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間章




 足の先からじわじわと、震えが全身に広がっていく。

 恐怖ゆえか、歓喜ゆえか。どちらなのかは分からなかったが、このままでは壊れてしまうと思った。興奮に、殺されるのだ。


「力を、望まれますか」


 ――力。ああ、なんと甘美な響きなのだろう。不当にわが国の領土を侵す、あのいまいましい野蛮人どもを消し去るだけではない。あの、強大で驕った国をも叩き潰す力を。


「鉱石の力がいかほどのものでしょう。ここには新たな力があります。クラルテの神の祝福とは全く性質を異にする、あの祝福よりもさらに強い」


 本当かと尋ねた声が掠れている。

 決してあの国に敵うことはないと思っていたのだから。常に圧力に怯え、巨大な国が一層豊かになっていくのを、黙って横で見ていなくても済むのだと。

 国土があれば。豊かな土地さえあれば、きっとこの国は、私は幸福になる。


「覇者になられたいか」


 地獄から響いてくるような、しわがれた声。悪魔が現実の世界に抜け出てきたなら、こういうすがたかたちをしているに違いない。蛇のように、重たい鎖のように。男の言葉は私にまとわりつき、なまぬるく私を縛り上げていく。


「どのような強大な組織にも、隙はあるもの。既に味方を確保しております……内側に入ってしまえば、結束を突き崩すことなどたやすいのですよ」


 差し出された甘美な毒に、私は一も二もなく喰らいついた。









「……さま。まじないしさま?」

 急に険しい顔をして黙り込んだ女性を、子供が不安そうに見上げる。幼いちいさな手が頬をぴたぴたと叩く。その感触で我に帰り、女性はいつもの穏やかな光を瞳に浮かべた。

「ああ、すまない。何でもないんだ」

 子供の後ろで二人の様子を見守っていた母親の顔が曇っている。

 しまった、と茉莉は心の中で後悔した。病気の子供を見ている最中にあんな顔を見せれば、親は不安に思って当然だ。

「もう大丈夫だ。あとは自分の中にある力だけで、病を退けられるだろう」

「ほんと? 皆とまた遊べるようになる?」

「ああ。だが油断は禁物だ。母上の言う事をよく聞いて、もう少し大人しくしていろよ」

柔らかい髪の毛をくしゃくしゃと撫で回せば、子供はえへへと照れくさそうに笑う。母親に向かって力強くうなずいて見せると、彼女はようやく安堵して肩から力を抜く。とりあえずここでの『仕事』は終わりにしていい。

「まじない師さま、よろしければ、お夕飯を……」

 母親の控えめな誘いを、茉莉は片手を挙げて断る。この家には客をもてなすほどの余裕はない。それに自分は。

「私の分があるなら、それをこの子に食べさせてやってくれ。育ち盛りなのだから、たくさん食べさせなくては体が満足に成熟できない。それに」

子供を優しい目で見下ろしてから、茉莉は扉の外に目をやる。西に向けて開かれた扉。その先には、枝をやったあの男がいるはずだ。



「……始末をつけなくてはならないらしい。迷惑な話だがな」



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