第一章1 ~さす九 異世界へ行く~
「くらすぞきさん!」
※くらすぞ……ぶっとばすぞの意
※きさん……お前 の意
「ひぃぃ!」
どこか神聖な空気が漂う、一面真っ白な部屋に怒声が響き渡った。
男が跳ね起きるのと同時に、煌びやかな青の法衣を着た妙齢の美女――異世界の女神が、悲鳴をあげてのけぞった。
男の年齢は30代半ばだろうか、中年と言うにはやや若いが、青年という年齢でもない。
「ん?……あんただれね」
男の名は田川 九州男。
生まれも育ちも九州。どこに出しても恥ずかしくない、典型的なさす九(さすが九州)気質の九州男児であった。
「えっと、えっと、わ、わたしは異世界転生を司る……いわゆる女神というか、そういう者でして……」
「あ!? なんち!? もっとはっきり喋らんね!」
「ひぃぃ!」
九州男の大声と威圧的な眼光に気圧され、再びのけぞる女神。
九州男に悪気はない。これが彼の「普通」なのだ。
「あーあー、なーんとなく思い出してきたばい。ツレと飲み行った帰りに横断歩道渡りよったら軽トラが突っ込んできて、ツレを突き飛ばしたとこまでは覚えておるばってんが……」
「あ! あの運転手どこ行った!? ただじゃおかんばい! ぼてくりまわしちゃる!」
※ぼてくりまわず……ボコボコにするの意
「ひぃぃ!」
九州男の迫力に三度目の悲鳴をあげながらも、なんとか勇気を振り絞り九州男に声をかける。
「あ、あの!」
「だけ、あんたなんね? めがみ? とか言いよったばってんが」
「あ、あなたは、軽トラに轢かれて、し、死んでしまったんです!!」
「ああ?」
九州男は面食らったような顔をする。
しかし
「はっはっは! なんば言いよっとね! 死んだっちなんね! 変なこと言う女やね~」
「どう見ても生きとろうもん! 死んだっち言うならいましゃべりよる俺はなんね! ははは!」
豪快に笑い飛ばす九州男に、女神は半泣きで食い下がる。
「あの……だから……手違い? で死んだみたいで……ほんとはあなたのお友達? が死ぬはずで……だから、その」
「か~!! はきはきしゃべらん女やね~! 女は説明が下手やけんすかんたい!」
※すかん……好きではない の意
「でもよお見たらあんた乳はないけどべっぴんさんやないね! べっぴんさんは好きばい!」
「ひぃぃ!」
九州男の好色そうな目線に先ほどとは違う意味でのけぞる女神。
だが、ここでくじけるわけにはいかない。
「で、ですから! 九州男さんには、チートスキルが与えられた上で、好きな異世界に転生できる権利が与えられたのです!」
「ちーとぉ!? なんねそれは!?」
まだ信じ切れてはいない九州男だが、女神と称する謎の女の必死さとこの状況に、流石にただならぬものを感じ始めたようだ。
「チ、チートというのは……えと…なんて言えばいいかな。ズル? というか、特別に? 不正に? 強い力を使えるというか……」
「はっ!」
鼻で笑う九州男。
「せからしか!」
※せからしか……うるさい、わずらわしい の意
「なぁーんね! ズルち! 男がそんなことしたらいかんかろうもん! いらんいらん! そんなちーと言うやつばもらってもしょうがなか!」
まさかのチート能力全拒否。異世界転移者たちの誰もが欲しがる特権を不要と一蹴する男に、女神は呆然と目を見張る。
「え、えぇ!? で、でも、異世界で生きていく上では重要で、皆さん強いチートスキルを欲しがるものなのですが……」
「いらんっち言いよろーもん!」
※いらんっち言いよろーもん……要らないと言っているでしょう の意
「じゃ、じゃあ、せめて、転生先を選んでください! 剣と魔法の世界がいいとか、中世ヨーロッパに似た世界がいいとか、現代日本に近い世界がいいとか」
「剣と魔法ぉ? よーろっぱぁ? なーんかぱっとせんねぇ」
「あ、せっかくやったら女がいっぱいおる世界がよか! 美人なおなごが多いと最高やね!」
「ひぃ……じょ、女性比率が高くて……び、美人が多い世界ですね……」
女神がどこからかパソコンのような物を取り出し、カタカタと検索を始める。
「なんでもいいばってんが、早くしちゃらんね!」
※早くしちゃらんね……早くしてください の意
「ひぃ……ひぃ……」
若干涙目になりながら必死で検索する女神。
貧乏ゆすりをしだす九州男。
この男、短気でせっかちであった。
「こ、これなんかはどうでしょうか!?」
女神がパソコンのような物の画面を見せる。
「こ、この世界は女性比率80%以上で、び、美人な女性が多いようです」
「あーあー、よかよか! そこでよか!」
画面も見ずにオッケーを出す。
「あ、でも、注意点があって、この世界は精神力の強さが肉体の強さにも影響する世界で、あ、あとは結構女尊男……」
「わぁーったわぁーった! そこでよかやけん、はよ帰らせてや!」
「か、帰るとかではなく、転移というか、その世界で暮らすことに」
「かぁー! せからしか! いいけんはよせんね!」
※はよせんね……はやくしてください の意
「ひぃぃ!」
何度目になるかわからないのけぞりの後、女神は必死にキーボードのようなものを叩く。
カタカタカタカタ……
もはや必死である。
「あー、その異世界? っちゅうとこには酒ばあると? できれば焼酎とかがいいばってんが」
「しょ、焼酎はわかりませんが、お、お酒はだいたいどこの世界にもあるので……」
「ほーん。ならよか。で、まだ?」
「も、もうできます! ……あとはこのボタンで!」
ポチっ
女神が最後のボタンをおすと、部屋全体がまばゆい光に包まれた。
そして……
田川 九州男 さす九男児は、異世界へ転移した。




