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 「風が気持ちいいわね」

 「景色もいいだろ?いいところなんだ」

 エスメロードとジョージは、先の作戦の約束通り、デートに興じていた。

 と言っても、アキツィアはいまだ領土の半分を占領されている。

 加えて、いつ戦闘が始まらないとも限らない。

 近場でシーサイドドライブだ。

 「潮のにおいが素敵ね」

 「そうだなあ。生命の起源て感じがするよ」

 二人が乗っているのはジョージの愛車。

 年代物のVWゴルフのカブリオレだ。

 風を吹き抜けていくのが心地良い。

 フューリー基地から少し離れた海岸沿いに伸びる道路を、オープントップのゴルフが走り抜けていく。

 (めんどくさいと思ったけど、デートに応じて良かったかもね)

 エスメロードはそう思う。

 ジョージは尊敬する上官で、自分をパイロットに育ててくれた教官でもある。

 だが、粗野な感じはしたし、軽そうなところもある。

 男として意識した事はなかったのだ。

 (でも、こうしてみるとけっこうイケてるかも)

 風を切って車を走らせる横顔は、荒削りだがなかなか男前に見える。

 まあ、一緒に連れて歩くには悪くない程度にイケメンだ。

 「そろそろ昼時だな。なにが食べたい?」

 「そうね、魚介類がいいかしら」

 アキツィア南部は、海流がぶつかるスポットを臨む。海産物の宝庫であり、シーフード料理が安く美味しいのだ。


 「うん、美味しい。いい海老使ってるわ」

 「それはそうだ。輸入物なんて比べものにならないさ」

 シーサイドレストランに入り、少し奮発していろいろ注文する。

 魚介類のマリネ、海老ピラフ、ペスカトーレのパスタ、ブイヤベース。

 あまりに美味しいので、二人ともつい無口になってしまう。

 「ワインも頼んだらどうだい?運転は俺なんだし」

 「いえ、昼間からお酒は飲まない主義なの」

 車で来ているときは、運転しなくとも酒はやらないのがエスメロードの信条だった。

 まかり間違って飲酒運転で事故でも起こせば、パイロットを続けられないのだ。

 「ジェラートもいけるわね。甘すぎずさっぱりして」

 「このチーズケーキもいいな。

 お土産に買って帰ろうかな」

 食後のデザートのなかなかのもので、二人とも舌鼓を打つ

 これなら、甘いものが好きではない人にも好評となることだろう。

 (お腹がいっぱいになると幸せな気分になる。

 なるほど、デートでいいムードになるってこういうことか)

 今まで親の勧めた縁談で男と二人きりになったことはあったが、ここまでいい雰囲気になったことはなかった。

 (ジョージがいい男だから?それとも、私ってけっこう安上がりな女なのかしら?)

 そんなことを思ってしまう。

 

 帰隊する期限は10時。日が傾き始めたら、帰り支度をしなければならない。

 少しだけ寄り道して、展望台で夕日を見ることにする。

 「すごい…こんなに夕日がきれいなんて…」

 「北部の工業地帯じゃこうはいかないよなあ」

 エスメロードとジョージは、水平線に沈み行こうとする夕日に心を奪われる。

 南部は工業化がさほど進んでいないため、空気が澄んでいるので夕日も美しいのだ。

 なんだかぼんやりとして幻想的な気分になってくる。

 ウミネコが盛んに鳴いている。

 (平和ね)

 今戦争が起きているなんていうことが嘘に思えてくる。

 (でも、ここに現実はない)

 シンデレラの魔法は、12時の鐘が鳴れば解ける。

 その後は、いつもの日常が待っている。

 明日からまた、戦闘機を駆って戦わなくてはならない。

 死と隣り合わせのフライトが自分たちの役目、仕事なのだ。

 (それがわかっているから、一時の憩いを楽しむことができる)

 エスメロードはそう思う。

 「なあ、キスしないか?」

 ジョージが真剣な眼でそういう。

 エスメロードは、切磋に答えることができなかった。

 (あまりにいい雰囲気だし…一回くらいなら…)

 そう思わずにはいられないのだ。

 幻想的な夕日のせいだろうか。

 「いいわよ」

 そう言ってエスメロードはジョージに向き合う。

 そして、ゆっくりと瞳を閉じる。

 「んん…」

 「ん…」

 軽く触れあうだけ、それだけのキス。

 (どうしよう…なんだかすごく甘くて幸せ…)

 身も心もぽーっとなって、どうにかなってしまいそうだった。

 ジョージがゆっくりと唇を離す。

 (…?)

 その時、エスメロードの脳裏になにかがよぎった。

 (前世の記憶…?)

 前世、21世紀の日本で“エースガンファイト・ゼロ”をやり込んでいた時の記憶が、一瞬戻ったような気がしたのだ。

 とても怖ろしく、悲しい記憶。

 だが、それが具体的にはなんだったのか、どういうわけかすぐに忘れてしまう。

 「エスメロード…どうしたんだ…?もしかして、やっぱり嫌だった?」

 「え…」

 ジョージの慌てた様子の理由が、一瞬わからなかった。

 (涙…私…泣いてるの…?)

 自分でも気づかないうちに、エスメロードは涙を流していたのだ。

 なぜかわからないが、どうしようもなく悲しい気持ちになったのだ。

 「あ…ごめんなさい。私、なんで泣いてるんだろう…?

 嫌だったわけじゃないのよ」

 「そ…そうか…。良かった」

 エスメロードは慌てて指で涙を拭い、笑顔を作る。

 だが、胸の内の漠然とした不安は消えなかった。

 (なぜ…?すごく悲しいことが起こる…そんな予感がした…)

 その時エスメロードは初めて、前世の記憶を全て思い出すのが怖いと思った。

 

 我知らず流していた涙の理由をエスメロードが知るのは、まだ先のことだった。


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