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420通りの空  作者: かふぇいん
序章:鳥
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鳶色の眼

 砂嵐が鳴り止まない。「鉄の芋虫」とあだ名される軍用装甲バスの中は、甲板を叩く飛礫(つぶて)の音と年季の入った無限軌道(キャタピラ)の音、そして、半ば無理やりそこに押し込められた新兵達の飛び交う文句で不快な程騒々しかった。

 辺境の地への遠征を言い渡された新人たちは、何もよくある“新兵いじめ”で、この砂埃の舞う荒地の先へ押し出されたのではない。これが初の実地訓練であり、士官学校卒業前に控えた“本当の卒業試験”だった。この後、卒業式があって、自分たちの望んだ、またはすでに決められていた隊へと配属になる。あらかじめ数台のバスに振り分けられた新兵たちの中で、この中の人間がもっともこの訓練に文句を言っていた部類だった。

彼らの行く先は、空軍の中でも精鋭と呼ばれる、セントラ空軍航空隊、通称『鳥』。

バスはまた突風に吹かれて、ぐらりと揺れた。


 「なぁ」

 不平不満の行き交う中、1人の訓練生が口を開いた。砂で曇った小窓からずっと、荒涼の大地を眺めていた兵だった。その鳶色の眼で外の荒野を見つめながら、そいつは呟くように尋ねた。

「俺たちは、鳥になりたかったんだよな」

 暫時(ざんじ)あって、そうだ、と別の訓練生の声が上がる。また、それに共鳴して賛同が次々と上がっていく。車内の音が限界を迎えて、車両後部の先輩兵から怒声が飛んだ。

「うるせぇぞ、ヒヨッ子ども! 遊びじゃねぇんだ、黙ってろ!」

 次いで、別の兵がまだ騒がしい車内を見渡して笑う。

「そうカッカすんなよ、ウェッジ。訓練生の頃なんか、俺たちもこうだったろ? ただなお前ら、目的地まであと2、3時間あるんだ。あんまりはしゃぐと疲れるぞ」

 それを聞いて、訓練生たちはフロントガラスに移る黄土色の空に嘆息した。目的地は遠いのか。砂漠ともいえるその荒野は、はるか遠くに山脈の影を映して、まだ延々と続いていた。農の盛んな国といえども、この荒野は荒野のままだ。北東の隣国とを分ける山脈から吹き付ける風の影響なのだろう。草木といえば針金のようなものが疎らに生える程度。鳶色の眼の訓練生は、変わらない景色に小さく溜め息をつきながらも、ずっとそれを眺めていた。


 「なぁ、お前、名前は? どこから来たんだ?」

 肩を叩かれて、鳶色の眼は顔を上げた。飛礫の音も少しずつ遠くなり、助手席の先輩兵が、あと一時間、と声をかけてきたすぐ後だった。5、6人の訓練生が回りに集まり、空席にはすかさず腰を下ろしている。そして、真正面に座った幼い顔をした訓練生が、さらに尋ねた。

「おれ、ライナー。お前って士官学校(アカデミー)の奴じゃないよな?」

 鳶色の眼は、あぁ、と頷いて、答えるべく口を開く。

「オレはフリッツ。フリッツ=スナイプ。ブルメア海軍からの、要は、転校生ってやつさ」

 よろしくな、とまた笑うと、おぉ、と答える声に混じって、ブルメア、とざわめくのが聞こえた。確かに、戦争の機運が高まるこのご時勢に国を渡り、それも生国とは異なる軍に入るなど、珍しいを通り越した行為だろう。鳶色の眼――フリッツが他の訓練生と異なって見えるのは、遠い海の気配がその体に漂うからかもしれない。

 だが、多少物珍しく見えても、ここの人間から完全に浮いてしまわないのは、共通の憧れ――空への憧れをもっているからだ。その間にも、同じボックス席に集まった兵はそれぞれにカードを配り始めた。挨拶がてらのポーカーらしい。ほらよ、とガタイの良い奴が、自分を指しながら、フリッツにもカードを手渡す。

「ジャックス。……基本的なルールは変わらねぇが、ウチのアカデミーじゃあ、金のやり取りは禁止だったんだ。それじゃあつまらないってので、ポーカーに負けた奴は、みんなにメシを奢(おご)る決まりになってる。たとえ、イカサマされても」

 周囲が一斉に笑う。なるほど、やられた。カードを持った奴全員が、それで口元を隠して、笑ったのを感じた。

「挨拶きついな…って、おいまさか、これ全員か?」

 一同がしたり顔で頷く。片手ではどうも足りそうにない。フリッツは顔をしかめたが、すぐにその笑いの中に混ざって、ケタケタ笑い始めていた。数巡して、ライナーと名乗った兵が、また尋ねてくる。

「なぁ、フリッツ。何でまたセントラに来たんだ? お前『GULLS』にいたんだろ?」

 どよ、と席の周りがざわめく。ライナーが賭けたチップの額にか、その『ガルズ』という言葉にか、または両方に。フリッツは眼を丸くする。

「誰に聞いた? 俺、言ったか?」

 いいや、と首を振り、対抗するようにジャックスは、ほぼ全額のチップを詰んだ。そして、グランツ、と呼ばれた、人の良さそうな顔をした眼鏡のディーラー役が笑う。

「俺はあんたのことを知ってたよ。ブルメア海軍の精鋭ガルズの試験に最年少で受かった奴がいると耳に挟んだ。そんな奴が海岸線を持たないウチの国に来るなんて、よっぽどだろう」

 グランツは続けて、逃げるなよ、と場の続行を促した。フリッツは、参ったな、と金髪をひっ詰めた頭をかいて、自分のチップを全額押し出しながら、ふう、と息をついた。カモメと呼ばれるブルメア海軍航空隊の、エース候補。噂話にはぴったりだ。

「『Eagle』に憧れて、家飛び出したら、こうなったんだ。だから、カモメにもなった。……笑ってくれてもいいぜ、俺はまだ『Eagle』が生きてると思ってる」

 フリッツが苦笑した以上に、周囲がドッと笑う。そこまで笑うか、とフリッツが顔をしかめると、最後のターンを待ってジャックスが言う。

「いいや、おれたちは間違いなくチームだってことさ。ここにいる連中は、みんな『Eagle』をバカみたいに追っかけてる奴ばっかりだ」

 周囲をぐるりと見回すと、皆そろって頷いた。先の大戦の英雄『Eagle』。12年前、近隣諸国数多くを巻き込み、余さず深い傷を残したその大戦は、皆が覚えている。その戦乱の中で、他の比にならぬ撃墜数と隊の生存数を記録した伝説の人、それが『Eagle』だった。戦乱の終結と共に消息を絶ち、死亡説すら飛び交う様だが、世界中のアンセル乗り――パイロット達の多くはその生存を信じている。その『Eagle』の祖国が、それらの国々のほぼ中央に位置するこのセントラだ。そして――

 助手席の先輩が声を張る。

「さぁ、お前ら。その英雄の故郷まであと20分だ。さっさとその自己紹介ポーカーを切り上げとけ」

 いつの間にか遠かった山脈の影が黄土色、藤色から、はっきりとした紺色になってきている。目を凝らせば、切り立った先端の雪まで見えるかもしれない。真正面には『Eagle』の故郷に入る唯一の入り口である谷が見える。ほら、と誰かがゲームを急かして、テーブル代わりの空き箱の上に、役が叩き出されていく。

「フリッツ、お前の番だぞ」

 皆がニヤリと笑うのが見えた。


 「11時の方角、未確認の航空機! ……谷から出てきたな、かなり旧式のパッセル機だ」

 先輩兵の張り上げた声に、ゲームの結果は吹き飛んだ。そして、訓練生は一斉にバスの前側に走り寄り、フロントガラスに小さく映るその機影を見て呟いた。

「嘘だろ…?」

 陸軍の先輩兵がその言葉に怪訝(けげん)そうに顔を傾げるが、その『ありえない航空機』は確かにこちらに向かってきていた。



注)

※パッセル……グライダーのような小型飛行機。

※アンセル……一人乗りの飛行機。この世界における戦闘機。

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