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コミカライズ開始&書籍2巻発売記念/冥府の元王女-⑨

 夜通し歩き続け、玄霧谷の村には明け方近くにたどり着いた。

 入口付近で寝そべっていたスライムを叩き起こして医師の屋敷に案内させる。

 門の前で名前を名乗ると、中から輝く銀色の髪と真紅の瞳を持つ美女が現れた。


「おや。人間の女とは、珍しい患者だな」

「こんな時間に悪いわね。アシュレイの紹介で来たわ。あなたが医師の吸血鬼ね?」

「真っ昼間に来られるよりよほどいいさ。それよりアシュ坊の紹介だって? もしかしてあの子の番か?」

「違うわ。彼がやっているバーの客よ」

「ふぅん? まあいい、入ってくれ、私はヴィオレッタだ」


 吸血鬼の病院ということで少し身構えていたアクアマリンだったが、案外きれいな診察室に安心して一連の経緯を説明する。


「――そういうわけで、ガイルが魔王を襲ったのは溶け出した鉛のせいだと思うの。医師としてどう思うか聞かせてほしいわ」

「ふむ、話はわかった。聞く限り、それは鉛中毒とみていいだろう」

「鉛、中毒ですって?」

「そう。これは東洋の医学書だが、鉛は酸性の液体と反応して有害物質に変化すると書いてある。要するにワインの酸味と鍋やジョッキの鉛が反応したんだ」

「そういうからくりだったのね……」


 ヴィオレッタは分厚い本を開いて机に乗せる。

 アクアマリンには読めない異国の文字だが、鉛中毒が起こる状況や症状について、ヴィオレッタが説明してくれた。


「軽度の場合は無症状だ。時間をかけて体内に鉛が蓄積すると、頭痛や食欲減退、貧血といった症状が現れる。人格の変化も典型的な症状だ」

「人格が変わる……!」


 少し前から体調不良が続き、突然人格が変わったようになって魔王に襲いかかる――。まさにガイルに当てはまる症状だった。


「鉛の蓄積は魔族の場合体重に反比例するようだ。酒場で喧嘩している小型たちも中毒を疑ったほうがいいだろう」

「アシュレイに問題のワインを分けてもらってきたの。飲んで……飲めるかしら?」

「寄越しなさい。私はアシュ坊と違って悪食だからな」


 ヴィオレッタは妖艶に口角を上げ、一気にワインを飲み干した。色白な喉がこくりと上下する。


「……なるほど。言われてみれば鉛の味がする」

「吸血鬼族は、普段あまりワインは飲まないのかしら?」

「酒を嗜む者はいるがワインは不人気だ。あの色を見ると、どうしても血が飲みたくなってしまうから」


 血と言葉にした瞬間、ヴィオレッタの瞳が怪しく光った。


「おまえの血は旨そうだ。一口くれないか? つまりおまえはガイルを救うために、私に陛下の前でこのことを説明してほしいのだろう。血をくれたら協力しようじゃないか」


 冷たい手をアクアマリンの顎に添え、ヴィオレッタはうっとりと首筋に視線を這わせた。


「……悪いけど、血はあげられないわ。見返りについては魔王に交渉して。そのほうがきっといいものをいただけるわ」

「残念だ」


 断られるのが分かっていたように、ヴィオレッタはあっさりと引き下がった。


「無理強いしてアシュ坊に怒られても困るからな。陛下におねだりできる機会もそうないし、おまえのことは諦めよう」

「……アシュレイはそんなに面倒な吸血鬼なの?」

「面倒というか……あの子がうちの一族の次期当主だからな。バーにいないときは屋敷で目をこすりながら一丁前に仕事してるはずだよ。なんだ、初めて知ったのか?」

「知らなかったわ」


 いつも静かにカウンターの中で仕事をしているアシュレイ。愛想はないが行き届いた接客はちょうどよく、若そうなのにやるわねと思っていたが、次期当主のエリート坊ちゃんだというなら納得だ。

 今度お坊ちゃんと声をかけてみたら、あのクールな表情を崩せるだろうか?


 ヴィオレッタが立ち上がり、銀糸のような髪がさらりと揺れる。


「今から城に行くか? 時間がないんだろう」

「ええ。感謝するわ、ヴィオレッタ」


 ――そうして三日目の朝。

 期限ギリギリの時刻に、アクアマリンとヴィオレッタは魔王城に帰り着いていた。


最終話は4/30更新です。

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