7話:夜の作戦会議
7話を書きました。
温かい目で見てくれると嬉しいです
その日の夜。
お風呂上がりのさっぱりとした空気の中、私はリビングの食卓を囲んで両親と向き合っていた。
窓の外からは、5月の夜の特有の少しひんやりとした静かな風が網戸を揺らしている。
テレビからは賑やかなバラエティ番組の音が流れていたけれど、私の頭の中は、放課後に汐織先輩から言われた【宿題】の事でいっぱいだった。
私は手元に置いた麦茶の入ったグラスをいじりながら意を決して両親に声をかけた。
「…お父さん、お母さん。私入る部活、正式に決まったよ」
新聞を読んでいたお父さんが眼鏡をずらし、台所で片付けをしていたお母さんが手を止めてこちらを振り返る。
「結局どこにしたんだ?」
「恋々菜は運動部嫌だって言ってたじゃない、あっ文化ね!」
「うん…吹奏楽部。それでね…私【オーボエ】っていう楽器になったの。すごく難しくて、部活に上級生の汐織先輩と私しかいないんだけど、すごく優しい音がする楽器なんだ」
「あら、吹奏楽部〜」
お母さんは嬉しそうに目を輝かせた。
「いいじゃないの、音楽関係につけて。恋々菜が楽器を吹くなんてなんだか素敵ね。ピアノのCDもよく聴いていました、ビッタリじゃない」
「うん、それでね…」
私は少し身を乗り出して、本題を切り出した。
「明日の土曜日、お買い物に連れて行ってもらえないかな?」
引っ込み思案な私が自分から【これが欲しい】【ここに行きたい】とおねだりするのは、実は少し珍しいことだった。
お母さんはそんな私の小さな変化を察したのか、どこか嬉しそうな表情を浮かべ、ニッコリと満面の笑みでこう言ってくれた。
「いいわよ〜分かったわ。じゃあ、明日の土曜日はみんなでイオンにいきましょう。あそこのイオンには、大きめの楽器屋さんも入っているから、部活で必要なものは何でも揃うはずよ」
「本当!?ありがとう、お母さん。」
明日の予定が決まり、胸の奥のもやもやが一気に弾けていくような開放感を覚えた。
明日になれば自分だけの、本物の吹奏楽部部員のアイテムが手にはいると思うだけで、ベッドにはいるのが待ち遠しくなるほどだった。
ー夜9時。
自分の部屋に戻り、パジャマに着替えた私は勉強机の前に座って部屋の蛍光灯のした、机の隅にぽつんと置かれているのは、部活の帰り際に汐織先輩から
「家でも少し咥える感覚を忘れないでね」
と手渡しされた、オーボエの小さなリードだった。
透明な小さなケースから、そっとに2枚の葦が重なった唄口を取り出す。
本来なら楽器に繋げて吹くものだけれど、単体でも息を吹き込めば音が鳴る。
カーテンの閉まった静かなマイルームの窓の外の暗闇からは、時折遠くから走る車のエンジン音が微かに聞こえるだけ。
そんな静寂の中で、私はどうしてもあの音楽の世界に今すぐ戻りたくなってしまった。
(ちょっとだけ…ちょっとだけなら、大丈夫だよね)
私はコップに汲んできた水にリードの先端をそっと浸し、数分待ってから、唇を少し巻き込んでそれを咥えた。
そして、部活の筋トレを思い出しながら、お腹にグッと力を入れて息を送り込む
ーブゥゥゥゥーーーーーッ!!!
「わっ…!?」
静かな部屋に響き渡ったのは、昼間の優しいオーボエの音色とは似ても似つかない、まるでお祭りのラッパか、怒ったアヒルが大声を上げ多様な、凄まじく大きな爆音だった。
私はあまりの音の大きさに飛び上がり慌てて口からリードを離した。
心臓がバクバクと激しく波打つ。
(う、嘘ッ……こんなに変な音がこんなに大音量で鳴るの!?)
リビングに居るお父さんとお母さんに聞こえてしまったのではないかと、私は這うようにして部屋のドアに耳をピタリと押し当てた。
幸い、廊下からはまだテレビののんきな笑い声が聞こえてくるだけで、お母さんが階段を上がってくる気配はなかった。
「ふぅ…危なかった…」
私は胸を撫でおろし、真っ赤になった顔を両手で覆った。
楽器に繋げないと、あんなに優しく切ないクラシックの音にはならないんだ。
オーボエの不思議さと奥深さを、こんな夜中に身をもって知ることになるなんて。
けれど、手の中にある小さなリードを見つめ私の口元を、自然と緩んでいた。
恥ずかしさとおかしさとそして明日へのワクワク。
明日のイオンの楽器屋さんで、どんな素敵な出会いが待っているのだろう。
窓の外の5月の夜空を見上げながら、私は小さなリードを宝物のようにケースへと仕舞い、いつもより少しだけ高鳴る胸を抱えて、ベッドの中へと潜り込んだ。




