防がれることのない戦争
01
エスメロード・“ニアラス”ライトナー一等空尉が前世で生きていた世界。要するに地球から見ればこちらは異世界と言える。
文明レベルや歴史の流れという意味においては、地球とこの世界は大差がない。
相違点があるとすれば、それは国際関係だろう。
大きな特徴は3つ。
1 地球と違い、全ての大陸がかつてのパンゲア大陸のように繋がっている。
最大の大陸は北半球を股にかけるフランク大陸。
世界の主要な国家ほとんどは地続きである。
2 アメリカに相当する超大国がこちらの世界には存在しない。
よって圧倒的な軍事プレゼンスによる平和の維持は不可能。
国家間戦争や国境紛争が絶えない。
(フォークランド紛争レベルの争いなら5年に一度のペースで起きている)
3 マイクロマシンやバクテリアによる放射能粉じんの除去技術が確立している。
核爆発が起きたとしても、放射能レベルを半年ほどで安全域まで下げられる。
つまり、抑止力として核兵器は大して有効ではない。
つまり、地球と同じ西暦2010年代ではあるものの、全く違う世界構造を持つのである。
地球では非対称戦争が常態化しているのに対し、こちらでは紛争の当事者は国家同士であるのだ。
正規の軍隊同士の衝突など、珍しくもないのである。
そのため、国連に相当する期間は存在しない。
国家間の利害関係が複雑で強制力を持ち得ないため、存在する意味がないからだ。
軍事力、経済力、工業力。純粋に力こそが国家主権を担保すると言える世界なのだ。
後にデウス戦争と呼ばれる、デウス公国の軍事侵攻に関してのいきさつは以下の通り。
フランク大陸西方に存在するデウス公国およびヴェステンレマ帝国は、強大な軍事国家として東のユニティア連邦と領土拡張を競っていた。
しかし、両者の緊張関係はついに臨界に達する。
2005年1月。
フランク・レーマ戦争開戦。
当初は技術力に優れたデウス、ヴェステンレマら同盟国がわが圧倒する。が、周辺国はことごとくユニティアに味方し、連合軍として参戦したため包囲されてしまう。
2006年8月。
連合軍の兵糧攻めに屈した同盟国がわは、講和に応じざるを得なくなる。
マートラッド条約である。
ヴェステンレマ帝国は、帝国の構成国だった国家の独立を許した他、周辺国への領土の割譲も承諾する。
これにより、領土の7割を失陥する。
併せて共和制に移行。
デウス公国は、公爵君主制の存続こそかなったものの、やはり領土の5割が独立もしくは割譲によって失われることとなる。
両国はそれでも戦後政策によってなんとか復興していく。
が…。
「次に、為替と株の動きです。
先週に続き、下落が続いています」
2008年9月。
ユニティアでの株価暴落を震源地とする、世界的な経済恐慌が発生。
2010年。
金融緩和政策によって景気を維持していたデウス公国の経済は、破綻状態となる。
「完全失業率は20%を突破しています!」
「政府の雇用政策はどうなっているのですか!?」
「公共事業の拡大では富は分配されません!ごまかしだ!」
時のデウス政府に対する不満は強まっていく。
また…。
「アキツィアで膨大な地下資源が発見されただと?」
「我が国の企業を採掘に参加させないというのか!」
「約束違反だ!」
マートラッド条約で割譲された領土から膨大な量の地下資源が発見される。
条約に付随する協定では、それらの地下資源の採掘はデウスとの共同事業という約束がなされていた。デウスの強硬派を説き伏せ、講和を成立させるための妥協点だったはずだった。
それが反故にされ、デウス公国は地下資源に対する権益を主張できなくなった。
これによって、デウス国内の周辺国に対する感情が悪化。
2012年6月。
デウス公国国政選挙において、国民の不満を吸収する形で極右政党であるデウス国家社会党が議会の単独過半数を獲得。
軍備拡張、領土回復路線が執られることとなる。
2014年3月。
デウス公国政府は、マートラッド条約の破棄を正式に宣言。
禁止されていた潜水艦や戦車、爆撃機などの開発、購入を開始。
軍拡路線を強硬に進めていく。
これに応じて周辺諸国も軍拡を始め、緊張が高まる。
2016年10月。
「条約は無効という判決が出たぞ!」
「あそこは我々の土地だ!」
「デウス公国に栄光あれ!」
デウス公国最高裁判所は、マートラッド条約に基づく領土の割譲は連合国による欺罔によって結ばれたもので、無効であると判決。
すでに予算や人事権を政府に握られ、司法の独立が形骸化していた結果だった。
この判決を根拠に、領土を2005年以前に戻すべく、デウス政府は活動を開始していく。
2017年12月24日。
デウス公国全土に非常事態宣言が発令される。
併せて戒厳令が布告され、三権が軍の管轄下に置かれることになる。
2018年1月20日
「デウスとアキツィアに不可侵条約だと!?」
「馬鹿な!デウスが狙っていたのはアキツィアの資源のはずだ!」
デウス公国とアキツィア共和国の間に相互不可侵条約が結ばれる。
もちろん、これは真の友好関係を意図したものではない。
アキツィアがデウスの敵にならないようにするための、一時的な方便だった。
2018年2月26日。
ついにデウス公国はユニティア連邦とイスパノ王国に対して戦線布告。
同時に軍事侵攻が開始される。
後に“デウス戦争”と呼ばれる大規模な軍事衝突の始まりだった。
2020年10月28日。
トリジア連邦の紛争地帯。北端の街ミーナス。
マット・オブライアンは、魔法瓶から紅茶を飲み、身体を温めてインタビューを再開する。
「私は当時まだ大学生でした。
今にして思うと、テレビや新聞で報道されるのは連合国に都合のいい話題ばかりでした。
正義の味方の連合が悪のデウスをやっつける、という感じの。
戦場では単純に善悪で割り切れることばかりではなかったでしょう?」
ジョージ・“アールヴ”・ケインは、苦笑いを浮かべる。
「まあ、国民を熱狂させておかなけりゃ戦争なんてできないからな。
メディアも広告収入を止められるのは嫌だから権力に逆らえない。
結果、戦場で起きている悲惨な状況は知らされない。
国民には政府に都合のいい情報しか流されない。
そしてもっとひどい戦いが起きる。国民には秘密で。
悪循環だな」
あの戦争の当事者だっただけに、ジョージの言葉は含蓄あるものだった。
「もし開戦前に全部を過不足なく知らされていたら、国民は戦争のコンセンサスを政府に与えなかったかも知れない。
ジャーナリストとして忸怩たるものがあります」
マットは悔しげに言う。
当時自分はまだマスコミに関わっていなかったという言い訳など何の意味もない。
結局戦争を防げなかったと言う意味では、共犯であることに変わりはない。
「まあ、過去を悔いるよりも、これからどうすればいいか考えてくれ。
そのために、あんたは危険を冒してあの戦争のことを調べているんだろう?
それにだ。恥ずかしいが、あの頃の俺も自分の大義に疑いを持ってなんかなかった。
自分に都合のいいものだけ見て、信じたいものだけ信じていたって意味じゃ、立派な戦争の共犯だったってわけさ。
当時のマスコミや大衆と同じ穴のムジナだ」
ジョージはふっと自嘲的に笑う。
誰しも悔いる過去はある。彼は、過去に縛られることはないまでも、辛いことに違いはないのだろう。
「話を戻しましょう。
アキツィア南部での、アキツィア自衛軍の反攻作戦は成功に終わる。
ほぼ同時期に、ユニティア、イスパノ領内でも反攻作戦が開始された。
そして、三国の間に軍事同盟が締結。連合国が結成された。
そうですね?」
マットの言葉に、「そうだな」とジョージが応じる。
「ユニティアとイスパノだけでも重荷だったのに、デウスは第三の戦線を構築した。
そのツケを請求されたというところだったな。
アキツィアへの侵攻は、デウス軍内部でも反対論が強かったにも関わらず、政府の命令で強行されたらしいからな。
無理が出るのも当然だった」
「デウスが無理な戦線拡大で息切れした時こそ好機。
アキツィアの次の目標は、海上の足がかりとなるサン・オリヴィエ島の奪還だった?」
マットの言葉に、ジョージは無言でうなずく。
「アキツィア侵攻の緒戦、デウス軍は占領を盤石にするために、サン・オリヴィエ島を制圧した。
だが、アキツィアの反攻作戦で南部が奪還された状況では、あの島はデウス本隊から孤立した点に過ぎなくなった。
一方、アキツィアにしても、サン・オリヴィエ島のデウス軍を放置しておいては脇腹を突かれる危険がある。
奪還作戦が実行されることは最初から決まっていたわけだ」
「あなたと彼女も、航空支援として参加していますね?」
「そうだ。
デウス軍のやつら、さっさと撤退すればいいものを抵抗してきた。
長くは持たないし、占領を続ける値打ちなんてないことはわかっていたろうにな。
面子を失うことを怖れた軍の上層部と政治家が、撤退を許可しなかったことは想像に難くない」
苦笑いのジョージは、当時のことを話し始める。




