FILE11: 翻弄
転送されてたどり着いた隠れサーバ。そこには何も無い真っ白な空間と宙に浮いている小さな一枚のカード。
あれがメモリか?
そう思っていると空間に声が響いた。
レダの声だ。
「そのカードがメモリです。そのカードにダメージを与えていけば壊れるので攻撃してください。そのカードが壊れ次第私は兄からアンクを奪い兄のチートもキャラも無に変えます」
攻撃か。
俺たちのレベル上げの成果,見せてやろうぜ。
ながやん,メロンちゃん,妹に目配せをして俺は一気にカード目掛けて剣を振りぬいた。
が,俺の剣が触れたのはカードではなく黒い翼。
俺の目の前に数枚の黒い羽が舞っている。
一瞬にして俺の目の前に現れた真っ黒な鳥。
レダの兄であり,中枢サーバからアンクを奪った鳥人。
俺の剣は直撃したのだがダメージを示す数字は表示されなかった。
しかもカードはまだ破壊できていない。つまり能力は改造された数値。
勝てない。
そう思った矢先ながやんの声で俺は我に帰った。
「冥界からの叫びよ,苦しみよ,烈火の形へと変わり我が力となれ。ファイダリングハデス! 」
ながやんの使える最高位の魔法は鳥人を炎の中へと閉じこめ業火を浴びせていた。
「やったぁ! 」
だが妹の喜びをあざ笑うように炎の中から真黒の羽根が現れ一度の羽ばたきで炎は全て消えてしまった。
目の前にいるその鳥人は普通の人間に背丈と同じくらいの黒い羽根をつけた姿で前髪を払う仕草を見せ
「笑止。この程度で俺を止めに来たのか? ろくにプログラムの知識も無いくせに俺に楯突こうとはな。すぐにこのアンクの力で消し去ってくれるわ! 」
そう言いこちらへ人差し指を向けた後呪文を読み上げた。
「アンクに命ずる,抹消せよ! アブリューソル! 」
咄嗟に目を閉じていた俺だが特に体に異変は無かった。
何も……起きてないよな?
「くっ……レダめ。余計なことをぉ!!! 」
俺たち4人は何事も無くその場にいた。
そしてこの空間にまたレダの声が響いた。
「まさかこの空間に兄さん,いやマルクが現れるとはね。悪いけどその空間は既に閉鎖空間と化している。その中ではアンクの能力は使えない。そして」
そう言うと俺の目の前にメニュー画面が勝手に開いたかと思うと何か英字の並びが現れて,消えた。
「今彼らに兄さんと同じ能力値を書き込んだから実力は互角。まぁ4対1だから兄さんが不利。もう諦たらどうですか? 」
どうやら今の一瞬で俺たち全員の能力を書き換えてしまったらしい。
「俺は……俺は諦めんぞ! この世界を統治し,神となり,俺の主張が正しいと思い知らせてやる! 」
どうやらマルクと言うHNらしいその鳥人は黒い羽根を大きく広げこちらへ向かってきた。
しかしその速度は歩行者くらいの物でかわすのは難しくなかった。
むしろあまりに遅いために拍子抜けしてしまった。
ゆっくりと進んでくるその鳥人は俺だけでなく他の三人にも同じ速度で感じているらしく,その翼から放たれた無数の羽根攻撃も全て回避。
今までの敵で一番弱く感じる。
「おいおい,なんか拍子抜けだな」
ながやんは驚いたような顔と嬉しそうな声でそういい右手をマルクへと向けた。
「天空より振り落とされる神々の鉄槌よ,今ここに! ジャベリングアロー! 」
上空に雷雲が現れその中から一筋の雷撃がマルクへと直撃した。
その一撃だけでもうぼろぼろ状態のマルク。
こりゃ本当に拍子抜けだ。
「くそっ……メモリが1枚しか残っていない状態では無理か……」
目の前で今にも倒れそうなまでに追いやられたマルクがいる。
これなら俺たちでも倒せるんじゃないか?
更に
「たぁっ!! 」
マルクがやられている間にメモリ付近まで移動していた妹とメロンちゃんが攻撃したことによりメモリのカードはガラスのように砕け散った。
つまりもう目の前にいるマルクは普通のキャラと同じ能力値。
一方俺たちはレダに書き込まれた違法レベルの能力値。
これじゃあ勝負にならないだろう。
4人に囲まれたマルク。
そこに追い討ちをかけるようにレダが魔方陣のような物から現れた。
「もう終わりだ。兄さん。これ以上反抗しても無駄です」
ゆっくりと歩み寄ってきたレダはマルクの前に立ちそう言い放った。
「本当にいい迷惑よ! 全く」
メロンちゃんは腰に手を当てて不機嫌そうな,敵を倒して嬉しそうな表情で仁王立ちしている。
「くっ……お前に負けるとはな……俺も堕ちた者だ。この世界でも頂点には立てない……か」
なんか惨めさすら感じられる目の前の人物は地面にがくりと膝をついてしまった。
わざわざ中枢サーバへ乗り込みアンクを奪ってこの世界を征服しようとしたが,いとも簡単にその野望は砕けてしまいました。
そんな切ない悪役であるマルク。
「それだけの技術があるならそれをいい方向に使えばいいのに」
あきれたような声で言う妹。中学生に説教されるなんとも悲しいマルク。
やれやれ。
その後はレダがマルクに何か呪文を唱え,マルクは小さな光の粒へと変わってしまった。
どうやらそれが強制ログアウトらしい。
そしてマルクがいた場所には小さなひとつのチップが落ちていてそれがアンクなのだろうと思った。
あまりの小ささに俺が持っていたら無くしてしまいそうな大きさだ。
「もうこれで悪の元凶はいなくなりました。大した被害にならなくて良かったですよ。被害者などは出ませんでしたし」
全くだ。
これで被害者なんか出てたら大変だ。
「さて,それでは皆さんの能力値を元に戻しておきますね」
そういうと先程と同じようにメニューが開き英字の並びが表示されて消えた。
これだけの間でそんなことが出来ると言うのも驚きだが。
「それじゃあ私の役目もアンクを元に戻して終わりですので私はここから去ることにしますね。皆さんのおかげで被害は最小限に食い止めることが出来ました。ありがとうございます。皆さんはフィンブルの森の入り口まで転送しておきますのでご安心ください。それではまた機会があれば」
そう言うとレダは再び何か呪文を唱え地面に緑の円を出現させ,俺たちを転送させた。
最後まで不思議な人だ。
俺たちが転送されたのはフィンブルの森入り口で,今までの事は何だったのか,よく分からないまま淡々と話が進んでしまい,俺たち4人はただその場で傍聴してました。それくらいのことだったのだろう。
「結局なんだったの? 」
妹は算数の問題が解けなかったときのような顔で考えていたが,まぁ流されるように悪役を倒したんだろう。
それくらいしか俺にもわからん。
「う〜ん,納得いかないけど,とりあえずは平和になったんだろ? じゃあ良いんじゃないのか? さっさとエルポアに帰ろうぜ」
一応敵に止めを刺した功労者であるながやんもそういった自覚は一切無く,むしろ疑問が残りすぎてモヤモヤしているだろう。
メロンちゃんはまぁとりあえず帰るかというような雰囲気だ。
結局俺たちはエルポアに無事に帰宅。
何事も無かったかのように美しい夕日が町を包んでいる。
もうよく分からないが,とりあえず考えるのはもうやめだ。
どうせ俺には分からないだろう。
こうしてサンセットの初仕事は終わったのだった。
後日,俺たちは再会されたトーナメントに出場し,見事一回戦敗退という記録を残した。
原因は恐らくチームワークの悪さ。
俺と妹の近接距離での攻撃による接触,ながやんの魔法不発などなど。
結果的に回復役のメロンちゃんは出番なし。
散々だ。
「全く,三人とも何やってるの!? トーナメントだから負けてもレベルは1に戻らなかったけど,それでもレベルが足りないってことね」
出番の無かったことで不満が更に乗算されたメロンちゃんは不甲斐無くやられてきた俺たち三人に向かってその不満を晴らしていた。
「だってアツシが……」
妹は俺と接触して倒れたところを敵の魔道士にやられてしまった。
猫耳というジョブは本来回避能力に優れているのだが,味方との接触はまさに予想外だったようだ。
まぁ要するに俺のせい。
そしてそんな俺もその接触して倒れたときに敵の剣士にやられるという散々な結末。
「それで二人ともいなくなっちゃって俺一人が三人に袋叩きにされて終わり。ちょっと酷い終わり方だよなぁ」
ながやんは頭を掻きながら苦笑い。
「こうなったら……徹底的に鍛えて次の試合では優勝よ! そうするしかないわ! この胸の不快感を取り除くには練習あるのみよ!! よぉし,そうとなれば早速いくわよ! レベル上げ! 」
そう言いメロンちゃんは俺たちを連れて再びフィールドへと足を運んだ。
どうやらまだまだこのゲームはクリア出来そうに無いな。