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インタヴュー イノケンタスユニバーシティ

07


 2020年8月3日


 イノケンタス大学。

 第421号執務室。

 マット・オブライアンは本日の取材対象と向き合っていた。

 髪には白いものが目立ち始めているが、衰えた様子はみじんもない。

 「フェリクス・“プロフェサー”ベルクマン。

 元デウス国防空軍第8航空師団第21航空隊、通称“タンサニト隊”1番機。

 かつてはエースパイロットとして怖れられた人物。

 デウス戦争当時は後方勤務についていたが、戦況の悪化に伴い、軍は再び彼を前戦へと送る。

 戦後は退役し、イノケンタス大学で数学の教鞭を取っている」

 レコーダーに紹介の言葉を吹き込み、インタヴューは始まる。


 「いい腕をしていたよ。

 さすが、“龍巣の雷神”の二つ名は伊達じゃない。

 無線で聞こえる声からして、まだ若い女であることは間違いなかった。

 だが、戦場で戦い続ける内に腕を上げていったのだろう」

 ベルクマンは椅子に身体を預けながら話し始める。

 数式を書いた紙やノートが無数に置かれた机は、いかにも数学者という印象だ。

 大学院を卒業しながら、学術畑には進まず空軍に入隊してパイロットの道を選んだ変わり者だが、学者としては有能らしい。

 「ベテランであるあなたをして手強い相手だったんですね。

 当時のあなたの任務のこともうかがっていいでしょうか?」

 「ああ。

 当時すでに40代。

 新しい機体に機種転換するには歳を取り過ぎていた。

 任務は暗号解読や教官、テストパイロットといった後方支援だった。

 ところが、デウス軍が各方面の戦線で敗退し、ついには本土に逆侵攻を受けた。

 軍はこのロートルを再び前戦に送り出したというわけだ。

 正式採用されてもいないF-4Xの加速力を活かして斬り込み隊を務める。

 やりがいはあるが過酷な任務だったね」

 ベルクマンはふっと笑う。

 当時、彼のような年配者の力まであてにしなければならなかった祖国に、思うところがあるのだろう。

 「当時のことは調べさせてもらいました。

 軍事には素人ですが、危険の多い任務であったことはわかります。

 先行して敵の、字義通り矢面に立つ任務ということですか?」

 「そう言うことだ。

 F-4Xは水メタノール噴射装置によって、最大速度マッハ3以上を可能とする。

 その加速力を活かして敵に肉薄。

 高出力のレーダーと射程の長いミサイルを活用して一撃離脱をかける。

 だが言うは易し。

 君の言うとおり、敵の矢面だ。

 ミサイルアラートが鳴りっぱなしだったよ」

 ベルクマンは天井を仰ぐ。

 彼なりに怖かったのだ。マットはそう感じていた。

 人生は往々にして恐怖との戦いとつき合いだ。

 ベルクマンにとっても、最大の敵は敵機ではなく恐怖だったことだろう。

 「レーヴァテインによる攻撃で混乱に陥った連合軍にたたみかけるためにあの日出撃した。

 そこで彼女と対峙したわけですね?」

 「ああ。

 不謹慎だが奮い立ったね。

 古強者と若き戦士。

 ファントムとイーグルの対決だ。

 F-4Xが正式採用されなかったのは、その必要に乏しいとされたからだ。真新しい機体を新設計した方が確実だと。

 だが、F-4XであればF-15に勝てることを証明してやる。

 そう思った。

 しかし、さすがは“雷神”と“飛龍”だった。

 こちらの飛行特性をあっさり見抜かれ、外堀を埋められていった。

 そして、気がついたら私も落ちていた。」

 ベルクマンはそこで言葉を切り、じっと両手を見る。

 自分になにが足りなかった?自問するように。

 「結局制空権確保は失敗。

 後続の爆撃機部隊は駆けつけてきた連合軍の増援にことごとく撃墜された。

 ペイルアウトして降りた場所からもはっきり見えた。

 そりゃあ悔しかったよ。

 だが、一方で奇妙な安堵感もあった。

 敵方にとはいえ、あれだけ強いパイロットがいるんだ。

 もうこんな老人の出る幕ではない、と。

 全ては彼女たちに託した。

 これからは若い者たちの時代だ。

 心からそう思うことができたんだ」

 そう言ったベルクマンの表情と声は、驚くほど穏やかだった。


 「その後はパイロットとして飛ぶことはなく、暗号解読や情報戦に復帰なさったと聞いています。

 皮肉にして、探る相手は敵ではなく味方だった。

 当時、敗戦色濃厚のデウス国内には不穏な動きがあったとか」

 「うむ、知っての通り、敗戦という現実を受け入れようとしない者たちが少なからずいた。

 踏みにじられるくらいなら、祖国を焦土にしても最後まで戦ってやる、とね。

 愚かな話だ」

 ベルクマンの言葉に、マットは話を切り出すタイミングをうかがった。

 ここから先は、封印された歴史の真実。

 それなり以上に危険な領域になってくる。

 エドゥアルト・レームの口利きがあっても、慎重に話を聞く必要がありそうだった。

 「当時デウス国内の不穏分子を煽動していた組織があったと聞いています。

 組織の名は、“自由と正義の翼”。

 ご存じですね?」

 ベルクマンはマットの真意を確かめるように目線を合わせる。

 「そこまで調べあげていたのか…。

 君の言うとおりだ。

 “自由と正義の翼”のスリーパーセルや潜入工作員は、緻密なネットワークを持ってあらゆる場所に存在していたんだ。

 当然当時のデウス軍内部にも多数の潜入分子がいた。

 なんのことはない。

 デウス軍、いや、デウスという国家そのものが“自由と正義の翼”の手のひらの上で踊らされていたんだ」

 そう言ったベルクマンの顔には、根深い悔恨が刻まれていた。

 彼自身も結局は“自由と正義の翼”に踊らされていたこともあるだろう。

 だが、一番無念なのは、暗号解読を一手に引き受ける立場に有りながら、2万人の国民の生命を奪った核攻撃や、首都を血に染めたクーデターを防げなかったことだろう。

 無論彼だけの責任ではない。

 だが、流された血があまりに多すぎた。

 なんとか止められなかったものかと思うのは、ある意味で当然だ。

 「“人間はしょせん見たいものしか見ない。信じたいものしか信じない”

 かつての大国の偉人の言葉だったな。

 戦況が悪化すると誰しも視野狭窄になる。

 視野が狭くなれば、耳元で囁かれる心地良い言葉を簡単に信じるようになる。

 “奴隷として生きるより人としての死を選ぶべき”“講和を論じる者たちは敗北主義者だ”“物事がうまく行かない原因は他にある。あなたは悪くないのだ”

 そんな甘言に簡単に煽動されてしまうんだ。

 必死で勉強して学校を卒業し、社会に出て仕事をこなして地位を築いてきたいい大人たちがだ。

 クーデターを起こした者たちの中には、私の知人や教え子たちまで混じっていた。

 痛恨の極みだったよ」

 「お気の毒です。

 私もマスコミという仕事がら、少しはわかる気がします。

 結局多くの人間を動かすのは、理屈でなく感情。

 感情に訴えて煽動され、愚かな決定を支持してしまったのはユニティアの大衆も同じでしたから」

 マットは、ジャーナリストとして忸怩たるものと感じていた。

 振り返れば、2005年の“悪魔の花火大会”も、2018年のデウスへの逆侵攻も、最終的に国民が賛成しないまでも止めようとしなかったために起きた。

 今にして思えば、当時のナショナリズムの高揚はおかしかった。政府の煽動工作があったと考えるのが自然だろう。

 そして、マスコミがその役割を誠意とプライドを持って果たしていれば、大衆が扇動されることなどないはずだ。

 その意味では、当時のユニティアのメディアも同罪と言っていい。


 「戦場に憎しみを持ち込んではいけない。

 それでは無駄死にする者が意味もなく増えていくだけだ。

 だが、多くの人間が、“彼ら”さえも憎しみに捕らわれて戦った。

 これほど悲しいことはない。

  “自由と正義の翼”の読みとやり方は実に巧みだったと言える。

 ユニティアとデウスは簡単には妥協点を見いだせない。憎しみの根は深いからね

 よしんば講和がまとまりそうでも、不穏分子たちを煽動してつぶせばいい。

 講和の可能性は潰え、後は全てが滅ぶまで勝手に殺し合ってくれる。

 ドラスティックなやり方をする必要はないし、表に出る必要もない。

 戦争が続くように、ほんの少しだけ誘導してやるだけで良かったのだから」

 ベルクマンは嘆息する。

 人間がそこまで愚かだとは、穏やかで聡明な彼には思いたくないことだったろう。

 だが、突きつけられた現実は残酷だった。

 テロリスト集団に過ぎないはずの“自由と正義の翼“の奸計によって、国家が裏から操られ全てを滅ぼしかねないところまで行きかけたのだから。

 「幸いクーデターは鎮圧された。

 ところが、表向き休戦協定が成立したはずの12月24日。

 講和が話し合われていたここ、イノケンタスとアキツィアのフューリー基地に衛星が落下した。

 当時なにがあったんです?」

 マットの問いに、ベルクマンはしばし考える顔になる。

 マットを信用していいものか、信用できるとして、この若者を危険にさらす値打ちがあるものか。

 だが、やがて腹を決めたのか、慎重に口を開く。

 「君が考えている通りだ。

 私はその時、暗号解読の陣頭指揮を取っていた。

 当時の記録は、これに焼いてある」

 そう言って、ベルクマンは一枚のディスクを差し出す。 

 「軍上層部は戦後、記録を破棄するように命令した。

 私は従ったよ。

 それがある意味で平和のためという理屈は、悔しいが理解できたからね。

 “自由と正義の翼”なんて組織は存在しなかったという建前が、世の中を安定させると。

 だが、真実を全て闇には葬りたくなかった。

 こっそりコピーと写真を残して置いたのさ」

 ベルクマンは苦笑いを浮かべる。

 理解はできても納得できないことはある。そして、時には納得できないことでもこなすのが大人だ。

 そういうことなのだろう。

 「ありがとうございます。

 大いに参考にさせて頂きます」

 「うむ。頼むよ。

 オブライアン君。私はね、あの戦争の真実が解明されるのを内心諦めていた。

 多くの人間にとって不都合が多いために、真相が隠蔽され都合のいいカバーストーリーが作り上げられた。

 だが、君の取材を受けて希望が持てたよ。

 やはり真実は隠されるべきじゃない。

 多くの人間が知るべきだ」

 マットとベルクマンは、固く握手を交わした。

 「ところで、この後アウグスト・バロムスキー元中佐にも取材をさせて頂く予定になっています。

 彼は“自由と正義の翼”の一員だったそうですが、他にも組織に所属していた人たちは生きているのでしょうか?」

 マットの問いにベルクマンは意地悪い笑みを浮かべる。

 「知りたいことがあるときは、まずは自分で調べてみることだ。お若いの」

 マットは、テストで落第点を取った学生のような気分になるのだった。


 フェリクス・ベルクマン。

 デウス戦争の中で、時代の移り変わりを見守り続けていた男。

 空から大学に場所を移し、今でも後身たちの成長を見守り続けている。

 何度も裏切られてなお、人の優しさと英知を信じながら。


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