5
「ダリ」
科戸がダリを呼ぶ。
ソロの意識が舞台に引き戻される。
見れば、科戸がダリのそばで何かを呼び掛けていた。
はっとして目を見開く。
ダリの額から流血の痕が消えていた。
「今の一発で少し目が醒めただろう? いつも通りやってくれ。残り十二人。標的は後方に集まっている。標的付近の座席を伝える。君は記憶している顔を探して」
「いいかい?」と念を押す様に問われると、生気のないダリの瞳がゆっくりと一つ瞬いた。
ダリが生きている。
科戸とのやり取りを見て、ソロの胸に希望が灯された。
声をかけなければ。
何でもいいから何か。
思って口を開いた、
その時。
「Z-三」
科戸の声に銃声が続いた。
銃声と同時、ダリが大きく震える。
火薬の臭いが鼻を掠める。
ダリの前髪の隙間から赤い筋が垂れていく。
「は」
目の前で撃たれた。
「……ダリ?」
ダリは遠いどこか、一点をじっと見つめている。
見つめていたのだと思う。
ソロは叫んでいた。
腹の底から湧き上がるわけの分からない激情に身を委ねる。
越えられない仕切りに拳をめちゃくちゃに打ち込む。
ぐにゃり。
視界が歪んだ。
熱い涙が頬を濡らしていた。
「あちゃー、ごっめん。タイミング早過ぎた」
千々になった思考を結びつけたのは斑の声。
荒い呼吸に肩を上下させながら、彼女を睨み付ける。
斑は手の中で銃を転がし笑っていた。
それを受けた科戸も涼しい顔で応対している。
なに笑ってるんだよ。
ぎりっと奥歯を噛み締める。
どうしてダリを。
そう声を上げようとして――できなかった。
「せめて一拍待ってあげて。ダリが困るだろう。ね?」
科戸のその言葉を耳にして、ソロは一時固まった。
恐る恐るダリを見る。
白い顔から血筋が消えていた。
赤い瞳がぱちりと瞬く。
生きている。
理解して、心臓がバクバクと走り出した。
毛穴から冷や汗がどっと噴き出す。
死んだと思った人間が生きている。
恐らく無傷でそこにいる。
弾丸は確実に彼の脳を抉ったはずなのに。
「次、Z-十二」
ソロが放心している間にも、科戸はダリに告げる。
一拍の間。
斑が拳銃でダリを撃つ。
ダリは目を細めて絶命する。
「やめろ」
ダリが瞬きをする。
科戸が指示を出す。
斑がダリを撃つ。
「やめろっ!」
異常な状況を前に、ソロは声を嗄らす。
仕切りに手を着き項垂れる。
膝が折れ、その場にへたり込み、涙で床を濡らした。
その間何度銃声を聞いたか分からない。
何度友人が殺されたか分からない。
殺されて、
生き返って、
殺されて、
生き返って……。
その繰り返しの果てに、科戸に「ソロ」と声をかけられた。
「後ろをご覧よ」
「……」
動けなかった。体が重い。目頭が熱い。なのに頬はひやりと冷たい。全身が寒さで震えを帯びている。ぐわんぐわんと脳内で痛みが脈打っている。
「てんめ、科戸が見ろって言ってんじゃん」
斑の声がしたと思ったら、胸ぐらを掴まれ無理矢理立たされた。「顔きったな!」と笑われたかと思えば、体ごと客席の方に向けられる。
ソロの全身を音の波が包み込む。
目の前は地獄と化していた。
怯えて泣きじゃくる人々。
逃げ惑う人々。
大きな体を小さくして椅子の影に隠れる人々。
相変わらず出口を叩き喚き散らす人々。
そして、会場内を点々と汚す血痕。
血に塗れ倒れ伏す人々。
それを嗤う人々。
恍惚として舞台を見つめる人々。
会場内はめちゃくちゃだった。
言葉を失った。
凄惨な光景に心を潰されたからではない。
目視した限り、転がる死体は皆頭部に穴を開けていたからだ。
「皆様、大変失礼いたしました」
マイクを通した科戸の声。
客席の視線が科戸に吸い寄せられていく。
ソロのそれもまた同様だった。
「オークションの途中ではありましたが、会場内に消去対象を複数確認いたしましたので、実演がてら急遽対象の消去を実行いたしました。事前にご連絡することができず、不快な思いをされた方もいらしたことと存じます。誠に申し訳ございません。しかしながら、オークション開始時に注意喚起をしておりましたので、どうかご了承いただけましたら幸いです。
さて、六人目の狗はいかがでしたか。彼の呪いは傷や痛みの”転移”。自らが受けた傷や痛みを他者に移すことができます。その能力に制限はなく、彼は今やったように何度でも死に、何度でも生き返ることができるのです。……今のところは、ですが。
殺傷能力に長けた大変魅力的な呪いを宿すこの狗を、お手元に置きたいと願われる方はいらっしゃいますでしょうか」
科戸が言い終えると、沈黙が場を支配した。
刹那。
人々が一斉に、各々が出せる最高金額を叫び始める。
一人が突出した額を言えば、別の者がそれを必死の形相で越えていく。さらに別の者がより高額を言い渡せば、また別の者が僅かにそれを上回る。その過程を幾度も繰り返す。
「あんた買わないの?」
客席を見て未だぼんやりとしているソロに斑が言う。
ソロがのろのろと視線をやると、彼女は眉間に深いしわを刻み睨みつけてきた。
「僕は……」
「別に買わないならそれでいいけど。あんたみたいななよーっとした奴にどうこうできるほどダリの呪いは甘くないし?」
「ダリを撃った君を許さない」
「……はあ?」
嘲る様だった彼女の瞳に剣呑な光が灯る。
ソロは正面から視線をぶつけ、先より強く言い切った。
「ダリを撃った君を許さないって言った」
「てめえ、何様のつもり? 許すとか許さないとか言われる筋合いないですけど?」
「あるよ」
「は? おい」
斑との会話を切り上げ、ソロはダリを注視する。
赤い瞳は頑なに閉ざされていたが、僅かに上下する胸部の動きから生きていることを再度確認した。
次に科戸を見上げる。
それに気付いた彼からも視線が返される。
「三億だ!」
「三億五千万! 素晴らしいショーだった!」
「ぜひ私に! 上手く使いこなしてみせる!」
「四億! もっと出せるわ!」
「十億ならばどうだ!」
飛び交う巨額は想像もつかないほどに膨れている。
それを大きく上回らなければ、この応酬が止むことはないのだろう。
ソロは挙手すると、周囲の騒音に掻き消されながらもしっかりと金額を告げた。
科戸がマイクを構える。
「……皆様、只今落札金額が決定いたしました。
五十億です。おめでとうございます」
諸々の説明は今後の話の中で出てきます。
挿絵なども入る予定なので、ちまちま描き進めていきたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




