雷神の誕生
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2018年8月29日。
アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地。
フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊が所属する第5航空師団は、本来の所属基地であるフューリー基地に帰還していた。
デウス軍が国境付近である“龍巣”まで撤退したため、南部に位置するフューリー基地が攻撃を受ける危険がなくなったと判断されたためだ。
戦線が北上している状況では、民間の空港は戦闘機を発着させるよりは補給任務に用いた方が効率がいいという事情もある。
第5航空師団は、久々の我が家を満喫していた。
パイロットピットで待機していたフレイヤ隊の2名は、飛行隊司令であるシュタイアー一等空佐のオフィスに呼び出されていた。
「取材ですか?」
「そうだ」
シュタイアーがエスメロードとジョージを呼び出した用件は、民間のプレスにフレイヤ隊を取材させたいというものだった。
「プロパガンダですか?」
普段から言動に遠慮のないジョージは、軍上層部とプレスの思惑を一刀両断する。
「まあそう言うな。
軍の士気高揚。
国民に希望を与える意味もある」
シュタイアーは2人にソファーを進め、言葉を選びながら話していく。
彼の一存で命令できることではない。
2人の同意が必要な事案ということだ。
「果たして我々はどんな風に報道されるのやら」
エスメロードは皮肉交じりに肩をすくめる。
大学在学中の訓練生だったころを思い出す。
訓練を取材に来たインターネット誌のインタヴューに答えた内容は、報道される段階でほとんど送り手の都合のいいものに編集されていた。
まあ、メディアというものが往々にして事実よりも売れるもの、自分の発信したいものを勝手に取捨選択して送る存在というのはわかっていることだが。
「これは命令ではない。
選択権は君たちにある。だが、上官としてできれば協力して欲しい」
エスメロードとジョージは顔を見合わせる。
2人ともシュタイアーの器量や指揮能力には一目置いている。
加えて、本来なら越権行為だった陸自との共同作戦を咎めることなく、石頭の防衛省、空自幕僚部に談判して正式なドクトリンとして採用するよう具申してくれた。
その恩義もある。
「そうですね。
機体の撮影は自由ということにして…。
顔出しはご勘弁願うということではいかがです?
個人情報や防衛機密の問題ということで」
エスメロードが妥協案を申し出る。
前世で観た映画「スターリングラード」を思い出す。
一度プロパガンダに使われたら、その偶像が一人歩きを始める。
結果、あるべき姿と実際の姿はどんどん乖離していく。
軍人である以上戦うのが仕事だが、過分な期待はごめんだ。
「うーむ…」
普段あまり迷う仕草を見せないシュタイアーが、顎に拳を当てて考え込む。
エスメロードの考えていることはわかる。だが、プレスがそれで納得するかが問題だ。
「じゃあどうでしょう?
我々の模擬戦を撮影してもらうっていうのは?
ガンカメラで撮った映像もおまけにつけるってことで」
ジョージが助け船を出す。
プレスにとって必要なのは大衆の耳目を引くものだ。アクロバティックな模擬戦の映像なら、充分のその役目を果たす。
「わかった。それで行こう」
シュタイアーはそれで落としどころと了解したようだった。
「では、パイロットピットで待機していたまえ。
模擬戦の内容と取材のスケジュールが確定したら伝える」
エスメロードとジョージは敬礼して、シュタイアーのオフィスを後にした。
「ところでエスメロード、体調はどうだ?
危なそうなら遠慮せず言ってくれよ」
パイロットピットに戻る途中、ジョージがエスメロードの体調を気遣う。
「快調そのものよ。
最近はよく眠れているしね」
エスメロードは短く答える。
「ならいいんだが…。
ケン…いやクーリッジ一尉も心配してたぜ。
彼のお姉さんみたいに長く苦しむんじゃないかって」
エスメロードはこっそり嘆息しながらジョージに向き直る。
「大丈夫だってば。
前より調子がいいくらいよ。
今思えば、私が意地悪な性格になったのって、祖父を失って以来だった」
エスメロードは話し始める。
“悪魔の花火大会”で祖父を亡くしたことはずっと記憶の中に封印されていた。
だが、その悲しみはどこかに残り続けていた。
だから、自分は悪役令嬢と言える存在になってしまった。
優しいから苦しむ。人と繋がるから失ったときが痛い。
なら、優しいのも人と繋がるのもやめてしまえばいい。
そうして、他人に対して攻撃的になることで正気を保っていたのだ。
「でも、今は私は大人だし、時も流れた。
いつまでも過去に捕らわれてもいられない。
本当に大丈夫だから」
エスメロードは笑顔で言う。
正直に言えば、全部が解決したわけではない。
祖父のことは思い出すと今でも哀しい。
だが、そのために今なすべきことをなさないのでは、天に召された祖父に叱られるだろう。
(今は前を向くとき)
そう思う。
「君は強いな」
ジョージが真剣な眼でそんなことを言う。
エスメロードは違和感を覚えた。
ジョージは自分の目を見ていながら、自分を見ていない。
言いしれぬ不安を覚える。ジョージの声の調子が、自分が倒れた夜のそれになっていたからだ。
なにかに呪縛されているような声。しかも、怖ろしいなにかに。
「まあ、君がそう言うならそれでいいさ。
さあ、模擬戦に備えよう」
ジョージはにわかにいつもの調子に戻ると、パイロットピットに向けて歩き出す。
(一体何なのだ?)
エスメロードは自分が感じた違和感の正体がわからず、困惑するばかりだった。
プレスによる自衛軍の取材結果は、テレビで特番が組まれた。
三軍の様子がほぼ均等に流され、陸自の訓練や、海自のミサイル発射の映像などが流されていく。
そしておおとりは、フレイヤ隊2機の模擬戦だった。
「おお、すごいじゃない」
「かっこいいな。パーソナルカラーだから特に」
フューリー基地内のバーは、テレビに流れる模擬戦の迫力に沸き立っていた。
実際、映像で見るとソトアオとウチアカのF-15Jがドックファイトを行う姿はなかなかに絵になった。
わざわざ途中で2機のアップの映像が映され、“龍巣の雷神”“深紅の飛龍”というテロップがつけられる。
「“龍巣の雷神”と“深紅の飛龍”?」
寝耳に水の話にエスメロードは首をかしげる。
「あれ、知らないんすか?
最近デウス軍の間でお二人がそう呼ばれてるみたいで。
だったら公式に通り名にしちゃおうかって」
「おいおい、聞いていないよ」
意外な顔をするブリュンヒルデ隊3番機のリチャードに、ジョージが苦い顔をする。
恐らく、自分たちの顔出しを断る埋め合わせであったことは想像に難くない。
マスコミは、なにかに大仰な二つ名をつけるのが大好きだ。
軍公認の公式な通り名として喧伝するつもりだったのだろう。
「まあそう言わず、はったりを効かせておきなよご両人。
敵がびびってくれることに越したこたあないだろ?」
ブリュンヒルデ隊1番機のガートルードがすでに酔った様子で口を挟む。
エスメロードとジョージは呆れて顔を見合わせる。
プロパガンダというものがここまで恥も外聞もないものだとは。
「まあいいか、ハッピーバースデー“深紅の飛龍”」
「ハッピーバースデー“龍巣の雷神”」
2人は、やけ気味にビールのグラスをぶつけ合うのだった。
かくして、“龍巣の雷神”と“深紅の飛龍”の伝説が公式に産声を上げることになる。
だがそれは、エスメロードとジョージの数奇な運命の通過点に過ぎなかった。
2020年10月28日
トリジア連邦の紛争地帯。北端の街ミーナス。
「まあ、そんなわけで俺たちは、公式にこの痛い二つ名で呼ばれることとなったわけだ」
ジョージは苦笑する。
マットもつられて笑う。マスコミの無責任な側面は、加害者のひとりとして耳に痛いものがあったのだ。
「でも、それだけ人気者だったってことでしょう?基地の方々にも」
「そうだな。出撃のたびに見送りが増えてた。
傭兵も正規軍も関係ない。みんながあいつの勇姿を目に焼き付けようとしてた。
普通なら金の亡者になっちまいそうな傭兵たちでさえ、やつには信頼と憧憬をおいていたな。
やつと一緒に飛べば勝てる。生き残れるってな」
当時を思い出しているのか、ジョージは嬉しそうだった。
「ジョージさん、彼女と飛んでみてどんな感じでしたか?」
「そうだな。
戦うたびにあいつは研ぎ澄まされ、強さが際立っていった。
一緒に飛ぶやつのことはお構いなしさ。
最初は俺がサポートされる立場だったのに、気づいたら逆になってた。
やつの背中を預かるのは、俺にとっても誇りだったしな。
今にして思うと、着いていくのはずいぶん苦労したけどな」
過去形で話すジョージの言葉が、マットには妙に重く聞こえた。
できればあの頃に戻りたい、でも戻れない。そんなニュアンスを感じたのだ。
「そして、そんなあなた方の活躍もあり、デウス軍はついにエリアD9Tの放棄を決定した。そうですね?」
「ああ。その結果は皆の力だけどな。
だが、撤退戦となれば、敵は死守命令が出たときとは別の方向で必死になる。
厄介なもんだった。
練度の高い飛行隊が“龍巣”に多数投入され始めたんだ」
ジョージは煙草に火を付けると、“龍巣”での追撃戦のことを話し始めた。




