとう。離宮にいるとなかなか情報に疎くなるものね。これからも、色々とお話して頂戴。それと……私はフォースリア公爵家の忠義は忘れていなくてよ。あなたもよく覚えておいて」

「ありがとう存じます」


 義母はウィリアムの状況を察したようだった。これで何が変わるわけではないが、先に手を打っておいて損はないはずだ。


(夫の新しい妻のお披露目など、私でなくともしたくないはずよ……)
























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