紫の長弓
06
AWACSの予測は悪い方に当たった。
『うわさをすればだ!レーダーに感、北北西より敵飛行隊接近』
「了解、応戦するぞ!」
ジョージの言葉に応じて、エスメロードは隊の機首を北北西に向けた。
自分がデウス軍でも、この好機に乗じてたたみかけるだろう。
なにしろ、地上部隊は四割を喪失している上に、大混乱に陥っていて戦える状態ではないのだ。
『こちらAWACS。
反射波照合。
敵はTu-95およびその護衛戦闘機だ。
こちらの地上部隊への爆撃を意図しているものと思われる』
「舐められたものだな…」
エスメロードは舌打ちする。
戦略爆撃機など、制空権を確保していない状況ではただの的だ。
こちらの航空戦力が健在であるにも関わらずTu-95の部隊を送り込んでくるとは、よほど自信があるのか馬鹿なのか。
とにかく対処する必要はある。
「フレイヤ隊、敵の戦闘機部隊は無視。
爆撃機に攻撃を集中する!」
『いや、待ってくれ。突出してくる部隊がいる。
数は6。ファントムのようだがこの加速力は…』
ジョージの言葉に応じて、エスメロードはレーダーを見る。
反射パターンは確かにF-4のものだが、この加速力はあり得ない。
「おそらく改造機だな。露払いだろう。
交戦するぞ!」
エスメロードは、資料庫で見つけた書籍をおぼろげに思い出す。
開発自体は頓挫していたはずだが、何機かが試作されたF-4の発展型。
もしカタログスペック通りの性能を持っているとしたら、二世代新しいF-15JやF-2をして油断できない相手かも知れなかった。
『レーダーに感。
間違いない、F-15Jが2機、F-2が1機。
うわさに聞く“雷神”と“飛龍”だ。爆撃機にとっては脅威になる
各機、やつらを撃墜する。続行せよ』
デウス国防空軍第8航空師団第21航空隊、通称タンサニト隊。
翼端を紫に塗装した6機のF-4Xの1番機、フェリクス・ベルクマン中佐TACネーム“プロフェサー”は冷静に命令していた。
(まさか、この歳で前戦に駆り出されるとは)
内心そう思わずにはいられない。
齢44歳。戦闘機乗りとして現役にとどまるには歳だし、新しい機体への機種転換も困難。
最近の仕事は教官や暗号解読、そしてテストパイロットなど、もっぱら後方勤務だった。
それが戦況の悪化に伴い、試作機であるF-4Xの実戦テストを兼ねて前戦への出撃を命じられたのだ。
他のパイロットたちも全員40代。似たような境遇の者たちばかりだ。
ともあれ、若者が死んでいくのを年長者が後方から見物しているのも忍びない。
それに、ベルクマンはこのF-4Xの性能には自信を持っていた。
従来のF-4シリーズと同じ要領で操縦はできるが、性能は極めてピーキーだ。
さりとても、古参のパイロットたちは試作機に過ぎない機体をよく操って、戦果を上げている。
相手が“雷神”と呼ばれる凄腕のパイロットでも、不安はなかった。
ベルクマンは操縦桿を握る手に力を込め、スロットルを開いた。
『ちっ!なんて加速力だ!』
『ミサイルがついていけてないだと!?』
ジョージとリチャードが慌てる。
F-4Xの加速はすさまじく、瞬間的にはマッハ2.8を叩き出している。
こちらが放った99式空対空誘導弾はその加速力に追従できず、ことごとく外れる。
もともとミサイルというのは人間が乗る戦闘機に対して、それほど追従が利くものではない。
それを勘定に入れても、F-4Xの加速性能は驚嘆すべきものだった。
おまけに、急加速や急旋回を行う合間に、器用にミサイルを放ってくる。
油断すればたちまち被弾してしまうだろう。
「複座ならではだな!」
『ああ、コ・パイもいい腕をしてる!』
高機動を行いながらのミサイルの照準は、どうしても複座であるF4-Xが有利だった。
操縦と照準を分担することが可能だからだ。
『注意しろ、敵にロックされている!』
エスメロードはE-767からの警告で、後ろにつかれたことに気づく。
「ちっ!こうなったら!」
らちがあかないと見たエスメロードは思い切った策に出る。
エアブレーキを作動させて、あえて減速したのだ。
下手をすれば墜落しかねない荒業だし、戦闘中に速度を失ってしまうのは非常に危険だ。
だが、奇策が功を奏した。
加速をかけていたF-4Xは、急減速したF-15Jを追い越してしまったのだ。
「FOX-2!」
エスメロードが放った04式空対空誘導弾は反応が遅れたF-4Xに食らいつき、火の玉に変えた。
『フレイヤ1、敵機を撃墜』
『すげえ!さすがニアラスだ!』
E-767からの戦果報告と、リチャードの歓声が重なる。
「各機、連中旋回するときは減速しなきゃならない。
そこを狙え!」
『アールヴ了解』
『キッド、コピー!』
F-4Xの特性と弱点を見極めたフレイヤ隊は俄然有利になった。
エンジンは水メタノールで加給する強力な物を採用しているが、機体の基本構造はF-4から大きく変わっていないのだろう。
マッハ3近い速度を出したまま旋回しようものなら確実に空中分解だ。
ドッグファイトを避けて一撃離脱に徹するにしても、どうしても旋回するときは減速しなければならない。
それが命取りになる。
『FOX-2』
『FOX-2』
ジョージとリチャードが同時に99式を発射し、2機のF-4Xを撃墜する。
一度減速してしまえば、どれだけ加速力に優れた機体でも再加速にタイムラグが出る。
再び加速している間を狙われれば逃れようがない。
『くそ!やられてたまるか!』
『よせ!速度を落とすな!』
2機のF4-Xがうかつにも一撃離脱に見切りをつけて、ドッグファイトに切り替えようとする。
「甘いな!FOX-3」
アフターバーナーを吹かしての上昇から宙返りでF-4Xの後ろを取ったエスメロードは、20ミリガトリングガンのトリガーを引く。
F-4シリーズの特徴である逆Y型の尾翼が根元から吹っ飛び、次いでエンジンが火を噴いて墜落していく。
ドッグファイトとなれば、性能は普通のF-4と大して変わらない。
大出力のエンジンと索敵範囲が長いレーダー、長射程のAMRAAM空対空ミサイルのアドバンテージを活かすことができない。
要するに、F-15JとF-2に対して勝ち目はないのだ。
『FOX-2!』
ジョージが同じように見事なマニューバでF-4Eの後ろを取り、撃墜する。
『なるほど!“雷神”うわさ通りだ!』
最後に残った1番機は加速性能を活かしやすい高高度への離脱を試みる。
だが遅きに失した。
『FOX-2!』
『ちいっ!』
リチャードが放った04式を回避するために、一度水平旋回をせざるを得なかった。
「もらった!」
それを見計らったエスメロードが、HUDにF-4Xを捉え、04式を放つ。
F-4Xは空中分解も覚悟の上とばかりに加速するが、気圧の高い低空では04式のスピードと機動性から逃れることは不可能だった。
エンジンに直撃を受け、火の玉になって錐もみ状態になりながら落下していく。
『敵先行部隊の殲滅を確認!
フレイヤ隊、残弾が心許ない。帰還せよ。
爆撃隊は別の部隊が受け持つ』
「やむを得ないか。
了解、ミッションコンプリート。RTB!」
エスメロードは、フレイヤ隊の残弾が爆撃隊とその護衛を迎え撃つには全く足りないことに気づいて、素直に帰還することにする。
ちょうどすれ違う形で、連合軍の航空隊の増援が到着する。
後方を振り返ると、デウス軍の爆撃隊が花火となって空に咲くのが見えた。
結局、制空権確保をおろそかにしたまま爆撃を試みたデウス空軍の作戦は失敗。
爆撃隊は連合軍地上部隊の殲滅という目的を果たせずに、連合軍航空隊の攻撃を受けて壊滅するのだった。




