第七話:過保護魔導技師の暴走と、跳び跳ねるベビー服
第一節:魔導工房の怪しい招待状
三つ子たちが「ママ」「パパ」と喋り始め、城内をハイハイで縦横無尽に動き回るようになって数週間。
ヴァルハイト公爵城の最深部にある魔導工房から、一通の熱苦しい招待状が届いた。
差出人は、公爵家専属の若き天才魔導技師、シリウス・フォン・クレイグ。
「ルーカス殿下! アリア様! そして執事長殿! ついに……ついに完成いたしました! ヴァルハイト公爵家の未来を担う三天使のための、最高峰の『過保護魔導具シリーズ』でございます!」
執務室に招かれたルーカスとアリア、そして警戒感を露わにするジャン執事長の前に、シリウスは目をギンギンに輝かせて三つの小さな服と、奇妙な金属製の箱を提示した。
「シリウス……。また余計な予算を使ってくだらんものを作ったのではないだろうな?」
ジャンが胃薬の小瓶を握りしめながら睨みつける。
「失礼な! 私はルーカス殿下の『三つ子を絶対に怪我させたくない』という至高の過保護精神を数学的・物理的に昇華させたのです!」
シリウスは誇らしげに胸を張り、三つのベビー服を掲げた。
「まずはこちら! 『絶対衝撃吸収&空間転移ベビー服(試作品)』です!」
「……何だそれは」
ルーカスが青灰色の瞳を細める。
「三つ子様がハイハイで転倒しそうになった瞬間、服に組み込まれた微小魔法陣が作動! 0.001秒で身体の周りに無害な空気クッションを展開し、万が一高い場所から落ちそうになった場合は、事前に設定した安全ゾーン(アリア様の膝の上など)へ自動で空間転移させます!」
「……ほう」
ルーカスの表情が一変した。
「空間転移だと……? つまり、シエルが階段から落ちそうになっても、即座にアリアの元へ戻ってくるということか?」
「左様でございます! これさえあれば、影の護衛隊の方々が『人間クッション』として床にダイブする必要もございません!」
「採用だ! 今すぐ量産しろ!」
「殿下、早まらないでください!!」
ジャンの制止も虚しく、シリウスの暴走魔導具の実験が開始されてしまったのである。
第二節:大暴走! 跳び跳ねる三つ子とパニックの公爵城
さっそく、試作品のベビー服を着用させた三つ子たちを庭園のふかふか芝生に乗せて実験が行われた。
「あー! うー!」
次男シエルが、好奇心いっぱいに芝生の上を爆走ハイハイし始める。
その時、シエルの手が小さな小石に引っかかり、前へノメリと倒れそうになった!
「シエル様っ!?」
木の上で見守っていた影の護衛隊員が息を呑んだ瞬間——。
バシィィィン!!
シエルの服から眩い光が放たれ、超強力な『空気反発結界』が発動!
「きゃははっ♪」
ポンッ! という間抜けな音とともに、シエルの身体はまるでスーパーボールのように上空五メートルまで跳ね上がった。
「なっ……!? 上に跳ね上がったぞ!?」
ルーカスが目を見開く。
さらに、空間転移機能が誤作動を起こし、空中を跳ねるシエルがパッと消えたかと思うと——。
ストンッ。
「……あう?」
なんと、庭園の木の上で待機していたカルロス隊長の頭の上に転移したのだ!
「た、隊長!? シエル様が隊長の頭の上に!」
双子の副隊長ハンジとルーイが叫ぶ。
「動くな全隊員! シエル様を刺激するな! 私の頭皮が試されている……!」
カルロス隊長が汗だくになりながら直立不動で硬直する。
一方、長男レオンの服からは「泣き声検知・自動あやしオーケストラ機能」が暴走し、レオンが「あ」と声を漏らしただけで、城中に爆音で『ヴァルハイト公爵家讃歌』の金管楽器演奏が響き渡った。
『〜〜〜♪♪(大爆音)』
「うるさすぎるわ!!」
乳母エレナの紙扇子が、魔導技師シリウスの頭頂部にクリーンヒットした。
「ぶはっ!? エレナ殿、なぜ私を!?」
「当たり前でしょう! 赤ちゃんが驚いて泣き出してしまうではありませんか! こんな欠陥魔導具、今すぐ回収しなさい!」
第三節:全自動子守り人形 vs 冷血パパ
「ま、まだ終わっておりません!」
たんこぶを押さえながら、シリウスが最後の秘密兵器を起動した。
「最後はこちら! 『絶対安全・公爵殿下模倣型・自動子守りアンドロイド』です!」
ガシャコン! と音を立てて現れたのは、ルーカスに瓜二つの顔をした金属製の人形であった。
「このアンドロイドは、ルーカス殿下の冷気魔法と威圧感を完全に再現し、敵を撃退しつつ三つ子様をあやします!」
アンドロイドルーカスが、機械的な声で音読し始めた。
『アリア……愛シテイル……。レオン……シエル……ノエル……抱っこ……スル……』
三つ子たちは、自分のお父さんにそっくりな金属人形に興味津々でハイハイで近づいていく。
長女ノエルが、アンドロイドの脚に可愛らしく抱きついた。
その瞬間。
「……殺す」
ゴゴゴゴゴ……!!
周囲の空気が一瞬で凍りつき、氷点下三十度の絶対ゼロ度の冷気が解き放たれた。
「ひぃっ!?」
シリウスが悲鳴を上げる。
冷気を放ったのは、アンドロイドではない。本物のルーカス・フォン・ヴァルハイトであった。
ルーカスの青灰色の瞳には、アンドロイドに対する強烈な敵意と殺意が宿っていた。
「私の偽物が……アリアの名を呼び、我が子に抱きつかれようなど……万死に値する!!」
「殿下、ご自身のアンドロイドです!!」
ジャンの叫びも届かず、ルーカスは一瞬でアンドロイドの胸元を力任せに粉砕し、跡形もなく凍らせて粉々にした。
バラバラになった魔導アンドロイドの残骸を前に、静まり返る庭園。
第四節:本物の温もりと、変わらぬ過保護
「……もう、ルーカス様ったら」
混乱の収まった庭園で、アリアがくすくすと楽しそうに笑いながら、ルーカスの元へ歩み寄った。
アリアの腕には長女ノエル、両脇にはレオンとシエルがちょこんと座っている。
「いくら魔導具が便利でも、この子たちが一番大好きなのは……本物のルーカス様の抱擁なのですから」
「……アリア」
ルーカスはおずおずと両手を伸ばし、三つ子たちを大きな腕でまとめて優しく抱きしめた。
アンドロイドのような機械的な温度ではない。本物の父親の、熱いまでの温もりと愛が、三つ子たちを包み込む。
「あうー! ぱぱ!」
シエルとレオンがルーカスの服にしがみつき、ノエルも嬉しそうにルーカスの頬に小さな手を伸ばした。
「……あぁ。そうだな、アリア。こんなカラクリに我が子の子守りを任せようとした私が愚かだった。私自身の手で、お前とこの子たちを守り続ける」
ルーカスはアリアの額に深く口づけを落とし、幸せそうに目を細めた。
横では、破壊されたアンドロイドのパーツを拾い集めるシリウスに、ジャン執事長が冷ややかな視線を送っていた。
「シリウス殿。アンドロイドの弁償代および庭園の修繕費は、全てあなたの来月から三十年分の給与から天引きしておきます」
「そんなー! ジャン執事長、手加減してくださいーーっ!」
魔導技師の暴走騒動を経て、ヴァルハイト公爵城の過保護と家族の絆は、今日も賑やかに、そして温かく深まっていくのであった。




