第71話
朝の爽やかな光が差し込むリビングで、俺は視線のやり場に本気で困っていた。
「さあアルト様。まずは歯磨きから監査いたします。私の膝に頭を乗せて、口を大きく開けてくださいっ」
フリルたっぷりの超ミニ丈メイド服に身を包んだイルマが、息を荒くしながら俺の前に立ちはだかる。布地が少なすぎて、彼女が少し動くたびに白い太ももが眩しく揺れた。
「いや、歯くらい自分で磨けるから……っていうか、その服、国家公務員としてどうなんだ」
俺が冷や汗を流してツッコミを入れると、イルマは眼鏡をギラリと光らせて胸を張る。
「国家の仕事など、すでに辞表を出して有給消化中です! 今の私は、アルト様に一生お仕えする『永久雇用の専属メイド妻』。この布面積の少なさは、アルト様のご要望にいつでも迅速にお応えするための機動力の証です!」
本気で言っているらしい。冷徹な税務調査官だった彼女の面影は、もはや塵一つ残っていなかった。
「ちょっと公務員、抜け駆けは許さんぞ……! アルトの朝の世話は、この私の役目だ」
隣から、素足に大きめの白シャツを一枚羽織っただけのタチアナが、顔を林檎のように真っ赤にしながらすり寄ってきた。
動くたびにシャツの裾からチラリと覗く無防備なラインは、メイド服よりもさらに破壊力が高い。
「タチアナ……お前、本当に下穿いてないのか?」
「騎士団長たるもの、常に身軽であらねばならないからなっ! そ、それに……風邪の看病をしてもらった恩返しとして、私自身を朝食としてアルトに献上しようかと……っ」
ガクガクと小刻みに震えながら、必死に『甘えん坊&誘惑』のタスクをこなそうとするタチアナ。
かつて戦場で死の恐怖にすら顔色を変えなかった彼女が、俺の気を引くためだけに恥ずかしさで限界を迎えている。そのいじらしさと色気は、俺の村人Aとしての理性を容赦なく削り取ってきた。
「ふふっ。随分と大胆なことをするようになったじゃない、元騎士団長さん?」
「朝から私のアルトに破廉恥なことしないでよね!」
そこへ、洗面所から戻ってきたサクリアとユエルが、ドス黒いオーラを放ちながら乱入してきた。
「あら。アルトの朝の世話なら、妻である私がすべてやってあげるわ。ほらアルト、お口を開けて。朝の魔力供給の時間よ」
サクリアが俺の首に腕を回し、妖艶な唇を近づけてくる。
「ダメ! 私がアルトの顔を洗ってあげるの!」
ユエルが俺の背中に飛び乗り、頬にスリスリと擦り寄ってくる。
「……あなたたち。朝から私のアルトをオモチャにする気かしら」
キッチンの奥から、お玉を手にしたミサリアが地獄の底から響くような声で囁いた。
その背後には、絶対零度の吹雪と巨大な死神の幻影が重なって見える。
「アルトの健康管理と栄養補給は、お姉ちゃんの絶対領域よ。泥棒猫たちは、そのハレンチな服ごと重力でペチャンコにしてあげるわ」
ズズズンッ、と圧縮城の空間が物理的に軋み始めた。
イルマとタチアナ、サクリア、ユエル、そしてミサリア。朝っぱらから俺の『お世話権』を巡る、世界を滅ぼしかねない極大の修羅場が勃発する。
「お前ら、とりあえず落ち着けって」
俺はため息をつき、俺に群がるヒロインたちを順番に軽くポンポンと撫でた。
「イルマ、服が乱れてるぞ。風邪引くからエプロンをちゃんと着なさい。タチアナも、無理して誘惑しなくていい。そのままで十分可愛いから」
「あ……ぅっ」
「か、可愛い……っ」
俺の何気ない頭ぽんぽんとストレートな言葉に、イルマとタチアナは顔から火を吹いてその場にへたり込んだ。
「サクリアとユエルも、朝から元気だな。でも、キスは歯を磨いてからだ。姉さん、美味しそうな匂いがするな。手伝うから一緒にご飯を運ぼう」
俺が自然な流れで全員に言葉をかけ、ミサリアからお玉を受け取ってキッチンに立つ。
その圧倒的なまでの『包容力』と『夫(お父さん)ムーブ』の前に、殺気立っていたヒロインたちは全員、カエルに睨まれた蛇のように完全に骨抜きにされてしまった。
「はぁぁ……アルト、かっこいい……っ」
「もう、このまま一生アルトにお世話されたい……」
リビングの床で、ふにゃふにゃととろける最強のヒロインたち。
誘惑されるのも悪くないが、俺にとってはこの騒がしくて温かいドタバタこそが、一番の朝のスパイスだった。
「ほら、冷めないうちに食べるぞ。プチもご飯だ」
「キュイ!」
足元で歩くトマトのプチが嬉しそうに跳ねる。
こうして、昨日までのトラウマを完全に清算し、理性のリミッターが外れたヒロインたちとの、限界突破の極甘スローライフが今日も元気に始まっていくのだった。




