第一章12 「いいやん! がっぽり稼いでうまい酒とうまい肉で豪遊や!」
「ご、ごほん……2週間後だったら、なんとか間に合いそうだな」
アンバーの店からの帰り道、当初の用件は終わったはずだが、夕暮れに染まり始めた通りをなんとなく4人で歩いていると、レイラが不自然に咳払いをして切り出した。さきほどの狼狽ぶりを恥ずかしく思っているのか、九州男達と歩幅を合わせるその横顔はどこかぎこちない。
「そう……ですね。一応……」
ミルミルが小さな声で応じるが、その表情はどこか曇っている。
「ん? なんが? 何の話しようと?」
蚊帳の外に置かれた九州男が、頭の上に「?」を浮かべた顔でふたりの顔を交互に覗き込んだ。
「クスオにはまだ言ってなかったのか」
「はい、すみません……」
「やけん何の話なん? 俺にも教えろや」
眉間に皺を寄せ、早くも苛立ちを見せる九州男。レイラはひとつ溜め息をつくと、歩みを止めて九州男と視線を合わせる。
「そうイライラするな……おそらく、一か月後ぐらいに、魔族が攻めてくる。武器の完成が2週間後であれば、魔族の襲撃に間に合いそうだと思っただけだ」
「魔族? それっち俺がいつも倒しよるモンスターとは違うと?」
「そうか、お前は異世界から来たのだったな。そこから説明せねばならんか……」
レイラは一度言葉を切り、腕を組んで思案する素振りを見せた。
異世界人である九州男の疑問に対し、どう噛み砕いて説明すべきか言葉を選んでいるようだ。
「結論から言えば、全く違う。厳密には分類が難しいモノがいたり、特殊な性質を持つ魔族がいたりするが、決定的に違う点が2つある」
「決定的に違う点?」
「ああ。一つは、知能を持つこと。そしてもう一つが……軍隊を持つことだ」
「ふうん。知能はなんとなくわかるけど、軍隊っちどういうことなん?俺が前倒した狼みたいなモンスターは群れで動きよったけど、それとは違うん?」
ピンと来ていない様子の九州男は、首をかしげながら尋ねる。
「違うな。群れを作る……つまり、同じ種族で集まって生活したり、狩りをしたりというのは、自然界でもよくあることだ。だが、軍隊を組織する……つまり、異なる種族達が、戦いという目的をもって集まるというのは、自然界ではまず見られない」
「ふうん。それだけ厄介っちこと?」
「その通りだ。このカルディ大陸には多くのモンスターが生息し、時には人間を脅かしているが、所詮その脅威は散発的なもので対処も可能だ。街にモンスターが紛れ込んでくることはまずないし、来たとしても被害は大きくない。しかし……魔族はそうはいかない」
ミルミルもレイラの後に続いて魔族の脅威の説明を重ねる。
心なしか、その声は震えているようだった。
「やつらがなぜ人間を襲うのかはわかりません。言葉は通じますが、ほとんどの場合、会話が成り立たないからです。ただ、経験則から一つわかっていることがあります。それは……」
ごくりと唾をのみ、ミルミルは続けて言った。
「それは、やつらが人間の街を定期的に襲うということです。食べるわけではありません。ただただ、人間を殺すのです。そうやっていくつもの国が、都市が、街が、滅びてきました」
「ただ殺す……おそろしかね……」
流石の九州男も神妙な顔をしている。
「不幸中の幸いなのは、ある程度襲ってくる場所と時期がわかることだ。やつらが襲うのは比較的大きな街ばかりだし、襲ってくる時期に合わせて守護者達もやってくる。ここ最近は、街が壊滅するほどの被害を受けることはなくなっている」
「守護者?また知らん単語出てきたけど」
九州男の疑問に、ミルミルが答える。
「守護者というのは、魔族から人々を守るために組織された精鋭部隊です。全員がSランク以上の冒険者で、魔族の襲撃に合わせて大陸中を飛び回っているんです」
ミルミルの補足を受け、レイラが頷く。
「もちろん、守護者だけに防衛を任せるわけではない。私たちのようなリオの街の冒険者も、守護者の指揮下で魔族の襲撃に対抗するんだ」
「魔族の襲撃に合わせて、冒険者ギルドでもCランク以上の冒険者を防衛部隊として募集しています。私は前回の魔族襲撃の時はDランクなので参加できなかったのですが、今回は参加するつもりです!」
ミルミルが両手にグッと力を入れて気合を見せている。
「無論、私のパーティも参加する。クスオ、お前はどうだ?参加してくれたらありがたいのだが」
「え~、どげんしようかね~」
九州男がわざとらしくニヤニヤしながら迷う様子を見せる。
「……クスオ様……!」
「……クスオ様……」
ミルミルとクルクルの非難がましい視線もどこ吹く風だ。
「そうか、まあ無理にとは言わない。よくよく考えてみたら、お前はまだDランクだったな。魔族の襲撃に対抗するには力不足かもしれない。すまない、無理を言ったな」
「なんち!? 俺も参加するに決まっとろうもん! ランクもすぐにCランクまで上げちゃるわ!報酬はたっぷりもらえるんやろうね!」
※なんち!?……なんて言った?の意
レイラの露骨な煽り発言に、九州男は顔を真っ赤にして食ってかかる。レイラは「乗ってきた」とばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「もちろんだ。通常の依頼とは比較にならないほどの報酬が出るはずだ」
「いいやん! がっぽり稼いでうまい酒とうまい肉で豪遊や!」
すっかり乗り気になっている九州男。
「クスオ様も意外と……」
「チョロい……?」
双子が顔を見合わせ、首をひねりながら呟く。
その顔には、意外と九州男とレイラは似たもの同士なんじゃないかと書いてあるようだった。
「ふん! 魔族だろうがなんだろうが、俺の敵じゃなか! ぼてくりまわしちゃるばい!」
※ぼてくりまわす……ボコボコにする の意
九州男が豪快に笑い飛ばしたその時――レイラの雰囲気が一変した。
先ほどまでの軽妙なやり取りが嘘のように、その赤い瞳が冷たく鋭い光を宿す。
「クスオ、お前が男とは思えないほど強いのは知っている。そこは全く疑っていない。だが……魔族は今までお前が戦ってきたモンスターとは次元が違う。くれぐれも舐めてかかるな……死ぬぞ」
「ふん……」
まっすぐ九州男を見つめながら真剣な表情で話すレイラに、流石の九州男も茶化すことはなかった。
なんとなく気まずい沈黙が流れる。
「そうと決まれば、また明日から依頼こなして、Cランク目指しましょうね! クスオ様!」
「せやな! 斧とガントレットの使い方にも慣れんといかんしな!」
沈んだ空気を吹き飛ばすように、ミルミルと九州男が努めて明るい声を張り上げた。
軽口を叩き合いながらも、一行の胸の奥には、近づいてくる戦いの予感が重くのしかかっていた。




